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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
173/206

残響は城壁を越えて

 翌朝、レオ達はいつものように亀神の前に立った。天界を包む黄金色の雲海が静かに流れる。彼らの心にはより一層強く高鳴る緊張感があった。大切な仲間をまた1人失ったからだ。そんな彼らの前で、亀神は大きなあくびをした。


「……ぉん、皆揃ったかの。昨日はドリュアスの討伐、ご苦労じゃったな。…また勝手に名前付けてやったわ。……と、まぁ早速じゃが、また例の魔物が姿を現しよった。つまりじゃ……背中が痒くてたまらん。」


 亀神は大きな体を左右に揺さぶった。甲羅に装飾された宝石の光が目に刺さる。亀神は続けて口を開いた。


「では、選抜しようかの。」


 すると、2人のアイテムポーチから光が放たれた。ネネカとシェウトだ。


「……私……か。」

「ようやく俺の番か。」


 それを見た他の仲間は皆疑問を抱いた。それを先に口にしたのはシルバだった。


「…ん?2人だけか。」

「いや、んなわけあるかいッ。その2人以外は全員アバトファクト持っとるから分かりづらかったんじゃ。……えぇ〜っと……あぁ、そこのっ!コルトじゃったかの?お前じゃ。お前行け。」


 亀神からの急な指名に、コルトは自身に指をさして首を傾げた。シルバは再び亀神に口を開いた。


「……3人じゃん。」

「まぁ、今回はワケありでのぉ。下界でもう1人加えて4人じゃ。ソヤツが誰とはあえて言ってやらん。腰抜かす様を見てみたいからのぉ〜フフ。」

「ちょっと待って下さい。」


 そこに口を出し一歩前に出たのはレオだった。


「なぜコルトなんです?彼は右目を負傷しています。順番だったら僕でも良いはずです。それに、シルバさん達のほうがステータスは——」

「お前、病んどるじゃろ。」


 その一言でレオは口を開いたまま止まった。それ以上言葉が出なかった。


「シルバにも大きい傷あるじゃろ。あんまし使いたくない。ココも今後出番があるからの、今回ではないわ。なぁに安心せぇ、下界で待つ4人目は強い。」


 レオは下を向いた。気付きたくはなかったが、確かに自身の精神は傷だらけだった。仲間は次々と死んでいき、また自身も死を経験した。多くの命を斬った。時には人の形をしたものも。守れなかった命もたくさんあった。何度自分の弱さを恨んだことだろう。そして、彼の中で最も大きい心の負傷は、とある存在の失念だ。その失念はリィルという人物から取り返しのつかないほどの失望と悲しみを生んだ。彼は疲れていた。


「僕は………僕はっ……」


 拳を握り締めてそう呟く彼を、ネネカは悲しい目で見ていた。ネネカは、どんな癒しの魔法でも治せない傷があるという事を、この瞬間から強く分かり始めた。すると、亀神はレオのその姿にため息を吐き、口を開いた。


「あぁもう分かった。お前とアラン、病みコンビっ。気分転換にアルバイト行ってこい。」

「…………バッ……バイト?」


 アランは眉間にしわを寄せた。亀神は頷く。


「そじゃ。今日一日、ローアの要塞都市でサブ職ソルジャーの警備員を募集しておる。女王自らの出撃じゃからの、城の警備を厳重にしたいとか…」

「……つまり、今回ネネカさん達と同行するのは、ローアの女王様という事ですか。」


 ライラがそう口にすると、周囲にいたほとんどが目を大きく開いて驚いた。亀神は苦笑いをしている。その顔からして、どうやらライラの予想は当たっているらしい。


「……まったく、勘のいい若造じゃのぉ。……そうじゃ。今回のパーティの4人目は、ローアの女王ステンノーじゃ。」


 その言葉を聞いて、ネネカは背筋を凍らせた。女王の鋭い目を彼女は知っている。亀神よりも地位は下のはずだが、なぜかローアの女王の方が緊張感が高まる。すると、レオは亀神に問いかけた。アルバイトについてだ。


「あの…僕、クラフターなんですけど転職は——」

「あぁ、そかそか。……ホイッ!」


 亀神がそう口にすると、レオとアランの胸に小さな火が灯り、静かに入っていった。


「はい、これでお前らソルジャーじゃ。城の警備とは言ってもそう難しい事は無いじゃろし、なんせローアじゃから給料は高いじゃろな。」

「……マジかよ、こんなあっさり……」


 なんでもありな亀神を前に、アランは苦笑いしかできなかった。そして亀神は首を横に振り上げて言った。


「ほれ、何をしておる。さっさと行かんかっ。はいはい行った行ったっ。」


 レオ達5人はアバトファクトを握り締め、目を閉じた。






 目を開けると、そこは要塞都市ローアの広場だった。相変わらず人気(ひとけ)はなく、優しく吹く風がやや冷たい。


「……じゃあ、とりあえず城のほうに行こっか。」

「………あぁ。」


 レオ達は狭い路地を通り、民家や店が並ぶ大きな道に出た。しかし、人の気配が無い。シェウトは辺りを見回した。


「………やけに静かだな。何かあったのか?」

「……そうだね。えっと…城は……こっちか。」


 コルトが左を指さすと、彼らはその方向へ歩き出した。静かに降る小さな雪の結晶、通り過ぎていく噴水の音、いつものような清楚さはあるものの、今日は静かすぎる。そして、進む先に城が見えてきた。すると、いち早く異変に気が付いたネネカが、前方に指をさした。


「あれ、なんでしょう……?」

「……うん……すごい数の人だ……」


 そこには、城に続く長い橋の手前で立つ群衆の陰があった。彼らはその光景が気になり、無意識に歩みを速めた。そして群衆を前にすると、アランは躊躇いなく目の前に立つ男の肩を叩き、問いかけた。


「何すかこれ、人ばっかっすけど。」

「あぁ、今日は女王陛下自らが調査に出る日なんだ。このあと演説があるはずだよ。普段顔見られねぇけど、こういう日だけは見る事ができるから、物珍しさにこの騒ぎさ。」

「へぇ…さすがローアの女王、まさに鉄壁だな。」


 アランは腕を組み、城を見上げた。目に入ったのはバルコニーだった。彼は再び問いかける。


「あそこから女王が?」

「あぁそうだ。でも、どうやら今回の調査メンバーがまだ来てないらしくて、もう俺たち1時間は立ちっぱなしだよ。」

「あのっ、そのメンバー……多分私たちです。」


 ネネカが右手を小さく挙げて男に口を開くと、周囲にいた人々はこちらに振り向き、目を大きく開いた。


「えっ!!あぁそうなの!?んじゃ早く行きなっ!!女王様が待ってるよ!!」

「あっはいっ!!急ぎます!!ネネカ、シェウト、行こうっ!」


 慌てるコルトに男が優しく頷くと、群衆はすぐに道を開き、3人を通した。ネネカ達は城へ続く長い橋を駆け足で渡って行った。男は両手を腰に置き、走る3人の背中に微笑む。すると、アランは再び彼に問いかけた。


「っと、もう1つ聞きたいんすけど……警備員のバイトの募集ってどこで受け付けてます?」

「ん?…あぁ、ソルジャーのね。確か酒場でやってたと思うよ。」

「そうっすか、あざっす!レオ、俺達も行くぞ。」


 城に背を向けたアランにレオは静かに頷き、酒場の方へ歩き出した。そして、男は2人の背を見つめて大きく口を開いた。


「そこにシャロンって人がいるはずだ!俺の妻なんだ!一緒に働くことになったらよろしく頼むよ!」

「了解っす!!」




 そしてローアの城内では、美しさと勇敢さを兼ね備えたドレスアーマーに身を包む女王が、バルコニー前の部屋で静かに立っていた。すると、1人の兵士が部屋の扉を開き、敬礼をした。


「陛下、今回の調査に同行する3名が到着しました。」

「……そうか。随分と待たせたな。働きに期待しよう。」


 女王は兵士の方に振り返った。兵士の後ろにネネカとコルトとシェウトが立っている。女王は鋭い目で3人を見つめ、冷たい笑みを浮かべた。

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