殺意の再来
「何っ!?ダークネスがまた攻めて来るのか!?」
赤い夕日に照らされたパーニズの草原に建つギルド小屋に戻ったレオ達は、エレナスにギルガが放った言葉を話した。エレナスは目を大きく開いて驚き、その後、カウンターに拳を置いて下を向いた。
「……まずいな……分かってると思うが、今はシルバもマリスも出せん。恐らくココもな。……っ…こんな時にっ…。」
「それで、今回のダークネスの目的は?」
エルドは皿を拭く手を止め、レオに口を開いた。レオは真剣な眼差しでエルドの紫色の瞳を見つめる。
「それが……彼は、自分でも分からない……と…」
「……そうですか。」
レオの言葉を聞いてエルドが目を閉じると、窓側のテーブル席に座るライラが首を傾げてレオ達を見た。
「でも、何かおかしい……敵の世界を攻めるっていうのに、目的を知らない部下が居るのは……」
「上の命令を無視した単独行動だ。」
そこに居た人の全ての視線は、ライラと向かい合って座るリュオンに奪われた。彼は静かにタバコの煙を吐いている。
「命令違反を起こしてでも攻撃を仕掛けて来るとなりゃ、ソイツには特定の人物、またはその集まりに対して相当な殺意がある。恐らく今回も魔王は来ないが、嫌な予感がするな。」
すると、アランは何かに気付き、息を呑んでリュオンのゾロマスクを見つめた。
「…相当な殺意を持った人…それ、この前会ったグレイスってヤツじゃないか……?確かアイツ、リュオンさんに親を殺されたとか言ってたような……」
「……それに…あの人、リュオンさんのことをオルクスって呼んでましたね……リュオンさん…過去にあの人と何があったのですか…?」
ネネカが小さい声で言うと、リュオンは無表情でタバコの火をテーブルの端に押さえ付けた。
「それを話して何になる。あと、俺の名はリュオンだ。今度その名を言ったらその喉に鉛玉をくれてやる。」
「すっ…すみませんっ!」
「ちょっ、ちょっとリュオンっ!ネネカちゃん怖がってるじゃない!ダメだよそんな事言っちゃぁ!」
リュオンの鋭い声に思わず深く頭を下げたネネカをクレアが抱きしめ、同時にリュオンを叱った。するとエルドは目をゆっくり開き、皿を拭く手を動かしてリュオンに言った。
「しかし、否定はできません。過去がどうであれ、彼女はリュオンさんを恨んでいます。」
「っ……面倒な女だ。逃がしてやったってのに…。なぁに、もしお前らのその予想が合っているなら、キッチリ殺すさ。」
すると、腕を組んでニヤけるリュオンにレオが口を開いた。
「……グレイスを逃した時にリュオンさんが言ってたゲームっていうのは…?」
「だから、それを話して何になる。あの時言ったはずだ。俺以外の誰が死のうと関係ねぇってな。その話が貴様らの死に直結するとしても知ったこっちゃぁねぇんだよ。」
リュオンは眉間にしわを寄せ、組んだ両足を机の上に置いた。
「とにかくだ、明日明後日と誰が死ぬか分からねぇ。そんな世界を生き抜いてみせろ。俺から言えるのはソレだけだ。はい以上。もう俺に質問するな。」
そして彼がシルクハットを深く被ると、レオ達の視線は行き場を無くし、大きな背中を見せるエレナスを見た。彼は鼻から深く息を出し、レオ達を見て口を開いた。
「……まぁ、もうすぐ日が沈む。お前らは襲撃に備えて、飯いっぱい食って早く寝ろ。いいな?」
「は…はい。」
レオ達がそう返事をすると、エレナスは微笑んだ。そして振り返って扉を開くと、エルドは深く頭を下げた。小屋を出て空を見ると、藍色の天の衣に、小さな星々が輝いていた。
「……じゃあな、レオ、アラン、ネネカ。ゆっくり休めよ。特にアラン、大会の疲れしっかり取っとけよ。お疲れ。」
「お…おう。」
カルマの言葉にアランが生返事を送ると、カルマ達5人はレオ達に背を向け、パーニズの町へと歩き始めた。
「………また…多くの血が流れるのですね……」
ネネカは星空に目を輝かせながら、悲しい顔で小さく口を開いた。
「……だな…。どちらかが殺らなければ殺られる……。ほんと、嫌な世界だ。」
「仕方ないよ…戦争なんだし……。…はぁ…っ……。人は、優しくなれるはずなのに…分かり合えるはずなのに……何で争いなんか……。」
3人は同じ空を見つめた。吸い込まれそうな幻想的な藍色の中で、小さな輝きを放つ無数の星々。3人にとってその星は、笑っているようには見えなかった。
「襲撃に備えよぉっ!!前衛部隊、騎馬隊が最優先だぁっ!!」
翌日の早朝、曇りがかったパーニズの草原に、エレナスの声と兵士達の足音や鎧の音が響き渡った。兵が跨る複数のペガサスが横に並び、蹄で冷たい土を掘りながら、大きな鼻から白い息を出して、その時を待っていた。
「兵長っ!薄くですが、前方にオークの大群が見えますっ!!攻撃を開始しますかっ?」
「ダメだ、まだ視界がはっきりしていない。オークはライトニングより目が悪いから、好条件になるまで時を待て。」
すると、1人の兵士と話すエレナスの背後にレオとアランとネネカが近寄り、レオは大きな鎧を着た彼に口を開いた。
「エレナス兵長、住民の避難が終わりました。町の防御壁は、もうすぐ出来上がる予定です。」
「そうか、ご苦労だったな。なら、それぞれの持ち場についてくれ。この霧があと少し晴れた時に攻撃を仕掛ける。」
「「はいっ。」」
レオ達は胸から大きな返事を放ち、兵士達の中に紛れた。エレナスはそんな彼らの背中を見つめながら、成長した姿をしみじみと味わっていた。すると、彼の元に1人の兵士が近寄り、ヘルメットを取った。
「よぉ兵長さん。また、忙しくなりそうだな…」
「あぁ。…この戦いが上手くいったら、一緒に酒でもどうだ?」
「ふぅ……喜んで。」
エレナスはヒゲの濃い兵士に言葉を残し、広角を少しだけ上げた。彼の顔を見た兵士も微笑み、ヘルメットを深く被って持ち場へと戻った。
その頃ギルド小屋の2階では、仰向けでベッドに倒れたシルバを、近くの椅子に座るマリスが悲しい顔で見つめていた。彼女の膝の上には丸くなって眠るココが居る。ココの頬の毛は、乾いた涙で固まっていた。
「……ごめんね……ココ…。私…シルバに……何もしてあげられないかもしれない……。」
マリスはそう言って、ココの温かい背を撫でた。その手は、今までに味わったことにない恐怖に震えていた。
「このまま……シルバは死んじゃうのかな……。私…見守る事しか……できないのかな………。」
マリスは悔しさを噛み締め、目から大粒の涙を絞り出した。生温いその雫がココの額に落ちると、ココはゆっくり目を開き、下からマリスの顔を覗き込んだ。
「………マリス………泣いてるのか……?」
「…ぅっ……ぅぅっ……泣いてなんか………泣いてなんかぁっ………!!」
マリスは思いっきりココを抱きしめ、大声を上げて泣いた。ココは苦しさを感じながら、マリスの腕を涙で濡らした。
「………何もできないのはオイラの方だ、マリス……。マリスは…よく頑張ったって……。」
ココはそれと似たような言葉を微笑みながら何度も溢し、薄暗い小屋の中に声を響かせるマリスを慰めた。
「攻撃開始ぃっ!!進めぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」
霧が薄くなると、エレナスがそう叫び、その声に闘志を燃やした兵士達が、武器を握ってオークの大群へ走り出した。上を見ると、兵士を乗せた複数のペガサスが大きな翼を広げて、一直線に敵の方へと飛んでいた。
そして、オークの大群の奥に立つ者が、小さく口を開いた。
「……この時を待っていたぞ……ガルア・ラウン……クナシア・ネネカ………レオ・ディグランス・ストレンジャー………」




