炎王竜
赤く煙る溶岩洞の奥、レオ達はさらに先に進んだ。竜人族のテントの集合を抜けると、彼らの前に狭い通路が現れた。この先に炎王竜が待つ。緊張のせいか、それとも暑さか、塞がれるような息苦しさが3人の首に纏い付く。それでも彼らは、奥に吸い込まれるように進んだ。
「いよいよご対面…か…」
「……緊張しますね…」
アランとネネカの小さな声が、狭い通路の天井や壁に弾かれて響く。レオは一息吐いて鼓動を落ち着かせた。踏まれ蹴られて転がる石ころの弾む音が、彼らの不安を煽る。
「………」
「………」
「………」
首の脈は走り出し、呼吸が早くなる。額にじっとりとした汗を感じた。クールライチの効果が切れたのだろうか。しかし、肌を刺して眼球を焼くような暑さは無く、額と胸からは奇妙な寒気が感じ取れる。どうやらクールライチの効果は切れていなさそうだ。大丈夫だ。呼吸を意識して先に進むと、この狭い通路の出口が見えた。
「…もうすぐだ。」
出口は赤く曇っている。すごい熱気というのが見て取れる。出口の穴は一歩、また一歩と進むたび、徐々に大きくなっていった。
そして——
『誰だ……』
太く低い、大きな声が洞窟に響いた。広い空間に出たレオ達3人の前に現れたのは、黒く棘のある大きな鱗を纏った、四足歩行の巨大な竜だった。緋色の眼は鋭く、口から剥き出しになった歯や手足の先の鋭い爪が強烈な圧力を放つ。鱗と鱗の間に通る赤い筋のような模様からは、溶岩の熱気のようなものが感じられる。
「と…突然申し訳ありません……。レオ・ディグランス・ストレンジャーです。後ろに居るのが、ガルア・ラウンと、クナシア・ネネカです。……あなたが炎王竜様ですか……?」
レオは竜の鋭い目を見つめ、落ち着いて声に出した。竜は岩と岩が擦れるような音を全身に纏った黒い鱗で鳴らし、ゆっくりと巨大な口を開いた。
『人間か……フン…いかにも。我輩こそが、この世の活力を掌る炎王竜だ。ここまで来るとは大したものだ。加え、ここに来た理由も気になるが……まずは、人間……我輩の玉座の間によくもまぁヌケヌケと……その度胸…いや、活力とやらを詫びのしるしとして受け取らせてもらおうかァァァッ!!』
「っ!?」
炎王竜の大声が洞窟を揺らし、壁や地面にヒビを刻んだ。そこから溶岩が飛沫のように噴き出た。小さな石が天井からバラバラと落ちてくる。
『さぁ来いィっ!!…来ないなら我輩からゆくぞォ!!“プロミネンスブレス”!!』
炎王竜は大きく口を開き、熱で赤く染まった口内から畝る焔を吐き出した。レオは右に、アランとネネカは左に避けると、その火炎は出口を塞ぐように舞い踊り始めた。
「っ!!地下でもアポは必要なのかよっ!!“銀の拳”——」
「待ってアランっ!!」
レオは右腕を銀に染めたアランを止めた。するとアラン目掛けて太い尻尾が振り落とされたため、アランは強く地面を蹴って、攻撃を避けた。尻尾が大きな音を立てて地面を叩きつけると、地震と共に再び溶岩が噴き出た。炎王竜の巨体でレオは見えないが、アランは彼に大きく口を開いた。
「レオっ、なぜ止めたっ!!このままだとやられるぞ!!」
「戦う必要が無いんだよ!!僕達は味方同士のはずだっ!!この戦いでは何も生まれないっ!!」
『活力を行使しないだとォ……貴様ァっ…戦わぬという行為が命取りになるという事を、この地の底で存分に思い知るが良いっ!!“ソーラーコアファング”!!』
炎王竜の大きく鋭い牙が熱を帯び、緋色の刃先となってレオに襲い掛かった。レオは右に飛び込んで回避し、地面に片手をついて口を開いた。
「あなたにも分かるはずですっ!!僕らの敵はっ…刃を向けるべきはダークネスだという事をっ!!」
『違うっ!!我輩の敵はァっ、この地底の外全てだァ゛ァ゛ァ゛っ!!』
炎王竜の叫びが地震となって、洞窟のあちこちに亀裂を刻む。地面や壁が割れる音は鼓膜を突き破りそうだ。
『“デストラクティブ・ヴォルケイノ”っ!!』
炎王竜は大きな右腕を高く挙げ、地面に叩きつけた。すると、その手を中心に地面に焔の色の根が広がり、複数の根の先から獄炎の柱を立たせた。レオ達3人はそれを避けると、レオはネネカに口を開いた。
「防御壁を地面に張ってっ!!」
「はいっ!“ウォールファントム”っ!!」
ネネカは地面に防御壁を張った。しかし、すぐ光の壁に亀裂が走り、再び火炎の柱が噴き出た。
「キャァッ!!」
「っ!!パワーは段違いかっ……」
レオの額に汗が流れた。すると、炎王竜は大きな口を開いて3人に言った。
『さぁ、我輩と戦えェッ!!でなければ、この空間はいずれ火の海になるぞっ!!』
「くっ…!!何度あなたに言われてもっ、僕はあなたとは戦わないっ!!そもそも何が気に入らないのですっ!?この部屋に入って来たのがいけなかったのですかっ!?」
レオは拳を握り締めて問いかけた。炎王竜はそれにギラリと目を光らせて答える。
『我輩の前に竜人族以外の者が現れる事が…気に食わんのだァァッ!!!ヤツはぁぁっ……我輩の存在意義をコケにしたっ!!』
「……ヤツ……。っ——」
その時、幻想の閃光と共に、レオの脳内に1人の男が現れた。しかしはっきりとは分からない。ただ、彼の持っている剣には、微かに見覚えがあった。
「はっ……!!」
「レオっ!!大丈夫かっ?」
レオが意識を取り戻すと、隣にはアランが居た。今のは何だったのだろうか。あの男を見ていた間は、ほんの一瞬でとても長い時間に感じた。目の前の炎王竜の目は、鋭く緋色に輝いていた。
「…今のは……誰………」
『フンッ!!貴様らが戦わぬと言うのならっ、我輩の前から立ち去ってもらおうかァッ!!人間っ!!』
「っ!!僕はっ…!!レオ・ディグランス・ストレンジャーだぁぁっ!!」
レオはそう言って鞘から折れた剣を抜き、地面を踏み締めて構えた。その姿を見たアランは、彼に目を大きく開いた。
「ぉ…おいレオっ!!戦わねぇんじゃなかったのかっ!?」
「今の一瞬で、僕がするべきことが分かったんだ!!」
「は……はぁっ!?」
剣を構えたレオの姿を見て、炎王竜は口を開いた。
『フンッ!!ようやく戦う気に——。ん?折れているではないか。…そんな物で我輩を倒そうとは、片腹痛いわァァァァァッ!!!“プロミネンスブレス”!!』
炎王竜は後ろ足で立ち、大きく口を開けて周囲の熱気を集中させた。その焔が爆発を迎えようとしたその時、レオは剣を握り締めて口を開いた。
「“エクスカリバー”ぁっ!!」
『……っ!?こっ…これはァッ!!』
「もうやめてよっ!!」
『ッ!?』
「……!?」
子供の声が響いた。レオ達3人と炎王竜はその声の方に顔を向けると、先ほどレオ達が通った通路の出口で立つ、竜人族の少年の姿があった。しばらくすると、少年の背後から竜人族の女性が走って来て、止めに入った。母親だろうか。少年は続けて口を開く。
「ライトニングって、そんなに悪い人達なのっ!?人間もっ、魚人族も獣人族もっ!もしかしたら…ダークネスだってっ——!!」
「ジプスっ!!炎王竜様に物申すなんてっ!!」
女性は少年に言うと、炎王竜の前に飛び出て両膝をつき、両手を前に置いて炎王竜に口を開いた。
「……炎王竜様っ、私の息子が申し訳ありませんっ!!どうかっ、息子に代わってこの私に罰をっ!!」
『必要無いっ!!……ジプスよ、続けろ……』
炎王竜は口を閉じ、前足を地面につけて大人しくなった。少年は口を開いた。
「僕は炎王竜様から色んな昔話を聞いたよっ!この世界に命が宿る瞬間の話…この世界の上にはタイヨウとツキがあって、アサ、ヒル、ヨルが順番に来るって話……でも、炎王竜様がアーサーと共に戦った後の話には、ずっと納得できなかったんだっ!!」
『フンッ!!…ヤツは我輩の存在意義をコケにした。戦う事、戦場で血を流す事こそ、我輩の生きる意味の全てだったのだ。それなのにヤツはっ……自らの手で剣を——っ!!』
炎王竜は気付いた。そしてレオの方を向き、彼の手に握られている光の剣を見つめた。
『……エクスカリバー……なぜここに……。ヤツは……アーサーは……自らの手でエクスカリバーをスクロールに封じ込め、不戦を誓うと共に、銀刄家に納めた。それなのに、なぜこの世界とは無縁の貴様がっ……』
レオは光の剣を見つめて口を開いた。
「これは…ハクヤという銀刄家の人に、黄泉から帰る直前にスクロールとして貰いました。この剣について詳しい事は分かりません……」
『何っ……貴様、一度死んだというのかっ。という事は…まさかっ、ティアクリスタルをっ!?』
炎王竜は目を大きく開いた。竜の驚いた顔を前に、レオは真剣な眼差しで静かに頷いた。
『……そうか、ならばこの先、辛い運命を強いられる事もあるだろうな……。では、レオよ……その剣、貴様はどう使う。何のために使うっ。』
炎王竜は問いかけた。レオは瞬きをする事なく、炎王竜をじっと見つめ、口を開いた。
「友達を、この世界の人々を守るために使います。」
『……そうか。』
「あの、炎王竜様っ!」
少年は口を開いた。炎王竜が彼の顔を見ると、そこには、自分に向けられた真っ直ぐで輝く瞳があった。
「僕、外の世界を見てみたいっ!きっと、すごい出会いが僕らを待っているんだっ!」
『ジプス……』
すると、少年の背後から次々と竜人族の人々が流れ出て来て、口を開いた。
「俺からも頼みますっ!俺っ、まだ異種族に絶望したわけじゃないですからっ!」
「私からもお願いします。息子に、この世界の広さ、この世界の素晴らしさを見せてあげたいのです。」
「俺もっ!!」
「私もっ!!」
『………お前達……』
炎王竜は人々の目を見つめ、深く息を呑んだ。するとレオは鞘に剣を納め、微笑んで口を開いた。
「炎王竜様の存在意義は、この世界の活力を掌る事であって、その活力は戦いのみに行使するものではありません。きっと、昔に起こった戦争によって、戦いに魅入られてしまったのでしょう……。しかし、活力とは、戦いに限らず、多くの事に使われるはずですっ。」
『……ッ、貴様、我輩の言う存在意義を否定すると言うのかっ!?』
「はいっ。否定しますっ。あなたは、いや…あなた達は、もっと大きな世界で、今よりもっと大きな夢を持って生きるべきなのですっ!!それが……あなたの…炎王竜様の存在意義です。」
レオは頭にあった全ての言葉を口に出した。炎王竜は彼の言葉にしばらく止まり、そして、ゆっくりと口を開いた。
『……そうか……。フンッ、よく言った。レオよ、そして、アラン、ネネカ。礼を言うぞ。そういえば…お前達がここに来た理由を聞いていなかったが、まさか我輩への説得ではあるまい?』
「はっ…はいっ、炎王竜様…私達は、ティアステーラが欲しくてここに参りましたっ。」
ネネカは、炎王竜の外見に対して勇気を振り絞り、口を開いた。炎王竜は彼女を見つめ、目を深く閉じた。
『そうか、ならば丁度良い。』
すると、炎王竜の閉じた目から、虹色に輝く一筋の雫が流れ出てきた。ネネカはそれを両手で受け取ると、雫は固まり、宝石のようになった。
「礼の品だ。持ってゆくがいい。」
「はいっ!ありがとうございますっ!!」
レオ達3人は、1つ目のティアステーラを手に入れた。




