願いと決意
夕日が地平線に沈む頃、パーニズに帰ったレオ達は、真っ直ぐギルド小屋に入った。中で待っていたギルドメンバーやアランは、静かに微笑んで4人を迎えた。しかし、そこにシルバとココの姿は無い。エレナスは、眠っているマリスを背負うレオに口を開いた。
「おっ、帰ったか。どうだった?」
「えっと……話せば長いです……。シルバさんは?」
レオが言うと、椅子に座ったリュオンが、タバコを指で挟んで首を階段の方に振った。同時にマリスは目を覚ました。
「……ん……ぅん…………ここは……?」
「マリスちゃん!」
マリスは目を擦り、レオの背を滑るように降りた。マリスの頬には、薄く涙の跡が残っている。
「皆さん、あまり大きな怪我は無さそうですね。無事で何よりです。マリスの精神状態も少し安定したようですね。レオさん、ネネカさん、クレアさん、感謝します。」
エルドはカウンター越しに深く頭を下げた。すると、カウンター席に座っていたアランがレオとネネカに口を開いた。その表情には、後悔の色がまだ残っているように思えた。
「お疲れ。シルバさんは、エレナス兵長が2階のベッドに運んでくれた……あと、今ココがシルバさんを見てくれている……」
「……そっか………。」
レオもアランと同じような顔色を見せた。そしてライラはマリスの前に立ち、一息呑んで口を開いた。
「マリス、とりあえずアランさんに再生術をやってくれ。……できる?」
「………うん。」
マリスは静かに頷き、アランの脇腹にそっと両手を置いた。
「よ…よろしく…お願いします。」
「…………うん。」
マリスの手の平はじわじわと温かくなり、アランの脇腹の痛みを和らげていった。周りはそれを黙って見ていた。すると、エレナスの視線にレオのポーチから顔を出す巻物が映った。
「……レオ、そのポーチから出てる物は何だ?」
「…あ、これですか?」
レオはポーチから3本の巻物を取り出し、エレナスの前のカウンターに置いた。エレナスはそれを手に取ると、エルドもそれを見つめた。
「… フレア……フレイムブレード………ファルコンスラスト……。これはスクロールだな。」
「……スクロール?」
レオは首を傾げた。
「あぁ。特技や魔法の力を封じ込めた巻物をそう言う。しかしこんな物、この時代になってはあまり手に入らないぞ。よく見つけたな。」
すると、エルドがファルコンスラストと書かれている巻物をそっと手に取り、紐を解いて広げた。
「……何も書かれていないですね。」
「あ、それ、僕が使いました………。マズかったですか……?」
レオが小さい声で言うと、エレナスとエルドは止まった。そしてすぐにエレナスは大きな口を開けて笑った。
「ハッハッハッハッハッハッ!!そうか!使ったか!!まったく、冒険心のある奴だぁ!!」
エレナスの笑い声は小屋の中に響いた。その声を聞いて、ギルドメンバーも少しずつ笑みを取り戻していった。しかし、アランは違った。膝の上に拳を置き、軽く歯を噛み締めている。
「……そのスクロールってのを使えば、俺も強くなれるんすかね……?……レオがそのファルコンスラストってやつを使った時、何て言うか……かっけぇな……って思ったんす……。」
「…ほぉ?」
アランの言葉に、エレナスは顎のひげを撫でた。アランは続けて口を開く。
「…俺、強くなりたいっす。みんな、シルバさんがあんな事になったのは俺のせいじゃないって言ってくれてますが、俺は何を言われてもそれが納得いかねぇんす。それに、ドーマの事だって…俺がもっと強ければって……」
すると、エレナスはグラスの酒を一気に飲み干し、カウンターに強く置いた。そしてその場で立ち上がり、大きく口を開けた。
「よしっ!じゃあ俺がレオとアランをまとめて鍛えてやるっ!!このスクロールの技を上手く使いこなせるようになるまでなぁっ!!特訓は明日からだ!!」
「あっ、明日!?」
レオはその声量と内容に驚きを隠せなかった。しかしアランは、真剣な眼差しでエレナスを見つめ、頷いた。
「まったく、暑苦しいんだから、うちのマスターは。」
ライラが呆れた顔で薄く笑みを浮かべながら、首を横に振った。すると、エルドがアランの前のカウンターに1枚の紙を出し、口を開いた。
「アランさん、もし良ければなのですが……」
「…これは……?」
「ワールド・ヒーロー・ディシィジョン・バトル。WHDBと呼ばれるブランカの武闘大会です。世界中の武闘家系の人々が集い、優勝を目指して戦うものでして、優勝者にはなんと、特別許可職の英雄王になる権利が与えられます。特訓の成果を、これを通して自分の目で見てみるのはどうでしょう?」
アランはカウンターの上に置かれた紙をじっと見つめ、強く熱い決意を胸に刻んだ。そしてエレナスの方を見て、深く頭を下げた。
「よろしくお願いしますっ!!俺を強くして下さいっ!!」
「おうよっ!!この大会で、お前を必ず優勝させてやるっ!!」
「ね、ねぇ、こんなテンションの中悪いけど、特訓は明日からだからね?」
クレアの発言で、小屋の中はより一層騒がしくなった。窓から見える空はもう暗く、輝く小さな星々が彼らを優しく見つめていた。
夜も更けて、人々が寝静まった頃、ギルド小屋のカウンター席にはレオとエレナスが座り、奥ではエルドが皿を拭いていた。
「…エルドさん、マリスさんについて行った時、カイルっていう人に会ったのですが、あれって、マリスさんの母親なんですか……?」
「えぇ。間違いありません。」
エルドはレオの質問に静かに答えた。レオは続けて問いかける。
「じゃ…じゃあ…何であの時、カイルは……貴方は私の子じゃない…って言ったのでしょうか……」
「…そんな事を言ったのですか………。理由は分かりませんね……それに、私が今疑問に思うのは、なぜ皆さんを逃したかという事です。」
「……それについては、今死んでもらっては困るとか何とか…………」
すると、レオはふとある事を思い出した。
「…あ、あの、マリスさんとカイルの背中から、同じような巨大な腕が出たのですが、あれは………?」
レオが言うと、エレナスとエルドは少し顔を影に沈めた。
「カイルのは、特別許可職の超能力者が使える特殊なスキルでな、出したい時に出す事ができ、自在に操る事ができるんだ。だがマリスはちょっと違う。」
「……そういえば、マリスさんが巨大な腕を出した時、まるで別人のように怒り狂っている感じでした………あれは何なんです?」
すると、エルドは手を止めて、目を閉じた。
「悲しい話になります。よろしいですか……?」
レオは息を呑んだ。エルドの表情を見ると、これからかなり重たい話が耳に押し込まれていく事を感じたのだ。
「マリスがまだ幼い頃の話です。マリスは体の弱い子でした。周りよりも笑顔が少なく、とても静かな子でした。そんなある日、カイルはマリスを実験台に引き摺り込んで道具を手に取りました。そしてその小さな背にメスを入れ、小さなチップを埋め込んだのです。マリスはとても痛そうに泣いていました。それからマリスは、カイルの言う事を何でも聞くロボットのように変わってしまったのです。」
「………なぜそんな事を……」
「私にも分かりません。ただ、これだけは知っておいて下さい。マリスは怒ったり泣いたりすることで、背中から巨大な腕が出るようになり、自身でも制御ができない状態になります。」
エルドはゆっくり目を開くと、エレナスはグラスを口に傾けた。そして、グラスを静かに置き、小さく口を開いた。
「こんな事までして、自分の子じゃねぇって言うんだ。ロクな奴じゃねぇよ、あっちの連中は。………遅くまでありがとな。もう寝て良いぞ。明日からの特訓、しっかり受けてもらうからな。」
「はい。」




