イノチ
イリーグに現れた魔物を倒したレオ達は、天界に戻り他の仲間と合流した。無事に帰ってきた彼らを、天界に残っていたアラン達は笑顔で迎えた。しかしその中で顔色ひとつ変えない男が1人。レオだ。彼の眉間には常に皺が寄っていて、その顔は青ざめていた。
「レオさん…大丈夫……ですか…?」
まず彼に声をかけたのはネネカだった。とても心配そうな顔でレオの輝きのない目を見た。
「……ぁ、あぁ………」
レオの口からはそれだけだった。彼はまるで抜け殻のようになっていた。ネネカはそれ以上レオに声をかけられなくなった。そんな時、アランがレオの前に立ち口を開いた。
「どうしたんだ?何かあったんだろ。話してくれ。」
気安く話せるはずがなかった。同じ学舎で共に過ごして来た仲間の断末魔の叫びを聞き、自分はそれを一度でも殺そうとした。先ほど戦ってきたものの正体がただの妄想に過ぎないかもしれないが、妄想で片付けるにはあまりにも情報と経験が揃ってしまっていたのだ。
「…おいレオ!」
「悪い、アラン。どうかそのへんにしといてくれ。俺だって何があったかちゃんと話聞きてぇよ。でも本人が話したくないんだ。分かってくれ。」
シルバの言葉にアランは口を閉じ、静かに頷いた。彼らの会話を聞き、亀神はゆっくりと瞬きをした。
「ふむ……良からぬ事じゃな。」
「良からぬ…事?」
カルマが首を傾げる。亀神は長い首を縦に振った。
「そじゃ。ワシ言ったじゃろ、下界で良からぬ事が起ころうとしておる…とな。そこのレオとやらの調子が悪いのもそれが原因じゃ。お前達はそれと向き合わねばならん。」
「じゃあそれを教えてくれよ!良からぬ事ってのは一体何なんだ!?」
アランが亀神の方に振り向き、言葉をぶつけた。すると亀神は下界から来た彼らの顔を1人ずつ見ては、ため息を吐いた。
「……それを知って敵を撃てなくなる者がチラホラ。アランだったかの?いずれお前さんにも分かる。……あぁ必ず分かるとも。レオとお前さんは他の者とは違うからの。」
「……違う…?俺と…レオが……?俺とレオの共通点……」
アランは眉間に皺を寄せて考えた。だが分からない。そして彼は言葉足らずの亀神に対し、苛立ち始めていた。しかし、亀神が話さないのは彼らを思っての行動なのである。
天界を包む黄金色の雲海は、少しずつ星空の色に移り変わっていった。いつもより強く綺麗に輝く星々に手が届きそうだ。すると、亀神がもの寂しそうな顔をして口を開いた。
「………ぅん。腹ぁ…減ったのぉ。ジズよ。頼まれてくれるな。」
その声で亀神の側に鶴の姿のジズが現れた。彼は亀神に頷くと静かに目を閉じ、両手を合わせた。すると、月の光で照らされた天界に、長く上品なテーブルと10脚の椅子が一瞬にして現れ、白いテーブルクロスの上には豪華な料理が並んだ。
「ほぅ……今日のメニューも良いの。ふんふん。」
あまりにも一瞬の出来事であったため、下界から来た彼らは山のように盛られた料理を前に声も出なかった。そんな彼らの驚く表情を見て、亀神は得意そうな顔でにやけた。
「ほれどうした下界の者ども。はよ座らんか。メシが冷めてしまうぞ。……ふむ、メシに飛び付かぬとは、お前さんらなかなか用心深いの。」
「サルだって飛び付かねぇよ。」
シェウトが呟いた。彼らは恐る恐る椅子に座り、料理を前にした。こんがりと良い焼き色がついた厚みがあり脂身のある肉、虹色に輝くほどの艶があり花畑のように並ぶ魚の刺身、テーブルの中心に置かれた大きなファウンテンからは濃厚なチーズの滝が流れ落ちている。果物はまるで煌めくメリーゴーランドのように盛られていた。
「………」
「………」
「………」
これらが一瞬で現れたのに加え、ここは神が居る天界だ。すぐに料理に手をつけられるわけがない。作法などを気にしないあのシルバでさえ、中心のファウンテンから流れ落ちるチーズの滝を大人しく見つめていた。
「ん。こりゃウマい。お。これもウマい。おぉ……ウマい。」
彼らはそう口にする亀神を一斉に見た。亀神の前には、巨大なアサイーボウルが置かれていた。シルバは思わず吹き出した。亀であるため、亀神は巨大な器に顔を突っ込んでいる。
「アサイーボウルを食う亀ッいや、神っ……」
次に亀神は大きな魚の丸焼きに首を伸ばし、むしゃむしゃと食べ始めた。料理を食す亀神を観察して特に作法などは無さそうだと分かった彼らは、ようやく料理を口に運んだ。
「ぅっわ。」
「うっっっまっ!!」
辛味と甘味で調和された食べ応えのある肉が、旨味となって口を満たす。刺身は、癖のない新鮮味のある脂が口いっぱいに広がり溶ける。こんなにも舌が躍る料理を口にしたのは生まれて初めてだと誰もが思った。そしてこれらを毎日食べているであろう亀神に対し、数人は目を輝かし、他は冷たい目をした。亀が料理を食うなという目だ。
「おや、そういえばヤツがおらんのぉ。えーと、レオ…とかいったかの?」
「……あ、そういえば…」
カルマが辺りを見回した。やはり彼の姿はない。考えてみれば、先ほどの彼の状態ではろくに食事もできそうになかった。カルマは一旦食事をやめて彼を探す事を考えたが、彼が自分から声をかけてくれるまで待つ事にした。レオには悪いが、彼は食事を続けた。
「ふむ……ところでマリス。」
「は、はい。」
亀神が彼女の名を口にすると、マリスは急な指名に少し驚きながらもナイフとフォークを置き、亀神を見た。
「な、なんでしょうか。」
「…いや、そう大した事じゃぁ無いんだけどね。エルドはぁ……元気かの?」
またしても驚いた。下界から来た人の名などほとんど知らないはずの亀神が、優しい顔でそう問いかけたからだ。マリスは戸惑いながらも答えようとした。
「エルド…ですか?……彼は——」
「あ〜…やはりよい。また今度2人でゆっくり話そう。」
「そ、そうですか。」
この会話をライラは特に聞き逃さなかった。変な疑いなどはないが、亀神のその言葉や態度に重要な何かが隠されていると思ったからだ。ライラは黙った。また、レオと自分との共通点について未だ答えを導き出せずにいたアランも黙っていた。そんな彼の隣に座るネネカは、肉汁溢れるハンバーグを口いっぱいに頬張り幸せそうな顔をしていた。
天界には浴場もあり、彼らはそこで汗を洗い流した。また、先ほどのようなジズの不思議な力によって10床のベッドが用意され、彼らは星空の下で眠りについた。しかし、ベッドが1床空いていた。レオの姿がない。
「…………」
眠りにつく彼らや亀神が居る場所とは少し遠くにある、屋根の付いた椅子に静かに座る人物が1人。レオだ。辺り一面に広がる星空を寂しそうに見つめている。そこに足音を立てずに彼に近寄り、側で立ち止まった者がいた。ジズだ。
「………」
「………」
しばらく2人は黙っていた。とても静かな夜だった。そして1つの小さな星が流れ落ちた後に、ようやくジズが口を開いた。
「命の数を、星に例える人がいます。」
「………」
「私はこの例えが好きです。」
「…………………なぜです………?」
「星空の見え方が人それぞれ違うからです。」
「…………よく……分かりません………」
ジズは手を後ろに組んだ。
「日によって見えない星もあります。暗闇のもっと先に星があるかもしれません。」
「…………」
「心の優しい人や、寂しい思いをしている人ほど、星は多く輝いて見えるものです。」
「………………」
「要は信じる事なのです。目では見えなくとも、信じていれば自身のどこかで星は宿るのです。」
その言葉を聞いて、レオは静かに下を向いた。
「何もかもが……今さら過ぎるんです。」
「……と、言いますと…?」
「………多くの命を斬りました。そこにイノチなんてものは無かったですよ。時には人のカタチをしたものも斬りました。平然としている自分が恐ろしいです。恐ろしくてたまりません。」
「………必死だったのでしょう。」
ジズがそう口にすると、レオは冷ややかな笑みを浮かべ、また真剣な顔に戻った。
「…そんな綺麗な言葉で片付けられたら困りますよ。……今日の敵を討った時、ようやくこの戦場で命を理解しました。……今さら過ぎるんです。」
また1つ星が流れた。




