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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
175/206

忌まわしき過去

 ——時は流れ、ローアの三姉妹はさらに成長した。王位継承権を与えられた長女のステンノーは12歳に、次女のエウリュアレは10歳に、三女のメドューサは8歳になった。


「おねぇさま!こっちこっち!」

「…ちょっと、エウリュアレ!走らないのっ!」


 その日はローアの建国記念日で、城下町は大賑わいだった。食べ物や装飾品など様々な商品が売られる屋台が、町の門まで並んでいる。ステンノーとその妹2人は、目立たない服装で町を歩いていた。


「エウリュアレ!待ちなさいっ!」


 好奇心旺盛で未だ小柄なエウリュアレは、人と人の間を縫うように走り、ステンノーは彼女を見失わないように人混みを掻き分けて進んだ。その後ろで彼女の背を追うメドゥーサは、呆れた顔をしていた。


「まったく、エウリュアレお姉様はお子様よね。国の姫という自覚はないのかしら。」


 メドゥーサは冷たい目でそう呟いた。そして2人は人混みを抜け、エウリュアレを見つけた。体の小さな彼女が立っていたのは、花を使った装飾品を売る質素な屋台だった。客は彼女しかいない。この屋台だけ立ち入るのを禁止されているかのように客がいない。それもそのはず、この屋台は運が悪く、右隣の屋台では宝石を使った装飾品が並べられていたのだ。人々はその屋台に集まっていた。


「エウリュアレ、迷子になったらどうするの。ただでさえ付き添いの兵士さんも見失ったというのに……」

「……おねぇさま、これっ。かわいい〜。」


 エウリュアレは歩み寄るステンノーの方を向かず、商品に目を輝かせて指をさした。そこには、オキザリスの花を使ったブローチが1つ静かに置かれていた。


「………本当ね。これが欲しいの?」

「うん!」


 エウリュアレは元気に頷く。ステンノーは仕方なさそうにため息を吐きながら微笑み、売り手の方を見た。そこに座っていたのは、痩せた女性だった。裕福な生活ができていない事が服装や髪の質で分かる。彼女は優しい顔でエウリュアレに話しかけた。


「…あら、可愛い子ねぇ。これが気になるの…?」

「うん!ちいさくてかわいい!」

「そう。ありがとう。……全部私の手作りだから、そう言ってもらえて嬉しいわ。」


 小さなエウリュアレの笑顔は眩しかった。売り手の女性はそのブローチを手に取り、30セリアと書かれた値札を外してエウリュアレの胸に付けた。


「うん。あなた可愛いから、とても似合うわ。……そのブローチあげるね。」

「わぁっ、ありがとう!だいじにするね!」


 エウリュアレは跳ねて喜んだ。支払いの用意をしていたステンノーは慌てて女性に問いかけた。


「えっ、お金は…?だってあなた…」

「……いいのよ。……私、戦争で夫を亡くして、娘も幼いうちに病気で死んじゃったから………なんだかあなた達を見ていて元気もらっちゃった。」

「……そんな……で…でも……」


 一方でメドゥーサは、質素な屋台の前に立つ2人を冷たい目で見つめていた。


「ふんっ。ステンノーお姉様はいつもそう。走り回るエウリュアレお姉様に世話を焼いて、何を好き好んで自分勝手なお姉様を?……いいわよ、私はあっちの屋台のほうが気になりますし。」


 彼女は隣の屋台の人混みを掻き分け、並べられた商品を見た。色とりどりの輝きを放つ宝石に目を奪われる。


「私たちは城の娘、姫なのよ。花だなんて、そんなそこら中に生えてて動物の糞尿がかかってるかもしれないようなモノ………私には似合わないわ。」


「キミ、ねぇキミ。」


「……?」


 1人の男が、彼女に小さく口を開いた。彼女はその声に振り向く。


「城の娘って言ったね。やけに美しいと思ったら、やっぱりそうだったんだ。……どれが欲しいのかな?僕が買ってあげよう。」


 そこに立っていたのは、ローブに身を包んだ仮面の男だった。当然、彼女は怪しく思い、その仮面を睨みつけた。


「あら、どちら様?」

「……おっと、これは失礼。」


 男は右手で仮面を少しだけ外した。その手の甲には、何かの紋章のような入れ墨があった。そして、仮面から覗く男の顔は、鼻が高い美しい顔だった。メドゥーサはその顔に一瞬で見惚れた。


「………へぇ〜、ローアの三姫の内でも、この私に声をかけるなんて、あなた良い感性してるわね。……では、お言葉に甘えようかしら。」


 彼女は幼さを感じさせない美しさを男に向け、並ぶ装飾品を見回し始めた。


「……そうねぇ…これはどうかしら?私にぴったりな深く美しい輝きを放っているわ。」

「……なるほど、マラカイトのネックレスですか。あのペレスの女王が身に付けるほどの宝石だ…確かに、あなたにもよく似合う。」


 その言葉を聞いたメドゥーサは嬉しくなった。ようやく自分を見てくれる人が現れた、と。そして彼女はその不気味な仮面に吸い込まれそうになった。すると男は再び仮面で顔を隠し、そのネックレスを大胆に取り上げた。


「……っ!ちょっとお客さんっ!それは売り物で——」

「………“ウィースプカーサス”。」


 その時、売り手の男は首を両手で押さえて苦しみ始めた。


「うゔっ……がァァッ!!…ァァだァッ!!」


「………なにかしら……?」


 ステンノーとエウリュアレが立つ屋台の女性が、より一層騒がしくなった隣の宝石の屋台を覗いた。そして彼女は口を押さえて驚いた。


「なっ……なにが起こってるのッ!?」

「がァァあッ!!……ぐっくッ……る゛……じ…ッッ!!ル゛ぁァ゛ッァ!!」


 隣で宝石を売る男が息を荒げ、よだれと涙を流し、苦しそうにしていた。周囲の人々もそれを見て動揺している。そして彼は完全に狂い出し、爪で自身の頬や腕、首など体中を掻きむしり始めた。皮膚はみるみるうちに傷だらけになり、数本の指の爪は剥がれ、頬や首からは赤い雫が流れ出ていた。そして彼が眼球を掘り出そうとした時に、エウリュアレが大声で叫んだ。


「このひとッ!わるいことしたッ!!」


 そして彼女は仮面の男に指をさした。宝石の屋台で混乱する群衆は静まり返り、彼らは一斉に仮面の男を見た。仮面の男は小さなエウリュアレの顔に目を向け、止まった。


(この娘……俺の魔法を見破ったのかッ……だが待てよ、この娘は隣の屋台に夢中でこっちは見てなかったはず…………なんだッ、この胸騒ぎは………)


「何を言ってるの!?」


 すると、指をさすエウリュアレの前に1人の陰が現れた。メドューサだ。彼女は注目を受ける仮面の男を庇うように立っていた。


「デタラメ言わないでくださる?いくらお姉様だとはいえ、今回は我慢なりませんわ!!」


 すると、メドゥーサは大勢の人が立つ背後に振り返り、大きく口を開いた。


「いい?この子はこうやって“姫”という肩書を使って罪のない男を躊躇なく牢屋に入れようとするの!!」


 彼女の言葉に仮面の男は目を大きく開き、笑いを堪えた。


(なるほどッ……!彼女もローアの姫なのかッ……!面白いッ……!面白すぎるッ……!これほどまでに簡単にいくとはッ……!!)


 そして、声を上げるメドューサにステンノーが口を開いた。


「あなたこそ何を言ってるのメドゥーサ!!こんな大勢の前でデタラメどころか姫であることも晒してッ!!」

「フンッ!ステンノーお姉様、私、あなたにはもうウンザリですわ!いや、あなただけじゃない。城の人みんなそうよ!多動なエウリュアレにみんなして世話焼いて、私のことなんか誰も見てくれない!今までずっとそう!我慢してたのよ!」


 すると、メドゥーサの目からは熱い雫がこぼれ落ちた。彼女は歯を食いしばり、続けてステンノーに話す。


「しかもお姉様は次期国王陛下……私の価値を知ってる人なんて全くいないわ!この国も……この国に住む人も……ッ、みんな大っ嫌いよッ!!消えちゃえばいいッ……私の価値も知らない腐り目玉なんかッ!!みんな消えちゃえばいいッ!!」

「………あなた……何を……」


 2人でそう言い合っていると、仮面の男はローブでメドューサを覆い隠した。そして彼は右腕を上に伸ばし、仮面の中でにやけた。


「…“アキューレイン”。」


 その時、天から赤く尖った無数の雨が降り注いだ。質素な屋台の女性は咄嗟にステンノーとエウリュアレを押し倒して覆い被さり、雨を背中で受け止めた。


「っ!!あなた!!」


「がはァ゛ァァッ!!」

「うぐァ゛ァ゛ァァァッ!!」

「あ゛あ゛ァァァッッ!!」


 仮面の男を取り囲んでいた人々の頭や肩に赤く鋭いものが次々と刺さっていった。それと同様、痩せた売り手の女性も背に無数の雨が刺さり、下で倒れる2人に血が滴り落ちる。


「あなたッ!!何をッ!!」

「………無礼な事を……しましたッ………2人の姫様を押し倒し………先ほどは………姫様とは知らず………無礼な口調で………ッ………」

「そんな事ッ……それよりっ、死んでしまいますよッ!?わからな——」


 そして一本の鋭い雨が彼女の首に刺さり、2人を下敷きにして倒れた。重たい。血の匂いがする。ステンノーの目からは涙が流れた。


「……どうしてっ………どうしてッ!!」


 そして雨は止み、2人は覆い被さる女性を押し転がして立ち上がった。周囲の石畳は血で染まり、奇妙に静まり返っている。先ほどまでの賑わいが地獄と化した。


「おねぇさま………あれ……」


 エウリュアレが静かに指をさした。その先にいたのは、ローブに身を包む仮面の男とメドゥーサだった。町の外に出る門の方へ歩いている。


「メドゥーサっ!!待ちなさ……ぅッ!!」


 ステンノーは気付かなかった。彼女の左脚に鋭い雨がかすり、大きな傷をつくっていた事を。メドゥーサを追いかけようにも、痛みで脚が動かなかった。


「メドゥーサぁぁっ!!待ってぇっ!!」


 その時、エウリュアレが遠くを歩く2人の方へ走り出した。


「待ってっ!!エウリュアレッ!!…ぅッ!!……あなたまでッ……私はッ…!!」


 ステンノーは膝から崩れ落ち、走るエウリュアレに手を伸ばした。届かない。届くはずもない。彼女は泣いた。この時、彼女は妹達との間にできた大きな亀裂を感じた。もう会えないと、もうその声を聞く事ができないと、そう感じた。







「ステンノーちゃん!!ステンノーちゃんッ!!しっかりするんだ!!一体、何があったんだッ!!」


 その声でステンノーは意識を取り戻した。肩を揺さぶっていたのは、炎王竜の鎧に身を包む親衛隊長だった。彼女は小さく口を開く。


「………もう………終わりよ……………何が……何が彼女を狂わせたの……………なんで大勢の人が……こんなにも……………」

「………ステンノーちゃん………」




 その後、各地で似たような誘拐事件や虐殺行為が行われるようになった。彼らは皆タルタロス教団を名乗り、世界を混乱させた。そして、ある人物の目撃情報としてローアの王の耳に入ったのは、教団の中にメドゥーサと思われる人物がいたという事だ。

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