聖女様(笑)は死亡フラグ建築士
「……ったし、私が我慢すれば良いと、そう思っていたのです……でも、でもっもう限界です!」
この人、死にたいんだろうか?
それが“聖女様”の発言を聞いた、俺の思った事である。
さて、話を進める為には簡単な説明が必要だろう。
話し手の俺は、王太子殿下に仕える侍従の一人。
そして俺が暮らす国『リーゼンハイム』は、百年に一度、異世界から《聖女》を召喚する。
何故かと言えば、百年に一度、大規模な国の浄化をしなければいけないからだ。
これが出来るのは異世界人だけ。
だから《聖女様》は城で丁重に扱われるのだ。
……が。今回の《聖女様》。
これがとんでもないおバカ娘だった。
顔の良い男を見つけるたびに、あっちへフラフラ~こっちへフラフラ~。花の蜜を求める蝶のように落ち着きがない。
それだけなら良かったのだが、打算的な部分まであったのだ。
もうその時点で陛下の眉間に盛大な皺。
そして俺の主のギルベルド王太子殿下の笑顔は冷笑に。
貴族とは顔の良さも武器の一つ。
城で働く年若い男となれば、仕事だって出来る者が多い。
聖女様を無下に扱う訳にもいかず、そこで陛下が出した案は社交界でも有名な高位貴族令嬢で聖女様の周りを囲んでしまえというものだった。
そこで三人の御令嬢が指命され、御令嬢方はそりゃあもう良い笑顔で引き受けたそうだ。
浄化の旅に出るまで、聖女様が男狩…んんっ!男漁…っンン!……とにかく、動き回ろうとするたびに笑顔で引き止める手腕は凄いの一言。
聖女様が城を出発した時は、城に勤める者はその辣腕に内心拍手喝采を贈ったほどだ。
で、もう一つ言っておかなきゃいけないならない事がある。
この国の第三王子ディルオル様の事である。
この王子、大きな声では言えないが、ちょっと頭が足らん王子なのだ。
なんと言えばよいのか、一度こうと決めると視野が物凄く狭くなるのだ。
例えば、友人が悪徳商法に引っ掛かり、それに気付かず紹介してきたとする。
友人の説明を聞くと、おかしな点が多々あるとしよう。
普通なら調べる。が、王子ならそのまま騙される。
友人が大丈夫と言ってるなら大丈夫と、根拠なく信用してしまう訳だ。王族としてとんでもない欠点である。
そしてこの王子、聖女様に現在惚れ込んでしまっているのだ。
これが判明した時、俺の主は手に持っていた杯を握り潰しそうになっていた。
そして主の補佐をなさっている公爵子息のグウェン様は目が据わっていた。この場に居合わせた不幸な俺は内心涙目である。
第二王子のフレイギル様など、頭が痛いとばかりに額を押さえて婚約者様に慰められていたのだ。
そして、冒頭の事態である。
涙目の聖女様を慰めるディルオル様。
……どう見てもそれ嘘泣きですよ?
何で騙されるんです?そんなんじゃ、その内知らん間に子持ちになっちゃいますよ?
お兄様方の表情見てくださいよ……すっごい呆れた目してるじゃないですか……俺ら侍従やメイドも無表情ですけど呆れた空気してますよ?
「……我慢とは?何か、不手際があったかな?」
「聞いて下さい兄上!キヨミを、不届き者が苛めていたのです!彼女を中庭の噴水に落としたり、着ているドレスを破いたり!未遂では終わりましたが、階段から突き落とされかけたとまであっては、いくらキヨミが大丈夫だと言っても、僕は静観しては居られません!」
ああ、一人でキョロキョロしてると思ったら、自分から噴水に落ちたアレ?
第二王子付きの侍従が一部始終見てて、そっくりそのままギルベルド様に報告上がってましたよ?
ドレスはね、女官の一人が聖女様本人が「フンッ!!」て声とともに破いてるとこ目撃しちゃって、笑い堪えながら報告上げてました。そのせいで一部女官は聖女様の姿を見ると笑い堪えるのが大変で避けられてますね。
階段はもうでっち上げですね!
何か、まだ色々言ってるけれど、言えば言う程、自分の首を絞める結果になるだけなんですがねぇ……?
というか聖女様の肩を抱いて慰めてるディルオル様、絶対詳細調べてないですね。
ー聖女様が、“何方様”を陥れようとしているか。
涙目のまま、聖女様がキッと顔を上げて、目の前の女性を睨み付けて言った。
「こんな、こんな卑劣な事をする人だなんて思いませんでした……っ!どうしてっ?三人共、前は仲良くしてくださったじゃないですか!!」
芝居のような身振りで訴える聖女様と、それを冷めた視線で見つめ返す御令嬢方。
そう、陛下が聖女様の監視につけた御令嬢方である。
……聖女様、貴女の肩を抱くディルオル様のお顔を御覧下さい。
今にも死にそうな表情で固まっておりますよ。
ここで改めて、監視役であった御令嬢の紹介をしようと思う。
先ずは御一人目。
公爵家御令嬢リーディア様。
此方、王太子殿下のご婚約者だ。
華やかな容姿と華奢な御身体が印象的な、ちょっときつめの美人。
だがこの御令嬢、身体補助魔術の使い手であり剣をたしなみ、最高難易度のダンジョン最深部まで無傷で行ける御令嬢である。
……この方が本気を出せば、聖女様が今こうして五体満足で生きてる訳がない。
身も心もボロボロ間違いなしだ。
ちなみにディルオル様は幼少の頃、リーディア様と剣の稽古をするとボロ雑巾になっていた。
お二人目。
此方も公爵家御令嬢アリアリーゼ様。
第二王子フレイギル様のご婚約者だ。
柔らかい微笑みが魅力的な方だが、この方は本当に怒らせたらいけない。
怒らせたら最後、冗談抜きで城が半焼する。
この方、魔術師として有名な家系の御令嬢で、国でも片手に入るくらいに攻撃魔術に長けている。
……聖女様、跡形もなく燃やされてるんじゃないかな?
さて、三人目。
此方は伯爵家御令嬢サーリャ様。
グウェン様のご婚約者だ。
銀髪の儚い容姿で庇護欲を擽られるのだが、実は一番危ない。
この方の御実家は王家お抱えの薬師の家系。
様々な毒薬に精通しているのだ。
一撃必殺?ハハッ!まさかぁ……そんな簡単に死ねるとでも?
さて、ここまで説明すれば皆様もお分かりだろうか?
聖女様、完璧に詰んでいる。
俺は最初から居合わせていたので流れを見ていたのだが、聖女様が自ら地獄の扉に駆け足で突撃していくのに同情を禁じ得なかった。
「いつも!いつも辛くて……っ!でも!でもディルが黙っていては駄目だって……!」
おっと、……遠い目で過去を振り返っていた間に、聖女様の嘘の経験談は終わったようだ。
扇で口許を隠し麗しい笑みを浮かべたリーディア様に、ディルオル様は硬直している。
……そうですね。この表情、稽古で貴方様にトドメを刺す時の表情そっくりですもんね。
「……キッ、キヨミ!ちょっと待て、待ってくれ!ほんっとうに、彼女達なのか!?」
「……ディル?どうしたの……?私の話、信じてくれたじゃないっ」
「いや、いやそうだが……っ人違いでは?」
漸く動きが再開したディルオル様は恐慌状態。
話を穏便に済ませたい……というか、この御方達が相手なら、聖女様が無事である訳が無いと分かってるだろうから、どうにか発言を撤回させたいようだ。
そして、動いたのは御令嬢達だった。
「……ふふっ、何を仰るのかと思えば……」
「っ!何で笑えるんですかっ?……ギルベルド様!リーディア様はいつもこうしてっ、」
くしゃりとわざとらしく顔を歪める聖女様。
……聖女様、うちの王太子殿下のお顔をしっかり見ろ。
顔は笑ってるけど、目は全く笑ってないぞ。
「そもそも、わたくしが貴女を噴水に突き落とす訳が有りません」
「そんな!」
「わたくしならば、迷わずガレアの谷に突き落としますわ」
「えっ」
あっ。そこ難易度Aのダンジョンですね。
「彼処は険しい崖道と、森に棲む魔獣の巣窟。普通の騎士でも楽に帰れるダンジョンではありませんもの。ねじ曲がった性根を叩き直すには最適でしょう?己の責務を思い出すには一番かと存じますわ」
「ひっ!」
うっとりするような笑みですけど、発言は恐ろしいですね。
……ディルオル様、もう失神しかけてません?
「……私は聖女様の着ていらっしゃったドレスを破った、だったかしら…?おかしいわねぇ……」
「何がおかしいんですか!」
「おかしいですもの。私がドレスを破ったなら……聖女様のお肌も破れているはずですのよ?」
「えっ」
「私、魔術師ですの。しかも攻撃魔術専門の。私は力に自信なんて御座いませんから、着ているドレスと御一緒に聖女様のお肌も破いてますわよ?……ね?おかしいでしょう?聖女様のお肌に傷が無いのですもの……ああ!何なら今、検証としてやって差し上げましょうか?」
「結構ですぅぅううう!!!」
……ああ、聖女様真っ青。今更事態に気付いたの?
侍従や女官の視線が生ぬるくなってますけど?
「……私は、貴女様の汚水をかけてストールを汚した、と?」
「今度はなによぉおおおっ」
あーあー……聖女様、本気で半べそだよ……。
「水に見せ掛けた無色透明の遅効性の毒水を掛けます。それが掛かると数時間後に患部が爛れ、崩れ落ち、」
「……っもうやめてええええええええええっ」
……聖女様。
貴女、なんだってこんな御令嬢様達を陥れようとしたんです?
そんでもってディルオル様、後ろにいらっしゃる御兄弟とグウェン様に気付きましょう?
うっすらと笑みを浮かべておられるのに、雰囲気はどす黒いですから。