扉の先
これは、ある少女の話である。
「おかぁさま……だいじょうぶかな……」
女王の部屋の前で2人の少女が座り込んでいた。頭上で輝くシャンデリアがいつものように綺麗には見えなかった。背後の扉が大きく、とても重く感じた。
「……だいじょうぶ、きっとお母さまもおなかの中の赤ちゃんもぶじだわ。」
もう1人の少女が隣に座る小さくなった少女の背中に手を置き、優しく摩った。しかし、彼女もまた不安だった。
「ほんと…?おねぇさま……」
「うん。だから、そんな顔してちゃダメよ。……そうだっ、ぶじ赤ちゃんがうまれたら、お花をプレゼントしましょう!その子とお母さまに。」
「……ォギャァ…ォギャァァ……」
その時、扉の前に座る2人の耳に、薄くだが産声が聞こえた。2人は顔を見合わせた。驚きの表情は次第に笑みに変わり、彼女らは小さな手で扉を叩いた。
「へいしさん!わたしよっ!あけてっ!」
扉を叩く音は弾んでいた。弟だろうか、妹だろうか、産まれた赤子の顔を見るのが待ちきれない。すると、ゆっくりと扉が開き、2人は部屋の中へ勢いよく入った。
「おかぁさまぁっ!」
「あぁ!いけません姫様っ!!」
1人の侍女が、小さい彼女らの前で膝をつき両腕を広げた。2人はその腕に両手を置き、つま先で立つようにして頭を覗かせた。
「どうしてっ!おかぁさまは!?あかちゃんは!?ね〜ぇ〜っ!」
そう口を開く片方の少女はまだ背が低く、侍女の腕から顔を出す事ができなかった。しかし、もう片方は、その先の光景を目の当たりにした。女性に抱き抱えられた赤ん坊、ベッドに横たわる母、その手を椅子に座って握り締める父。だが、様子がおかしかった。母は動かない。父は握った手を額に当て、静かに涙を流していた。誰も笑っていない。
「ね〜ぇ〜っ!おかぁさまは!?おかぁさまぁっ!」
「エウリュアレ……ダメよ。…いまは…ダメなの……」
少女は妹の肩にそっと手を置き、そう口を開いた。置いた手は震え、彼女も静かに泣いた。
——3年後
母を亡くした3姉妹はその後何事もなく成長した。満月の夜、3人の男は円卓に座り、後継者について話していた。王は亡くした妻を一途に愛していたため、もう子をつくることはなかったのだ。灯りの消えたシャンデリアの代わりに中心に小さなランプを置いている。窓側に座るのはローアの王、そして残りの席に座るのが白い鎧に身を包むゼノバレル将軍と、炎王竜の鎧に身を包む親衛隊長だ。王は口を開いた。
「やはり、我が子には女王としてこの国を託すしかない。」
ゼノバレルはランプに照らされた王の鋭い眼差しを見つめた。
「………では渡すのですか、セブンソードの1つ……クラウ・ソラスを……」
「可愛い女の子に使えますかねぇ、あの剣。」
「おい、言葉を慎めッ。」
ゼノバレルは炎王竜の鎧の男を睨みつけた。その男は掌を彼に向けて口を開く。
「まぁまぁ、そう怒らんでください。つまりは、あの三姫のうち誰に託すかって事でしょう?陛下。」
「……まぁ、そうだ。」
「長女のステンノーちゃんは学業戦術ともに優秀、面倒見が良くて芯がある。」
するとゼノバレルは円卓を叩き、男を黙らせた。
「無礼だぞ!姫の名をそのような軽々しい口調でッ!!」
「将軍、気にすることはない。よいのだ。」
王がそう口にすると、炎王竜の鎧の男はゼノバレルに舌を見せ、その後話を続けた。
「一方、次女のエウリュアレちゃんは成績があまり良いものではない。でも、誰よりも優しさに溢れ、学業や戦術以外への好奇心がすごくて微笑ましい。好きなものはお花だとか。」
ゼノバレルは彼の話に腕を組み、眉間にしわを寄せて目を閉じた。男の話は続く。
「そして、三女のメドューサちゃん。俺は結構彼女を気に入ってましてね、ステンノーちゃん同様成績優秀なのに加えて恋愛意識も高いっ。あの子は1番魅力的な女性に——」
「陛下っ!!やはりこの男を会議に入れるべきではなかったんですっ!!」
ゼノバレルは椅子を倒して立ち上がった。ランプの火が静かに揺れる。しかし王は表情を変えてはいなかった。ただ、彼に座るよう言って場を静めた。そして王は口を開く。
「うむ……やはりここは、長女のステンノーに託すべきだと私は考える。確かにあの子は不注意が多いエウリュアレの面倒をよく見てくれておる。そして何より強い心を持っておる。……どうだろうか?ゼノバレル将軍。」
「………陛下がおっしゃるなら、我々は意見しませんよ。」
「—— 随分と待たせたな。働きに期待しよう。」
女王が振り返ると、部屋の入り口に3人の陰が立っていた。ネネカとコルトとシェウトだ。女王は鋭い目で3人を見つめ、冷たい笑みを浮かべた。その目を見て、ネネカとコルトは背筋を凍らせた。
「すっ、すみませんっ!女王様を待たせていたとは知らず……」
「Ms.クナシア、そちらの2人は?」
女王はネネカの謝罪に耳を傾けず、彼女に問いかけた。ネネカは肩を窄め、小さく口を開いた。
「……コヨーテ・ルティエンスと…… シェルキー・アラートです……」
「そうか、よろしく頼む。では、私はこれからあの群衆の前で話をしなければならない。その間お前達はこの部屋で待て。」
「承知しました。女王陛下。」
そう口にしたシェウトは冷静だった。氷のような女王に動揺している様子がない。美しいドレスアーマーに身を包む女王は、彼の目を見た後3人に背を向け、バルコニーに続くガラス張りの扉の前で両腕を広げた。すると、扉の前に立っていた2人の兵士が勢いよくそれを開き、群衆の声と太陽の光を部屋に入れた。綺麗な立ち姿の女王はバルコニーへと歩き、下に集う群衆に顔を見せた。
「っ!!おい!!女王様だ!!」
「女王様ぁぁぁっ!!」
「キャーっ!鎧姿すてきーっ!!」
群衆は一斉に彼女に反応し、湧き上がった。大きく手を振る者、ひたすら叫ぶ者、城の前はまるで祭りだ。しばらくして、女王が右手を挙げて拳をつくると、その騒ぎは一瞬にして止んだ。女王は群衆の顔を1つずつ見渡す。そして右手を下げ、口を開いた。
「諸君ッ!これより私は、第7回の都市外調査及び奪還作戦を行うッ!この作戦の裏に潜む過去こそが、この都市に厚く冷たい壁をつくった理由であるという事をッ……その過去を…我々は忘れてはならないッ!」
女王の声は冷たい空気をものともせず、都市を囲む壁に反射して響き渡った。耳を傾ける群衆は、真剣な眼差しを堂々と立つ女王に向ける。
「作戦内容は変わらないッ!我が妹、エウリュアレの捜索だッ!これは私自身の責務であり、この私自身が遂行する事に意味があるッ!これまでの調査では有力な情報は得られなかった。しかし、未だ私は屈しないッ!!揺らがないッ!!歩みを止めないッ!!今回こそ成果を挙げ、再びこの地へ帰ると誓うッ!!」
女王は右手を強く握り締め、胸に当てた。彼女の目は氷柱のように鋭かった。
「それまで、お前達にはこの要塞都市を守ってもらうッ!私の過去に…忌まわしいこの世界の過去に向き合い、共に立ち向かうお前達をッ…私は誇りに思うッ!」
すると、女王は腰に縛られた鞘から剣を引き抜き、鋭く光る刃を天高く掲げた。
「我々にッ…クラウ・ソラスの加護があらん事をッ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」
群衆は再び拳を高く挙げ、湧き上がった。そして女王は彼らに背を向け、ネネカ達の前に立った。
「では、行くぞ。」
「はっ…はいっ!」




