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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
少年の夢編
168/206

2人だけの運命

 イルアの森を歩く4人の頭上には、人の臓器のようなものが果実のように木の枝から垂れ下がっていた。カルマはすぐにそれを見ないよう目を逸らし、暗く不気味な辺りを見回した。


「なんなんだよッ…これはぁっ!?」


 この森は確実におかしい。死してなお襲い掛かるエンペラーグリズリー、そしてこの生々しい内臓の果実。それに加え、アランだけが耳にした荒れ狂った叫び声。彼らを恐怖が包み込んだ。


「………気味が悪りぃ……」


 呼吸が乱れる。脚が動かない。彼らは恐怖の手のひらで転がされていた。すると、マリスとライラが何かを感じ取ったのか武器を手に取り、その場で構えた。


「何か来るッ!」

「っ!!」


『………ゥゥ……』


 木の影から声が聞こえた。人のうめき声だ。4人はその声の方に目を向けた。はっきりとは分からないが、その陰は確かに人の形をしている。カルマは4人の中で最も恐怖を感じていたが、それが助けを求めているのだと思い、咄嗟に人影の方に脚が動いた。


「だっ、大丈夫ですかッ!?」

「ダメだカルマさん!!それはッ——」

「…ッ!?」

『ア゛ア゛アアア゛ァァァァァア゛アァア゛アァ!!』


 その陰は腕を大きく広げ、カルマに抱きついた。それは人の形をした木の根だった。その魔物は腐敗した死者のような顔をしている。


「うわあああァァッ!!なっ、なんなんだよォッ!!」


 魔物はカルマの身体全体を包み込むかのように、徐々に腕のような根の先を伸ばしていった。彼は全身を揺さぶり振り解こうとするが、その根は柔軟かつ頑丈であり身動きが取れない。それどころか全身を強く締め付けられ、痛みを叫ぶこともできなかった。


「ぅぐッ………がァァァッ……ッ!!」

「“プロミネンスストレート”ォォォッ!!」


 アランの燃え盛る左の拳が、魔物の胴体目掛けて放たれた。魔物はその火炎に包まれるとカルマを解放し、狂ったように暴れ始めた。その動きは苦しみ悶える人間そのものだった。


『ア゛ア゛ア゛アア゛ァァッッ!!!』




  “熱い゛!!熱い゛!!熱い!!ア゛ヅイ゛ィィ!!“




「っ!!」


 その断末魔の叫びはアランの鼓膜を恐ろしいほどに揺さぶった。そして彼は、この声は魔物が発しているのだとすぐに理解した。




    “一緒ョに゛死ン゛デぇぇェェェェェッ!!”




 頭が狂いそうだった。アランはどうしていいか分からず、脳内に鋭く突き刺さるその声に奥歯を噛み締め、左手で頭を押さえた。


「…んだコレっ……訳わかんネェっ………」

「アラン君!!」

「うわあ゛あ゛ぁァァァァァァァア!!!!」


 マリスがアランの方へ一歩踏み出したその時、アランは右腕のパワードアームに左腕を運び、5本のレバーを引いた。そして大きな右手を広げ、燃える魔物の方へ伸ばした。


「黙ァァれ゛ェェェェェェェェェェェェェェッッッ!!!」


 パワードアームからは周囲のものを吹き飛ばすほどの風圧や爆音と共に、巨大な光束の波動が放たれた。アランはその威力に耐えるよう全力で地面を踏み締めた。少しでも気を緩めると、自身が吹き飛ばされそうだ。アランは左手でパワードアームを力強く掴み、全身の筋肉に力を入れた。そして光と音が消えると、その攻撃の破壊力を物語るかのように、大きく抉れた木々と地面が4人の目に飛び込んだ。


「………すごい威力だ……魔物を消し去った……」


 ライラはレイピアを握ったまま立ち止まっていた。すると、魔物から解放されたすぐにその場で伏せたカルマが、パワードアームを下ろしたアランに近付いた。カルマは左腕を押さえている。


「ぅッ……す…すまねぇアランっ……助かった……。ちょっと、左腕の骨がイっちまったかもしれねぇ……」

「……………………死んだか……ヤツはッ…死んだのかッ…」


 カルマは眉間に皺を寄せ、アランの顔を覗いた。彼の目は震えていた。彼は続けて口を開く。


「………一緒に…死んで……って……カルマ、そう聞こえなかったかッ?」

「…………………何を……言ってんだよ。」


 カルマは硬くなった顔で苦笑いを作った。アランは真剣な眼差しを向けている。そしてアランはライラとマリスの方を見た。


「聞こえなかったっすかッ…!?なんか、すっげぇ、熱い熱い!!って…!」


 2人は彼の問いに対して首を横に振った。魔物から聞こえた断末魔の叫び声は、今になっても生々しくその耳に残っている。アランはゆっくりと下を向いた。そして不気味な笑みを浮かべた。


「そうかよ……やっぱりこれかよ……。…なぁレオ……、これはちょっと………辛すぎるぜ。」


 天界で口を開かなかったレオが何を体験し、何を感じていたのか、彼はようやく理解した。これはレオとアランの2人だけが背負う運命(さだめ)と言うべきものであった。




          “殺して…ェ……”




        “一緒に死んでよ…ォ……”




 その声にアランは顔を上げ、振り返った。複数の不気味な声が彼の耳に纏わりつく。耳を塞いでも脳に直接語りかけてくる。アランは左の拳を握り締め、ライラに口を開いた。


「ライラさん、カルマの腕を治してやってください。そんで、獣王の天眼で索敵を。」

「…分かった。“リフレッシュ”。」


 ライラは癒しの光を放つ左手を、カルマの左腕に当てた。そして彼は続けてアランに口を開く。


「アランさん。何があったのかは後でゆっくり聞かせてください。……“ 獣王の天眼”っ。」


 ライラは薄暗い森の中で目を光らせ、周囲を見渡した。すると彼は目に入ったものに固唾を呑み、右手のレイピアを強く握り締めた。


「………マズいな。………何年ぶりだろう、こんなに身構えたのは……。アランさん、カルマさん、マリス。今みたいな魔物が………20体はいる。」

「にッ……20!?」


 カルマはより一層警戒してその場で構えた。恐怖がまた膨れ上がる。マリスはそんな彼を守護するように前に立ち、身の丈ほどあるメイスを両手で握り構えた。そしてアランは、魔物から聞こえてくる20ほどの声を感じ取りながら、口を開いた。


「どうします?この状況、無事で済むとは思わないんすけど。」

「そうだねアラン君。視界は良くないし、敵の数は多い。ここは固まって迎え撃つのが得策かもしれない。」


 マリスは彼にそう答えた。すると、4人の近くで何かが落下する音がした。見るとそこには、腐敗した体液を撒き散らした内臓が落ちていた。無数の蝿が集るほどの酷い匂いがする。


「枝から落ちてきたのか……」


 ライラはその内臓を見て呟いた。そして、それがちょうど1人分の内臓であることに何かを感じ取り、口を開いた。


「この内臓、恐らくさっきの魔物のやつだ。となると、今枝に生えている内臓の果実は、この先にいるヤツらのもの。そしてヤツらは…植物系と霊体系を組み合わせた魔物。」

「…なるほど。でも、組み合わせたって……そんな事有り得るんですか…?」


 カルマは真剣な目で地面の内臓を見つめるライラに問いかけた。しかし彼は、「分からない」と、ただそれだけを口にした。するとマリスは、ライラの言葉に1つの疑問を感じ、口を開いた。


「……じゃあ、さっきのエンペラーグリズリーは何なの?霊体系にはなってたけど、植物系ではなかったよね?」


 恐怖もあれば謎もある。彼らは来ては行けない所に来てしまったと、そう感じていた。カルマは骨折が治った左腕を、薙刀を持った右手で擦った。その部分は頭上の木の葉のような赤黒い色をしていた。

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