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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
幻想の星編
158/206

大切なもの

『ヒィィィィン』


 静けさと暗黒が広がる海底で、ネネカを乗せたケルピーが砂を巻き上げて海を駆けていた。ネネカは右手に握る真珠の光を頼りに、薄く照らされた海底に目を凝らす。セイレーンが落としたペンダントはなかなか見つからない。


「……こっちも無い……か……」


 ネネカはケルピーを止めると、ため息を吐いた。頭部を包む空気の塊が小さな音を立てて揺れる。辺りを見渡したが、見えるのは黒一色だけで音も無い。孤独を感じたネネカはケルピーの頭を優しく撫でた。


「……もう少し、頑張ってね……」

『ブルルッ………』


 ほんの少しだけ、心が落ち着いた。しかしここは音も光も無い。ただ冷たい水が恐怖となって体を包み込んでいる。常に死と隣り合わせだ。もし、ここで窒息死などしたら…そう思うたびに固唾が細い喉を通る。そして、再びケルピーを走らせようとしたその時だった。


“ かぜに…ゆれる花…たち…小鳥…のさえずり…………みんな……たの…しそ…うに…………うた………ってる………”


 少女の声がした。歌だ。どこからともなく聞こえるその澄みきった歌声に少しだけ恐怖を感じたが、不思議なことに安心感のような温かさも感じた。


「……行こう。」

『ヒヒィィィン!!』


 ネネカは歌声の聞こえる方へケルピーを走らせた。冷たい海水を掻き分ける音とは別に、少女の優しい歌声はネネカの耳に流れる。


“ 野原を…かけるこども……たち………かさな…るほほえみ………みんな……うれ…しそ…うに…………て…をつ………なぐ………”


 ケルピーを走らせてから、声は少しずつ大きくなっていった。この暗闇の先に、歌声の先に何があるか分からない。しかし、確かめずにはいられない。ネネカは夢中だった。


“ ラ…ラ………ラララ………ラ…ラ…ラ………ララ…………ラ…ラ……ラ…ラ……ラ…ラ………こ…の……美しいせか…いで…………生…きて………いる………”


 ケルピーは止まった。ネネカが光る真珠を持った腕を前に伸ばし、目の前の地面を照らすと、砂の中に1つ、ネネカに応えるように小さな光が見えた。


『ヒィィィン……』

「……これ……は……」


 ネネカはケルピーから降りると、冷たい水を掻き分けて、小さな光の前に膝をついた。拾い上げてみると、それは小さなペンダントだった。そして、先程まで聞こえていた歌声は消えた。間違いない、これは海帝鯨が求めていたセイレーンのペンダントだ。


「…見つかったっ!………よかったっ……」


 ネネカはペンダントを胸の前で握り締め、心の底から喜び、安心した。あとは合図を出してレオとアランに知らせるだけだ。だが、その時——


『ヒヒィィィィィィンッ!!』

「っ!?……何っ!?」


 背後から小さな爆発音と爆風を感じ、咄嗟に振り返った。彼女の目に飛び込んだのは、一面の暗黒に1つだけ光る小さな炎だった。それは、レオのバードストライクであり、ペンダントを見つけた合図でもあった。しかし、ペンダントは今、ネネカの左手にある。おかしい。そして、炎はすぐに暗い水の世界に呑まれた。


「……まさか……戦闘が…っ、行こう!」

『ヒィィィン!!』


 ネネカは急いでケルピーに乗り、炎が見えた方向にケルピーを走らせた。嫌な予感がする。彼女は冷たい水を切り払って先を急いだ。


『ヒヒィィィィンッ!!』


 ケルピーは勢いよく砂埃を上げる。頭を包む空気がその速さについて来られず、小さな塊となって離れていく。しかし気にしている暇はないだろうと、ネネカはそう感じた。


「……もっとっ…!もっと急いでっ…!」


 ケルピーは首を前に伸ばし、前脚の回転を早め、尾鰭を強く上下させた。あまりの速さに、ネネカはケルピーから落ちそうになったため、必死でしがみ付いた。


「もっとっ…!もっと早くっ…!でないとッ……レオさんがッ……!」


 ネネカは眉間にしわを寄せながら瞼を閉じ、左手のペンダントを強く握り締めた。




 そして、しばらくして、ようやくケルピーが止まった。ネネカはゆっくりと目を開き、正面を見た。


『ヒィィィン……』

「レオさんッ!!」


 そこには暗い海底に1人、静かに浮かぶレオの姿があった。彼の頭部を包んでいたはずの空気は無い。遠くには胸に槍のようなものが刺さって動かなくなったケルピーの亡骸が浮かんでいる。ネネカはこの時確信した。ここで戦闘があったのだと。そして、動かないレオのHP表示は0になっており、50秒ほどのカウントダウンが残っていた。ネネカは咄嗟にケルピーから降り、レオに近づく。


「レオさんっ!!死なないでくださいッ!!……“リバイブ”っ……!」


 ネネカは魔法を唱えると、レオの体を優しい光が包み込み、HPの表示を半分戻すと同時にカウントダウンを止めた。しかし、このままではレオはまた窒息死してしまう。


「…………こうするしかっ…」


 ネネカはポーチからオキシケルプを取り出し、口に入れた。そして頭部を包む空気を大きくすると、顔と顔を近づけてレオの頭部を同じ空気の中に入れた。お互いの息が頬を撫でる。鼻が少し擦れた。こんなにレオの顔を近くで見たのは初めてだ。ネネカの胸の鼓動は高鳴っていた。同時に、大切なものをまた失わなくて済んだ事に安心し、涙を流した。


「……レオさんの………ばか……」


 ネネカはレオを強く抱きしめた。レオが目を覚ますまでのこのひと時を誰にも邪魔されたくないと、自身の記憶からしがみ付いてでも離さないと、たくさんの想いが胸の奥から溢れ出す。しかし、いつまでもこうしてはいられない。ネネカはゆっくりと口を開き、魔法を唱えた。


「“ウォールファントム”……」


 周囲の暗い海底が一瞬にして照らされた。2人を包む光の壁が眩しい。すると、レオはゆっくりと目を開いた。


「………ぅ………っ、ネネ……カ…………っ」


 突然目を覚ましたため、ネネカは驚き、咄嗟に抱きしめていた腕を緩めた。頬と耳が赤くなり、唇が走りだす。


「レオさんっ!?こっ…これはそのッ……そういうのではなくてっ……こうするしか方法が無くてっ…!!とッ…とにかく、大変だったのですよっ!!…………………あれだけ無理はしないようにって………っ。」


 ネネカの頬にまた涙が流れた。レオは静かに微笑み、口を開いた。


「……ごめん。でも、……ありがとう。信じてたんだ。僕は、キミを………ネネカを……。そして……アランを……」


 ネネカは目の前の優しい微笑みから目を逸らし、小さく呟いた。


「……………レオさんの…………ばかっ……」


「お〜いっ!お前らぁっ!見つかったのかぁ〜っ!…って、おいっ!!なにイチャついてんだオメェらぁっ!!」




 それから、2人はアランと合流し、ペンダントを持ってユーデューシェルに戻った。レオは自分のケルピーを失ったため、ネネカのケルピーに乗っている。レオは前に乗ろうとしたが、生き返ってすぐのため無理はいけないとネネカが言って彼の意見を聞かなかった。そして、海帝鯨とディプリューンの前まで来ると、ネネカはペンダントを海帝鯨に見せ、ディプリューンに渡した。ディプリューンは口を開く。


「……あぁよくぞ…よくぞやってくれた。感謝するぞ。」

『……ディプリューンよ……それを持って妾の前に来てくれんか……』


 海帝鯨が言うとディプリューンは頷き、ペンダントを海帝鯨の前に出した。


『………間違いない……これだよ……。……まったく、どれだけ感謝の言葉を並べても足りないねぇ………妾はようやく、大切なものに……また……』


 その時だった。


“ かぜに〜ゆれる花〜たち〜、小鳥〜のさえずり〜、みんな〜たの〜しそ〜うに〜、うた〜ってる〜”


『……あの子の……声だ………。それに、この歌は……あの子と妾が……一番好きな……歌……』


 少女の歌声が聞こえた。ネネカ以外の者は皆驚いたが、その途端、海帝鯨は大粒の涙を流した。何年も(いだ)き続けた少女への想いが涙となって込み上げる。


「…………そうかい……そうかい……痛かったろうに………つらかったろうに…………ッ………寂し…かった……ろうに…ッ………」


 レオ達3人は顔を見合って頷き、レオは海帝鯨に近づいて口を開いた。


「海帝鯨様…確かに、人々のごく一部は、人を傷つけるような人かもしれません。でも、それでも、信じて良いと思うんです。僕らがそれを証明できたかは分かりませんが……。少しずつで良いんです。他人の中に鮮麗された心がある事を、少しだけでも信じてあげてください。」


 レオの言葉を聞き、海帝鯨はゆっくり目を閉じた。


『…………馬鹿だねぇ……。こんなに美しい世界で、共に生きてるってのに……。……あぁ……信じるさ……信じるとも…。お前たちは証明してくれたさ……、この世界の鮮麗をね。……ほら、約束だ。……受け取ってくれ。』


 すると、海帝鯨の閉じた目から、虹色に輝く一筋の雫が流れ出てきた。レオはそれを両手で受け取ると、雫は固まり、宝石のようになった。


『……まずは、君たちを信じてみる事にするよ。それを、正しく使うことだねぇ。』

「はいっ。ありがとうございますっ!」


 レオはティアステーラを握り締めた。


“ ラ〜ラ〜、ラララ〜、ラ〜ラ〜ラ〜、ラ〜ラ〜、 ラ〜ラ〜、ラ〜ラ〜、ラ〜ラ〜、こ〜の〜、美しいせか〜いで〜、生〜きて〜いる〜…”

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