ティアクリスタル
リュオンの言葉を聞いたアランは、顔を上げて彼の方に振り向いた。
「……そうだ……何でヤツは……」
「なんなら、教えてやっても良いぞ?」
リュオンはそう言い、タバコの煙を吐いた。すると、カウンターの奥に居るエルドが皿を拭く手を止め、リュオンの方を見た。
「リュオンさん、いけません。あれは混乱を招きます。人が軽い気持ちで使えるような物ではありません。」
「じゃあどうするエルド。今この世界は唯一の勇者の称号を持つ駒を失った。戦力としては俺達には及ばなかったが、名誉を持つ剣がこの世界に無くて良いはずがねぇ。あと、迷い込んだ人間どもを誰が世話しろと?」
リュオンは鼻で笑い、口から出る煙の行き先を見つめた。その白い煙は、ゆっくりと天井に向かい、静かに薄くなっていく。
「ちょっと待って下さい。……と言う事は、人を生き返らせる事の出来る物が……この世界にあるのですか…?」
ネネカもリュオンのゾロマスクで隠れた目を見つめた。彼女の目は、獲物を見つけた鷹のように大きく鋭かった。リュオンはニヤけた。
「あぁ、1つだけな。名はティアクリスタル。1度使うと消えちまうがな。各世界に1つだけあるって話だが、デルガドはダークネスの世界の物を使って蘇ったんだろうよ。お前らが生まれ育った世界にもあるんじゃねぇか?」
「……そんな夢のような物、俺達が居た世界には無いっすよ。蘇った人なんて——」
アランがそう言うと、ネネカは小さい声で言葉を溢した。
「………イエス・キリスト………まさか……そんな事が……」
「……マジかよ……作り話と思ってたが、まさか…な……。っ、そんな事より、それは…どこにあるんすか…?」
アランは、短くなったタバコの先をテーブルの端に押さえつけるリュオンに問いかけた。
「北ラスカンの南にある屍山だ。その地の敗北者が理不尽に捨てられるひでぇ山さ。頂上に例の物、あるだろうよ。………っ。」
リュオンはそう言った後に内ポケットから黄金銃を手に取り、入り口に向けた。
「っ、リュオンっ。急に何をっ。」
「静かにしろクレアぁ……。誰だ、盗み聞きってのはもっと丁寧にやるんだな。その面見せやがれ。」
リュオンがそう言い放つと、その場に居た全員の視線を集める扉がゆっくりと開き、雨風と共に、1人の女が顔を見せた。モルカだ。その手には、布で隠された籠があった。アランは椅子から立ち上がった。
「っ、モルカっ!!どうしてここに?」
「こっ…ここに2人が居るって兵長から聞いて、その…お見舞いっていうか……っ………!!それより、生き返らせる事が出来るって本当なのっ!?」
モルカはそう言って、一歩、また一歩と小屋の中に入って来た。
「あぁ……あぁ、そうだ!そうなんだよっ!!レオを——」
「ベルタをっ——」
その時、小屋の中は再び静まり返り、アランとネネカはモルカを、モルカは2人を大きく開いた目で見つめた。
「………え…………」
「…………は…………お前……今………何て………」
モルカとアランの塞がらない口から、声が溢れ落ちた。ネネカは、それを瞳を震わせて黙って見ていた。モルカはアランに口を開いた。
「……何…って………ベルタを……生き返らせようって………ちょっと待って、え?まさかあんた達、勝手に独り占めする気なの!?嘘っ、信じらんないっ!!」
「……おい……急に首突っ込んで来たヤツが何言ってんだ……。そう言うお前の考えこそ……独り占めって言うんだぞ……?」
モルカは床に籠を叩きつけ、リンゴのような赤い果実をアランの足元に転がした。アランは口角にしわをつくり、足にあたった果実を踏み潰した。ネネカの後ろでカウンターに肘を置いて立つシルバは、苦い顔をした。
「うっわぁ〜……マズいなこりゃあ……」
するとアランは、不気味な笑みを浮かべながら、モルカを睨みつけた。その顔は、まるでレオを殺したあの男のようだった。
「てかお前、まだベルタの事思ってたんだな。お前の事だから、てっきり、もう他とイチャついてると思ったぞ。」
「っ…あんた、それどういうつもりで言ってるの…?好きな人を生き返らせてっ、何が悪いのっ!?このまま目の前にあるチャンスを見逃せって言うのっ!?そんなのズルいじゃんっ!!」
「おいその口閉じやがれクソ野郎ぉっ!!」
「やめて下さいアランさんっ!!」
ネネカはアランの太い右腕を両手で引っ張った。アランは眉間にしわを寄せ、歯を食いしばってモルカを睨んでいる。
「っ…考えてみろよ。今まで、俺達をまとめたのは誰だよ?誰のお陰で、この世界に落とされた時の俺達の混乱が無くなったよ?…全部レオだったろうが!!あいつはなぁっ!!今の俺達に必要なんだよぉっ!!レオ生き返らせた方が、俺達の未来は明るいはずだっ!!」
「そんなのっ…!!あんたの意見でしょ!?勝手に決めつけないでよっ!!レオなんかよりベルタを生き返らせた方が私の未来は明るいわっ!!」
モルカは大声で言うと、扉に手を置いて体を外に向けた。
「あんた達の自分勝手には付き合ってらんないっ!!私っ、すぐ仲間集めて行くからっ!!あんた達の悪いトコロが見れて良かったわっ!!じゃあねっ!!」
モルカは雨が降り注ぐ外に飛び出し、扉を強く閉めた。
「っ!!あいつ!!」
「ほっとけ。」
アランはそれを追うように扉の方へ飛び出すと、リュオンは鋭い声をアランに放った。
パーニズの町の門を潜ったモルカは、濡れる髪を揺らして酒場に入った。視界に映る友人らの姿を見て、彼女は安心感で体を温めた。
「皆聞いてっ!!協力して欲しいのっ!!」
リュオンは雨が流れ落ちる窓を見つめ、再びタバコに火をつけて咥えた。そして白い煙を吐き、続けてアランに口を開いた。
「もうすぐ日が沈む。それに、屍山は簡単に登れるような所じゃねぇ。まぁ、あのレベルと装備じゃあ次会う時にゃぁ、それこそ屍だろうよ。」
「………そんなっ……そんなのっ!!ダメっ!!」
ネネカはリュオンの言葉を聞くと、椅子を蹴って飛び出し、扉を開けて外に出た。
「ネネカちゃんっ!!」
マリスの声と同時に、ネネカは空を見上げた。無数の雨が落ちる視線の先には、人を乗せたペガサスが数頭翼を広げて飛んでいた。跨る人物は皆生徒だ。
「行くぞぉっ!!マークを生き返らせるぞぉっ!!」
「急げぇぇっ!!」
「ベリルっ!!今迎えに行くよぉぉっ!!」
「……みんな……そんなっ……」
ネネカは濡れる草原に膝をついた。冷たい雫と温い雫が頬を伝い、顎から滴り落ちる。
「待ってよ皆ぁぁっ!!!話が違うじゃぁんっ!!!」
町の方からモルカの叫び声が、雨を縫うように避けて耳まで届いた。
「っ!!あの野郎っ!!みんなに言いふらしやがったっ!!」
「……おいおいっ、これ、ヤバいんじゃないのかっ!?」
アランはカウンターに拳を叩きつけ、ココは尻尾と耳を揺らし、焦った表情で言った。目に映る濡れたネネカの背が小さく見える。アランはネネカの方へ走り、腕を引っ張って小屋に連れ戻した。
「っ、馬鹿野郎っ。雨の中ずっと居たら体までぶっ壊すぞっ。」
「……アラン…さん……私……どうしたらっ………」
冷たい体のネネカは、肩を震わせて泣いた。雨で濡れた白いローブは透け、肌が薄く見える。アランは彼女に目を向けては離しを繰り返して口を開いた。
「……そ…そんなの………分からねぇよっ………こっから先……レオ無しでどうやれば良いのか…………俺が聞きてぇよっ………」




