歓声と鼓動
予選開始の合図で、静かだった森が物凄い勢いで騒ぎ始めた。一瞬でも目が合った人達が次々と拳を交え、緑の地に打撃音を響かせる。木々に吊るされた複数のゴンドラからは、騒音とも言えるほどの声援がおくられている。
「おぉらぁぁっ!!」
「ぅぐっ…ちぃっ!!だああぁぁっ!!」
「やっちまえぇっダードン!!」
「怯むなぁっ!!押しまくれぇっ!!」
『さぁ始まりましたっ!!第42回ワールド・ヒーロー・ディシィジョン・バトル!!実況は私、ケリィが務めさせていただきます!!今大会の選手数は58人!!この中で最後に勝ち残った者が英雄王の権利を手に入れる事ができます!!』
そんな中、アランは草むらに身を潜め、周囲の様子を観察していた。
「ねぇ、何でアランは戦わないの?」
眉間にしわを寄せるモルカに、レオは彼女の顔を見ずにアランをじっと見て。口を開いた。
「この戦いはとにかく敵数が多い。体力の温存は不可欠だよ。」
「ふ〜ん……。」
すると、アランの背後から足音と気配が迫ってきた。真上に居るコルトがそれを指さして大声を出した。
「アランっ!!後ろっ!!」
「っ!!」
アランは咄嗟に振り返った。そこにはこちらへ飛び掛かる細身の男が居た。
「なぁに隠れてやがるっ!!“メガ・クラッシャー”っ!!」
男は足をアランに向けて伸ばした。アランは静かに息を吐き、腰を低くして地面を踏み締め、右の拳を強く握った。
「“ライジングアッパー”ぁっ!!」
「なぁっ!?ぅぐぅっ!!」
アランは男の足を避けながら、硬い拳を男の顎にねじ込んで突き上げた。男は地面に体を叩き付け、よろけながら立ち上がった。
「あっ、攻撃が当たりましたよっ。」
「良いぞアランっ!!ボコボコにしてやれっ!!」
ゴンドラからネネカとカルマの声が聞こえる。アランは男の鋭い目を見ながら、静かに拳を構えた。
「…っ、やるじゃねぇか……だがなぁっ!!“ハイステップ”っ!!」
その途端、男の動きは早くなり、木々を蹴って跳びながらじわじわとアランに接近していった。アランはそれを黒い瞳で追いかける。
「素早いな。一瞬の油断も許されねぇぞ。」
スフィルが腕を組んで小さい声で言うと、オーグルが真下で止まるアランに口を開いた。
「…!!来るぞっ!!」
「ふっ!!」
アランは左に見えた男に向かって、回転するように蹴りを入れた。しかし、そこに男は居なかった。
「もらったぁっ!!」
「アランっ!!」
男は悪に満ちたような笑みで、アランの背後から目を光らせた。
「うっ!!」
男は飛ばされ、遠くの太い木に体を叩き付けて倒れた。アランは回転蹴りの勢いをそのまま男の頬にぶつけたのだ。
「ナイスっアランっ!!」
「おい、あれを見ろ。」
カルマが両腕を上に伸ばして喜ぶ隣で、オーグルが静かな目をしてアランの視線の先を見ていた。そこには犬のような耳をした黒髪の男が、アランと目を合わせて立っていた。
「あれは、獣人族…」
コルトがゴンドラに手を掛けた。アランは両手を握り締め、地面を強く蹴って飛び出した。
「はぁぁぁっ!!」
「っ…」
アランが拳を男に突き出すと、男は背中を地面に付け、両足を真上に上げてアランを飛ばした。
「うぐっ!!」
突き上げられたアランは空中で体勢を立て直し、真下にいる男に足を伸ばした。
「“ギガ・クラッシャー”っ!!」
「“疾風蹴り”。」
男は右脚に竜巻を纏わせ、上にいるアランと足を合わせた。アランは男の脚から放たれた風に押され、膝をついて着地した。
「……コイツ……強い……」
アランが小さい口を開けて呟くと、男は宙返りをして真後ろの木に足を付け、木を蹴ってアランに飛び掛かった。
「“ファルコンスラスト”。」
「っ!?」
男は右足を伸ばし、物凄い速さでアランの胸部を突いた。アランは飛ばされ、遠くの木に体を叩き付けた。
「アラぁぁぁンっ!!」
「レオっ!!ゴンドラを動かせっ!!」
「う、うん!!」
スフィルが言うと、レオは上のハンドルを握って回し、ゴンドラをアランがよく見える所に動かした。
「……ぅ……ぅっ……っ!!」
アランはゆっくり立ち上がり、奥に見える男を見つめた。男もその場から動く事なく、こちらをじっと見つめている。
「……っ、すげぇ脚技だ……しかもレオと同じ技を脚で使いやがった……」
すると、男はアランから目を逸らし、左の木々の方に走り出して姿を消した。
「なっ…どこへっ。」
「こっち見やがれぇっ!!」
「っ!!」
アランが右を見ると、屈強な男が拳を握り締めて走って来ていた。アランは舌打ちをし、男の突進を右に転がり避けた。すると男は地面を蹴り、アランに飛び掛かった。
「“銀の拳”ぃっ!!」
「“銀の拳”っ!!」
2人は腕を銀色に染め、大きな音を立てて拳を交えた。
「ふんっ!!」
「たぁっ!!」
アランと男は右腕と左腕を交互に突き出し、重い打撃音を辺りに響かせた。互いに歯を食いしばる顔を見合わせ、拳の飛んでくる場所に集中していた。アランは少しずつ一打一打を重くしていくと、男の胴体に隙が現れ、右足を後ろに下げて地面を踏み締めた。
「いけぇアランっ!!」
「っ!!“プロミネンスストレート”っ!!」
「しまっ…!!」
レオの声と同時に、アランは右の拳に炎の渦を纏わせ、男の胸部に勢いよく突き出して捻じ込んだ。男は飛ばされ、地面を滑るようにして倒れた。
「よしっ!決まったっ!!」
「すごいですアランさん。2人も倒しましたっ。」
ネネカは少し息を切らして立つアランを見て、安心した表情を見せた。アランの右の拳からは灰色の煙が昇る。
「……SPはまだ余裕か……にしても、さっきの獣人……どこ行きやがった……」
アランは呟き、辺りを見渡しながら走り始めた。
「レオ、アランを追って。」
「うん。」
モルカの声を聞いたレオはハンドルを握り、アランを真下に追うようにしてゴンドラを動かした。
『いよいよ選手の数も残り僅かとなりました!!この予選を突破できるのはたったの4人!!さぁ、勝ち残るのは誰なんでしょうか!!』
「……っ、居たっ。」
アランの視線の先に、先程戦った獣人の男が居た。アランは彼を睨んで走ると、左右から複数の気配が飛び掛かった。
「はぁぁぁっ!!」
「てぇぁぁっ!!」
「っ、チィッ!!」
アランは地面を強く蹴り、空中で回転蹴りを放った。アランの足は飛び掛かって来た人々の顔面に直撃し、各方向に飛ばした。着地をしたアランは再び獣人の方に走り出す。
「……っ、“銀の拳”っ!!」
アランは獣の耳をした彼に飛び掛かり、右腕を銀色に染めて拳を握った。男は下からアランの鋭い瞳を見つめ、右に避けた。アランは重い拳を地面に打ち付け、周辺に亀裂を走らせた。
「まずいっ!!」
「“ムーン・サルト”。」
男は宙返りをしながらアランの腹を蹴り飛ばした。アランは地に体を叩き付け、すぐに手をついて立ち上がった。
「っ…やっぱり強い……隙がねぇから攻撃が当たらねぇ……」
アランは拳を構え、静かにこちらを見る男を睨みつけた。男は黙っている。聞こえるのは周辺の打撃音と、首までも打つ心臓の鼓動だけだ。
「……だが引くわけにはいかねぇっ!!」
アランは地面を蹴って飛び出した。男は右足をアランに突き出すと、アランはその足に両手を伸ばして掴んだ。
「っ…」
「へっ、おぉらああぁぁぁぁぁっ!!」
アランは一度着地すると、再び強く地面を蹴り、空中で縦回転をして、男を大槌のようにして地面に叩き付けた。大きな音とともに、辺りに砂埃の煙幕が漂う。
「………やったか……?」
レオ達はゴンドラから、先の見えない煙幕を息を呑んで見つめた。少しずつ砂埃が晴れると、そこには仰向けに倒れるアランと、アランの喉の前に踵を止めている男が居た。
「………え……」
『予選っ終了ですっ!!』
周辺にその声が響き渡ると、打撃音は止み、大きな歓声が上がった。そんな中でレオ達とアランは、獣人の男の冷たい顔を見つめて黙っていた。




