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ティア・イリュージョン  作者: おおまめ だいず
幻想の星編
150/206

海を駆けて

 2つ目のティアステーラを手に入れたレオ達は、キドゥーと共に獣人族の楽園を後にし、森を東へ進んだ。キドゥーが先を行き、3人はその背を追う。レオはキドゥーに問いかけた。


「あの、これからどこへ向かうんです?」


 声は生い茂る草の音に邪魔される。キドゥーは猫のような耳をぴくりと動かした後に、少し振り向いて口を開いた。


「ケルピーの所だ。この森を東に出ると、ケルピーの巣がある。3つ目のティアステーラを持つ海帝鯨は海に居るから、乗っていくといい。なに、お前達はペガサスを森の中に置いたんだ。今頃アイツら、魔物に怯えてどこかの町に逃げているだろうと思ってな。」


 ケルピーとは、海に生息する獣系の魔物だ。上半身は馬で下半身は魚のような姿をしており、緑色の肌に多くの海藻を纏っている。ネネカは小さく頭を下げ、口を開いた。


「あ…ありがとうございますっ。」

「確かローアの女王様、海帝鯨はイリーグの南に居るって言ってたな。かなり遠いぞ…?」


 アランは困った顔をして呟いた。キドゥーはそれに対し、口を開く。


「あぁ、確かに1日で向かうのは難しいだろう。…どこかの島で1泊する必要がある。…となると——」

「………オーリン。」


 レオの口から小さくこぼれ落ちた。忘れるはずのない、忘れてはならない、あの島での出来事——




 レオはデルガドとの死闘で自身の秘めたる力を解放した。その代償として彼の記憶から、島で行動を共にした人物が深い闇の底へと姿を消した。


 黄泉の世界でハクヤは言った。


「集団的な失念を引き起こす事を代償に力を手に入れる……これはただの仮説だが。確か人間というものは、危機を感じた時に、秘めたる力を発揮するようだな。恐らく、貴の力はそれだ。」


 ——と。




 しかし、“集団的”という言葉が当時のレオの頭に引っ掛かった。ともあれ、オーリンに向かうのだから記憶から消えたその人物の名は必ず島の人々の口から出るはずだ。もし「忘れた」と言ってしまったら……。レオの体に岩のように重い憂鬱が伸し掛かった。彼の異変に気付いたアランが口を開く。


「レオ?…どうした?」

「………っ、ぁ…ぁあ、いや……何でも……」


 レオは重たい口角を無理矢理上げ、アランに言った。


「………」


 ネネカは心配そうな顔でレオを見つめた。しばらく沈黙が続き、4人は太い木々の間を歩き続けた。すると、次第に木漏れ日は大きくなり、4人の前には蒼い空と海が現れた。森を出たのだ。


「さて……」


 するとキドゥーは海の前で膝をつき、右手で水面を優しく撫で始めた。レオ達3人は彼の行動が気になり、彼の獣のような手を見つめた。その時だった。


『ヒィィン——』


 透き通るような鳴き声が聞こえた。海からだ。目を凝らして見ると、海の底から複数の揺れる何かが上がって来るのが分かった。徐々に近づいてくる。そして——


『ヒィィィィン!!』


 全身に海藻を纏った、5頭のケルピーが水面を勢いよく突き破って現れた。顔で浴びる水飛沫が冷たい。


「……これがっ……」


 レオ達はケルピーを見て、思わず息を呑んだ。キドゥーはケルピーの頬を順番に撫でながら口を開いた。


「ペガサスより少し動きは荒いかもしれんが、お前達ならすぐに乗りこなせるだろう。さぁ、行ってこい。」

「っ?キドゥーさんは行かないのですか?」


 ネネカがそう問いかけると、キドゥーは苦笑いを見せた。


「濡れるのはあまり好きではないのでな。すまないが、俺はここまでだ。」

「いえ、……ありがとうございました。」


 レオは軽く頭を下げて口を開いた。キドゥーが彼に頷くと、3人はそれぞれ5頭のケルピーから1頭を選んで、背に乗った。すると、キドゥーがアランに大きく口を開いた。


「そうだアラン、また今度ここに来いっ。同じ格闘家として稽古をつけてやるっ。」


 その言葉でアランは笑顔を見せ、言葉を返した。


「あざっすっ!んじゃ、また今度っ!」

『ヒィィィィィィィィン!!』


 彼がそう言うと、3頭のケルピーは前脚を上げて鳴き、勢いよく水面を駆け始めた。


「うぉわぁっ!!」


 3人はその勢いに驚きながら、ケルピーの肌から出た海藻を力一杯握り締めた。強い風と水飛沫の音がする。


「アランっ、ネネカっ、しっかり捕まってっ!」

「はっ…はいっ!」

「少し動きは荒いってっ、かなり荒いじゃねぇかぁっ!!」


 レオは背後の2人を見るのと同時に先程まで立っていたブランカの森を見た。森はすっかり小さくなっていた。






 陽が傾き出した頃、レオ達はオーリンの砂浜に到着した。少し遠くに、柵で囲まれた小さな村が見える。あそこにリィルがいる。忘れるはずのない思い出がある。しかし、肝心な人物を思い出せない。アランとネネカはケルピーから降り、砂浜に足をつけたが、レオはケルピーに乗ったまま村を見つめていた。放心状態という言葉が当てはまる表情だ。


「おいレオ。降りねぇのか?」

「………レオさん?」


 2人の声を聞いて、レオはようやく顔を動かした。その表情からは活気が感じられない。


「…あぁ、ごめん。」


 レオは小さな声でそう言うと、ゆっくりとケルピーから降りた。いつもよりレオが小さく見える。アランはそんな彼に口を開いた。


「…まぁ心配するな。忘れちまったのは仕方ねぇんだ。できるだけフォローはするが、忘れた理由を話せばみんな納得するだろ。」

「………うん。ありがとう。」


 レオは彼に小さく微笑む。そして3人は村の方へと歩いた。静かな波の音、頬を撫でる潮風、砂浜を踏む感触、普段は何も無かったかのように通り過ぎて行く感覚全てを、レオは咀嚼するように感じ取った。一歩、また一歩と進むと、村が近づいてくる。 


『メェェ』


 左から羊の鳴き声がした。3人は立ち止まり、鳴き声の方に振り向くと、そこには背中に魚の赤い肉を乗せた1匹の羊がいた。アランはレオに問いかけた。


「おい、何だっ…こいつ…?」

「……あぁ、スシープだよ。魔物だけど、悪い事はしてこないんだ。背中に魚の肉を乗せていることから、そういう名前になったんだって。」

「……へぇ〜………でも何で乗せてんだよ。」

「…特に意味はない…らしい。」


 レオは、今話した言葉を頭の中で何度も繰り返した。記憶から消えた人物が、同じように自分に話していたような気がしたからだ。だが、その人物の声も顔も思い出せない。その人が存在していた事でさえ幻のように思えてきた。アランとネネカはしばらくスシープを見つめていた。ネネカの目は輝いている。


 その時——


「レオ……にぃ…?」


 背後から少女の声がした。

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