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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
170/206

覚悟

「………俺が……友を…………カルマを…………?」


 アランは冷たい地面に腰をつけて動かなくなった。そして彼は、目の前でゆっくりと起き上がろうとする腐敗した人間をただ震えながら見つめていた。


『ゥゥゥ……』


 彼は、それがカルマである事を信じたくはなかった。体が思うように動かない。そうして静かに見つめているうちに、それ(・・)は立ち上がり、アランの方へ首を向けた。黄ばんだ眼球が震える彼を捉える。その手に握る薙刀の刃がぎらりと光ったその時、それ(・・)は右腕の関節を外し、鞭のようにしてアランに薙刀を振った。


「くっそォッ!!」


 無意識だった。アランは右腕のパワードアームでその薙刀を受け止めた。遠心力がかかったせいか、その刃はとても重たかった。


『……ァァアア……』

「やめてくれェッ……!!カルマッ!!」


 アランはパワードアームで薙刀を振り払い、腐敗したカルマを飛ばした。カルマは先ほどとは違い、地面に片手と膝をついて着地した。


「………ゥゥヴヴ…ァァ」


 腐り落ちそうな目が再びアランを捉えた。獲物を狩る目をしている。アランは自分の身を守る事を優先に考えて立ち上がり、鼓動を走らせる自分自身に語りかけた。


「………大丈夫だ……ッ、カルマを治す方法が……必ずあるはずだ………」

『ゥゥゥ……ア゛ア゛アッ!!』


 腐敗したカルマは勢いよく地面を蹴り、薙刀を高く上げてアランに飛び掛かった。


「ぅっぐッ…!!」


 アランは再びパワードアームで重い刃を受け止めた。地面を踏み締める足に力が入る。すると、背後から人の形をした木の根が襲い掛かって来た。


『ア゛アアッッ!!』

「“銀の拳”ッ!!」


 銀に染めた左腕を木の根の顔面に叩きつけ、殴り飛ばした。しかし、カルマへの注意が薄くなった一瞬で刃がパワードアームを下へ押し込み、アランの頭に浅い切り傷を刻んだ。


「…ッ…ああァッ!!」


 アランは咄嗟に、腐敗した腹部目掛けて銀色の拳を捻じ込み、カルマを殴り飛ばした。飛ばされたカルマは両足で地面を抉りながら衝撃を受け止めると、左手で地面を掴んで止まった。その左手の爪は地面に持っていかれ、剥がれていた。そして、その腹部からは黒く柔らかい何かが垂れ落ちていた。腐敗した腸だ。


「……しまった……そ…そんなはずはッ……」


 大きく損傷したカルマの体を見て、アランは左手で顔を押さえた。額から一筋の赤い雫が流れ落ちる。その時だった。


『………ァ………ァ……ラ………ン……?』

「ッ!?」


 枯れた声がアランの耳に入った。黄ばんだ目は、今度は彼を違った表情で見つめている。アランはそれを、助けを求めている目であると感じ取った。


「……カルマ……ッ!!カルマなんだな!?俺が分かるんだよなぁっ!?」

『……ァ…ラ………ン………死゛に………た……く………』

「…悪かったっ!!腹の傷はライラさんかマリスさんに頼んで治す!!だからもう少し耐えてくれッ!!」

『…………ラ゛……ィ…ラ…………?』


 その時、素早く動く陰が腐敗したカルマ目掛けて飛び掛かった。刃を光らせたのはライラだった。アランは叫ぶ。


「ダメだぁッ!!それはァッ!!」

「っ!?“気功波”ッ!」


 ライラはその声を聞くと、咄嗟に地面に空気の波動を放ってカルマを飛び越え、空中で回転した後にアランの横に着地した。


「アランさん、あれは魔物だ。どういう——」

「殺してはダメッす、あれは…カルマなんすよッ…!」

「なッ!?」


 ライラはその言葉に衝撃を隠せなかった。一瞬その言葉を疑ったが、アランの真剣な眼差しを見て、それが真実であると理解した。だが、腐敗してもなお動く不気味なそれを前にすると、右手に持つレイピアを納める事は出来なかった。


「あれが……カルマさん………ッ、でもなぜ……」

「恐らく、カルマが木の根に絞められた時、カルマの左腕が傷付いて、そこからウイルスか何かが広がって感染したんだと思いますっ………そんで…あんな姿に……」

「……そんな…ッ……彼の傷は完全に治したはずだ。…………俺の回復魔法でも治癒できないものがあるのかッ…………」


『………ゥゥゥゥ……』


 体を腐らせたカルマは、爪の剥がれた左手で溢れ出た腸を掬い上げ、腹を押さえた。その姿をライラは真剣な目でしばらく見つめ、アランに口を開いた。


「アランさん………覚悟を決めるんだ。………あれはもう………カルマさんじゃあ——」

「カルマだァッ!!」

「ッ!!」


 アランがそう怒鳴ったその時、ライラはアランの右頬に平手打ちをした。アランは右頬を左手で押さえて黙った。ライラは彼に続けて口を開く。


「……もうダメなんだ……アランさん…………確かにあれはカルマさんだったかもしれない。でも、もうあれはただの魔物だ。……討たなければ討たれるのは君だ。」

「………討たなければ……討たれる……?………友を………討つ…………?………俺……が………?」


 再び彼の脳裏にエレナスの言葉が過ぎった。しかし、彼は強く実感していた。そんな事は自分にはできないという事を。この時彼は、それが出来ない自分の弱さを嘆くのではなく、ただひたすらにカルマを諦めきれずにいた。茫然と立つ彼を、ライラはレイピアを強く握って見つめた。


「……もし君が討てないのなら、俺が討つ。……俺には覚悟がある。世のため人のために仲間を討つ覚悟がッ!!」


『ゥゥアア゛ァァッ……』


 その時、周囲の地面から2人は何かを感じ取った。地面の下で何かが動いている。恐らく木の根だろう。2人は武器を構えた。


「…来るっ!!」


 しかし、その気配は2人の足元を通り過ぎていった。そして次の瞬間、2人の目に衝撃の光景が映る。


『アアアア゛アァァァァァアア゛ァアアァ!!』

『ゥゥゥアアア゛ァァァァァアアア!!』

『アア゛アァァアアァアア゛ァゥゥゥ!!』




         “行こう…カルマ……”




       “僕たち……トモダチだもんね…”




        “これで君も…1人じゃない”




 4、5体の木の根が腐敗したカルマを囲むように地面から飛び出し、全身の根を広げて彼を包み込んだ。それを目にしたアランは、咄嗟に左手を伸ばして走り出した。


「カルマァッ!!ダメだァッ!!カルマァァァァッッ!!」


 塊となった木の根はすぐに地面に潜り、腐敗したカルマとともに姿を消した。間に合わなかった。そしてアランは手と膝を地面につけ、叫んだ。


「…チクショぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」


 彼の声は赤く暗い森に響き渡った。それでもなお、死体の木の根は不気味に体を揺らしながら、ゆっくりと彼らに迫って来る。そんな彼らの元へ、マリスが大きなハンマーを握って飛んできた。


「…よっと。……ライラ、敵は全然減らないし、むしろさっきから増えてる気がするよ。」


 マリスはライラにそう言った後、手と膝を地面につけたまま動かないアランを見た。


「……アラン君は…何があったの?………カルマ君は…?」

「……………カルマさんは……さっきのエンペラーグリズリーのような動く屍になった。……多分、木の根の魔物から感染したんだ。………その後、複数の木の根に包まれて地面に潜って行った。……それでアランさんは……」


 ライラのその話を聞いて、マリスはあまりの驚きで息を詰まらせた。そして、両手で持つメイスをより一層強く握りしめて呟いた。


「…………うそ……………そんなっ…………」


『………ゥゥ……』

『……ァァアア………』


 ライラは辺りを見回した。マリスが言った通り、先ほどよりも多くの木の根がうめき声をあげながらゆっくりと迫って来ている。ライラはマリスに口を開いた。


「マリス、ここは君とアランさんに任せる。」

「……ライラ、何をするつもり?」


 マリスはライラに問いかけた。ライラは続けて話す。


「敵の数が増え続けるのなら、それを作り出している(コア)があるはずだ。俺は先行してそれを叩く。その間、マリスはアランさんと一緒にここの敵を抑えて欲しい。」


 マリスはカルマの事も踏まえ、単独行動を行おうとするライラを心配したが、彼が無事に遂行する事を信じ、頷いた。


「わかった。……ここは任せて。」


 彼女の真っ直ぐな眼差しにライラは頷き返した。そして、頭上に広がる木の枝を見つめ、それを頼りに幹のある方へ走り出した。


「アランさんを頼んだ!!」

「わかったよ!!気をつけてっ!!」


『ゥゥゥ……』

『ァァァァァ……』




        “アラン……君も一緒に…”




「…………返せ………」


 アランはゆっくりと立ち上がった。そして左の拳を強く握り締め、周囲に立つ木の根に殺意を込めた視線を放った。


「カルマを゛ォ゛ッ…!!………返しやがれ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェェェェェッッッ!!!」

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