火葬
ライラは木の根の群れをアランとマリスに任せ、頭上の枝を頼りに走り出した。赤く照らされた森を奥へと進む。
『ァァアア…』
木の根の魔物が前方に立っていた。ライラはその足を止めぬまま魔物の前まで走り、左手を地面に向けた。
「“気功波”っ。」
掌から空気の波動が放たれ、ライラの体は宙に舞った。そして魔物を飛び越える瞬間に、彼は頭を下にして左手を魔物の頭に伸ばした。
「“リフレッシュ”ッ。」
『アア゛ア゛ァァァ………』
癒しの光を浴びた木の根は枯れ、静かに倒れた。ライラは着地し、再び走り出した。向かう先は血溜まりの色をした闇だ。
「………この先に、奴らの核があるはずだっ……」
赤い森の中をただ1人走るライラ。不気味なうめき声が通り過ぎていく。空を隠すように張り巡らされた枝には、人の内臓が果実のように垂れ下がっている。彼が走り抜けると、その風圧で垂れ下がるそれらが静かに揺れる。
『ゥゥゥ……』
『ァァァァァ……』
「……さすがに多すぎるな………“エオースカーテン”ッ!動きを止めるッ!」
ライラが魔法を唱えると、周辺に立つ複数の木の根を包むように、青、緑、紫と色や形を変えて輝くオーロラが現れた。光のカーテンに包まれた魔物は、たちまち幻覚と幻聴に狂わされ、その場でのたうち回った。
「アランさんっ…マリスっ……!もう少し耐えてくれっ…!」
走り続けると、周囲に広がる赤黒い景色は暗さと静かさを増していった。そして、先ほどまで聞こえていたうめき声も薄くなり、気付いた時には地面を蹴り進む自身の足音のみが耳に入るようになった。
「…………静かだな。…………木の根の魔物はここにはいないのか。」
彼はそう呟き、周囲を警戒しながら走り続けた。そして、彼はついに目的の場所へ辿り着いた。ライラは足を止めて、拳を強く握り締めた。
「………これが……奴らの…………核ッ…!!」
彼の瞳に映ったのは、周囲に立つ木々よりも遥かに大きな大樹だった。しかし、これほど悍ましいものを目にするとは思わなかったと、ライラは目を大きく開いた。頭上に張り巡らされた枝に垂れ下がる大量の臓器、そしてその太い幹には多くの屍が絡みついていた。ライラのような死体を見る事に慣れている人物でなければ、すぐに目を逸らしたくなるか、強い吐き気を催すほどの光景だった。
「………これを……破壊すれば…………!」
その時、ライラの目の前の地面が膨らみ始めた。何かが出てくる。彼はレイピアを握り、構えた。そして土から顔を出したのは、鋭い光を放つ刃と木の根だった。
「………嘘………だろ……ッ……」
ライラは言葉を溢した。目の前に現れた人型の木の根は武器を握っていた。それは神々ノ陣の名を持つ薙刀だった。そしてその木の根は、残酷にもカルマに似た顔をしていた。
「……カルマ…さんッ………こんな……っ、こんな事になるなんて………ッ!!」
『ゥゥゥ………ア゛ア゛ア゛アアァァ!!!』
カルマの顔をした木の根はライラに飛び掛かり、薙刀を横に大きく振った。軌道が鈍い音を立てながら空間を斬り裂く。ライラは地面を転がって回避した。服が泥で汚れる。
『ァァァア゛ア゛!!』
今度は薙刀を力強く振り下ろしてきた。地面に膝をつけたライラは咄嗟に左腕を伸ばした。
「“ガードファントム”ッ!!」
ライラの掌に光の盾が現れ、攻撃を防いだ。しかし振り下ろされた刃は想像よりも遥かに重く、腕の芯に激痛が走った。
「…ぅぐッ!!…ハァッ!!」
ライラは地面に背中をつけて、薙刀の刃を光の盾ごと両足で蹴り飛ばした。刃はその威力に押されて上を向き、木の根は大きな隙を見せた。彼は“今だ”と思った。後転した勢いで地面を強く蹴り、右手のレイピアを突きつけながら木の根に飛び掛かった。
「“インジャクションヒール”!!」
しかし次の瞬間、彼の目の前に立っていたはずの木の根は姿を消した。そして彼は驚く間も無く背中に斬撃を走らされ、正面の地面に体を叩きつけた。
「がッハァ゛ァ゛ッッ…!!」
神器の刃が刻んだ傷口は、背中だけでなく手足の先まで耐え難い激痛を走らせ、彼を立ち上がれない状態にまで追い詰めた。
「……ッく……!!」
ライラは激痛を奥歯で噛み殺しながら背後に首を向けた。そこには、カルマの顔をした木の根が静かに立っていた。
「……リ…“リフレッシュ”………ッ」
ライラは血が流れ出る背中と、骨にヒビが入った腕に癒しの光を当て、ゆっくりと立ち上がった。
「…一瞬だったッ……まさか背後をとられるなんてッ……!」
『……ゥゥゥ』
レイピアを握るライラの目には、血のついた薙刀を握る木の根が映っている。魔物が背後に回り込むまでの一瞬に、彼は違和感を感じていた。確かに彼のレイピアは木の根を捉えていた。しかし、まるで最初から目の前に居なかったかのように魔物はライラの前から消え、背後に立った。彼は魔物のその動きに対し、素早さだけでは片付けられない何かがあると考えた。
『ゥゥゥアアアァァ!!』
「っ!!」
木の根は再びライラに薙刀を振り回した。彼は木の根の手元や足の動きを見ながら刃の動きを読み取り、攻撃の1つ1つを確実に避ける。
(あの刃をまともに喰らったら確実にやられるッ…神器がこれほどまで恐ろしい威力を持っていたとは……)
薙刀は動きを止めることなく、ライラに刃を光らせた。空間を斬り裂く鋭い音が鼓膜を震わせる。そして、木の根が薙刀を勢いよく横に振り切った瞬間をライラは見逃さなかった。
「そこッ!!“インジャクションヒール”ッ!!」
今度こそ命中したと彼は確信した。しかし、先ほどと同様、彼の目の前から木の根は消えた。彼は咄嗟に、踏み込んだ足の向きを変えて左手を伸ばした。
「…っ!“ウォールファントム”!!」
彼の左手から現れた厚い光の壁が、鋭い薙刀を受け止めた。刃を弾く音が周囲に響き渡る。もし彼のこの動きが少しでも遅ければ、彼の首は確実に飛んでいただろう。度重なる緊張感がライラに襲い掛かる。
(…コイツを倒さなければ、核の破壊は難しい……。いや、はっきり言って不可能だ。…だが倒すにしても、コイツのこの動き…一体何なんだっ……!?)
『ア゛ア゛アアアァァ!!』
木の根は枯れ切った声で雄叫びをあげながら、薙刀を力強く振り続けた。ライラは左手から放つ魔法に意識を集中させて、地面を強く踏み締める。
(…っ、やはり…攻撃が重いッ………勝てるのかッ……)
そして彼は自身が受け止めるその攻撃が、元々人間だったものが放っているという事を痛感すると同時に、ある人物の言葉をふと思い出した。レオが復活しデルガドを討った後に、リュオンの口から聞いた言葉を。
“ライトニングでもダークネスでもない人間という種族についてだが、奴らは特殊な力を持っている。人間は死を前にした時、生きる意志が強ければ強いほど、それが発揮される。レオやその連れが、勝てるはずもねぇカーリー家のクソガキを2度も殺せたのも、その力が働いたからだろうよ——”
「………特殊な力………まさかそれが、この魔物の動きの正体………っ?」
『ゥゥアアア゛ァァ!!』
その時、木の根がライラの右脚に蹴りを入れ、ライラを仰向けに転ばせた。
「しまった…!!…ッく!!」
そして木の根は薙刀を大きく振り下ろしたが、ライラは左手の防御壁でその重い刃を受け止めた。すると、ライラの腕と脚付近の地面から細い木の根が現れ、ライラの四肢に巻きついた。
「まずいッ!“ガードファントム”ッ!!」
瞬時に彼はレイピアから右手を離し、その手から放つ薄い光で体全体を包んだ。これは木の根を直接肌で触れると、カルマのように感染する可能性があると予想した彼の用心深い性格と判断ゆえの行動だった。しかし、木の根と肌の接触は防げたものの、巻き付いた根が、刃を受け止める左腕を引っ張り、邪魔をする。
「ぅぅぐぐぅッ…!!」
歯を食い縛り、防御壁を出す左腕に力を込める。体全体への防御も意識しているせいか、先ほどよりも刃が重く感じる。一瞬の油断も許されない。彼は必死だった。そして、その時だった。
「ライラさぁぁんッ!!」
「ライラぁぁッ!!」
アランとマリスの声だ。2人は魔物の群れを撃退し、彼の元へ走ってきたのだ。ライラは魔法に意識を集中させながら、2人に叫んだ。彼は安心と同時に、これしかないと思った。
「アランさんッ…!!マリスッ…!!その木だッ……!!その木を破壊するんだァァッ…!!…早く!!」
「…了解っ!!」
彼の必死の叫びを聞いた2人はその場で止まり、無数の死体が絡みつく大樹を鋭い目で見つめた。アランはパワードアームのレバーを全て引いて前に構え、マリスは背中から青く半透明の巨大な腕を出し、その両手で大きな波動をつくってメイスを構えた。
「いくよッ…!!そぉぉれェッ!!」
「消えてッ…無くなれ゛ェェェェェッッ!!」
マリスは溜めた波動の玉をメイスで打つと、強い風圧とともに巨大な光束が放たれた。そしてアランの大きな右手からも、爆発音とともに巨大な光束が放たれた。2つの光束が大樹の幹を焼いて貫き、地面を震わせる。すると、強い光の中で、アランはある人物の断末魔の叫びを聞いた。
“い゛やだァ゛ァ゛!!死に゛だぐな———”
「……………バー…ノン…………っ!!」




