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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
169/206

赤い闇の蝕

 暗く腐敗臭が漂う森の中で、4人は武器を構えて辺りを見回していた。頭上で垂れ下がる内臓の果実は静かに揺らぎ、陽の光を遮る木の葉は血溜まりの色を見せる。


『…………ゥゥ……』


『………ゥァ…………ァァ……』


 木々の影から小さいうめき声が聞こえてくる。人の形をした木の根の声だ。ライラは獣王の天眼によって視力を強化しているため、敵の存在の多くを把握できていた。アランは自分だけに語りかけてくる魔物の声に、目を閉じて集中している。そしてカルマとマリスは敵の位置や数が分かっておらず、ただ武器を強く握って構えていた。


「動きは無いな……様子を見ているのか…?」


 ライラは赤く暗い中で獣のような目を光らせ、複数いる魔物に目を配っていた。すると、数体の魔物の陰が体の根を動かしながら小さくなっていくのが見えた。


「……っ、何をやってるんだ……?」


 そしてその数体の陰は消えた。何か悪い予感がする。ライラは奥歯を噛み締めた。そしてマリスは、警戒するライラに口を開いた。


「……ライラ、どうしたの?」

「…3、4体ほどの陰が姿を消したんだ。逃げたのか…?それとも——」


 その瞬間、彼らは自らが立つ地面に違和感を感じ取り、足元を見た。地面の下で何かが動いている。それが何なのか彼らはすぐに分かった。木の根の魔物だ。敵はただ姿を消したのではなく、地面に潜って4人の方へ向かって来たのだ。背中合わせで立っていた4人の間の地面から、4体の木の根が勢いよく飛び出してきた。


「なにッ!?」


 4人は咄嗟に地面を蹴り、魔物から距離をとった。しかし、これは敵の罠だった。避けた先には数多くの木の根が悍ましい雰囲気を漂わせて立っていた。4人は周囲どころか、内側からも囲まれてしまったのだ。それに加え、固まっていた4人は散開してしまった。そして彼らは痛感した。敵の策にはまってしまったという事を。


「く…ッ!“テラインパクト”っ!!」


 マリスはメイスを力一杯振り、3体の木の根を叩き飛ばした。


『ア゛ア゛ァアア゛ァアッ!!』


「“気功波”ッ!!」


 ライラは左手を広げて空気の波動を放ち、5体の魔物を遠くへ飛ばした。しかし、腐敗した人のような木の根は次々とこちらへ向かってくる。すると、彼の背後から木の根が襲い掛かって来た。先ほど地面から現れた木の根だ。ライラは振り返ると同時に左手で魔物の頭を掴み、地面に強く叩きつけた。


「“リフレッシュ”ッ!!」

『アアァガアァァ………ァ…』


 魔物はライラが放つ癒しの光を浴びると、乾涸びたミミズのようになって動かなくなった。彼は回復魔法を使用できるためこれらの霊体系の魔物を仕留めることができるが、アランやカルマは迫り来る木の根の死体に対し、殴り飛ばすか斬り払う事でしか対抗できない。


「“プロミネンスストレート”ォッ!!」

『グファァッ…!!』


 アランは燃え盛る左の拳を、目の前に立つ木の根の顔面に叩きつけた。木の根は炎に焼かれながら遠くへ飛んでいった。幸い、敵は植物系の魔物でもあったため、炎の渦を纏うアランの拳は有効であった。だが、この技はSPの消費が激しく、同様に身体への負担が大きい。その頃、遠くでは薙刀を持つカルマが複数の魔物に囲まれていた。


「“オクターバーシフト”っ!」


 カルマがそう唱えると、彼の背後に分身が現れた。カルマとその分身は背中合わせになり、迫り来る魔物に薙刀を振った。


「「はぁっ!!ソォラァァッ!!」」


 カルマと分身が持つ神々の陣の刃は、複数の敵の手脚を切断した。しかし人の形をしたそれらは、両脚を失ってもなお地を這うようにしてカルマの方へ向かって来た。


「「しつこいヤツらだっ!!まるでゾンビじゃねぇかっ!!」」


 カルマと分身がそう吐き捨てて再び薙刀を構えたその時、彼は急な眩暈に膝から崩れ落ちた。


「「ぅッ…!?」」


 そして分身は消えた。視界がぼやけ、迫り来る魔物や周囲の木々が歪んで見える。酷く耳鳴りがする。彼の脈拍は走り始めた。


「カルマァァァッ!!」


 地面に膝をつき動かなくなった彼の方へ飛んで行くように、アランが名を叫びながら走り出した。アランは右腕の重く巨大な鉄塊で、飛び掛かって来る魔物を叩き飛ばし、カルマの前に立った。


「カルマっ!!しっかりしろっ!!」

「……ァラン…ッ、すまねぇっ……急に頭が……ッく!!」


 カルマは激しい頭痛に襲われた。両手で頭を掴み、必死に痛みに耐えようとする。痛みは徐々に増していく。


「ぅぐッ…ぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「おいっ!!どうしたカルマッ!!」

『アアァアアァア』




          “一緒に死のう”




「チィッ!!」


 2人の前に木の根が襲い掛かって来た。アランは右腕のパワードアームのレバーを1つだけ引き、その大きな手から波動弾を放った。


『ア゛ァァッッ』


 木の根の魔物は遠くへ吹き飛ばされた。アランはカルマの前で膝をつき、彼の肩に左手を置いた。


「カルマッ、頭が痛いのか?…………………おぃ…………何だ…………これ………」


 アランは彼の左腕を見て瞳を震わせた。アランの目に映ったのは、赤い血管が浮き出た黒い腕だった。それは人の腕というにはあまりにも悍ましく、見つめるほど不安と絶望を感じさせるものだった。


「……この腕は…さっき骨折した方の腕……ライラさんの回復魔法では治療できない何かがあったのかッ……?」

「………ァ……ァラ…ン……俺……死にたく………死にたく…ねぇよぉ…」


 カルマは歯を食いしばり、涙を流しながらアランにそう言った。しかし彼の左頬は腕と同じように赤い筋を浮き上がらせた黒い肌に変化しており、左眼は瞳を小さくして黄ばみ始めていた。


「カルマ………ッ!!カルマァァッッ!!ダメだぁッ!!しっかりしろぉッッ!!」


『ウウゥゥ……』




          “死にたくない”




 徐々に迫り来る木の根の魔物。


「うっせぇ黙ってろォ!!」


『ウウゥゥゥゥゥゥ…』




          “死にたくない”




 彼にだけ語りかけてくる不気味な声。アランは怒鳴り声をあげる。


「来るんじゃねぇッ!!カルマが危ねぇんだッ!!」


『ウウウウウァァァァ…』




          “死にたくない”




「黙れっツってんだ———」

『死゛に…たぐ……な…い゛……』


 アランの目の前で口を開いたのは、全身を腐らせた人ではない何かだった。体は炭のような色になって、浮き出ていた血管は不気味な紫色をしている。歯は数本抜け落ち、黄ばんだ眼球は今にも腐り落ちそうなほどごろごろと動いている。アランはそれ(・・)を咄嗟に突き飛ばした。


「ぅわああぁぁあッッ!!」


 彼が突き飛ばしたそれは体を地面に叩きつけ、頭を強く打った。アランの呼吸が乱れる。手足が震える。彼は信じたくなかった。あれが友人のカルマであるという事を。


「……ぉぃ………嘘だろ………何が起こったんだよ…………カルマが………カルマがぁ…………」

『…………ゥゥ……死に゛…ぐな死゛にァァ……ぃだな゛…ゥゥゥ』


 アランの前で倒れたそれがゆっくりと体を起こし始めた。アランは地に腰をつけ、ただそれを見ていた。


「………やめろよ……カルマ…………カルマ…なんだろ……?返事してくれよ………俺わかんねぇんだよ………」

「………ウウゥ……ァァァ……」

「……俺わかんねぇよっ………何喋ってんだよ……」


 その時、彼の脳裏にある男の言葉が過ぎった。




“もしお前の友がお前を裏切ったらどうする!?敵になったら何ができる!?それを世のため人のために斬る事が出来るのか!?”




 エレナスの言葉だった。当時はレオに対しての言葉だったが、今この瞬間では彼に強く語りかけてくるようだった。


「………俺が……友を…………カルマを…………?」

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