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第二章 ① ―動き出す運命―

 外での騒ぎから、数時間後。

 既に陽が落ちた中、何でも屋カモミールの居間。いつものよりも多い数の椅子に腰掛けて、テーブルを囲むのは、勇吹、リデラ、コゼットのいつものメンバー。それに加えてて、杜若虹星、魔導書シュナイトの二人。そして、座りはしてないものの、部屋の隅のベッドで寝息を立てるのは、日中の一件から目を覚まさない魔導書ゼナイダ。

 カモミールのメンバーと、虹星とシュナイダが向き合う状態の中、コゼットは全員の前に紅茶の入ったカップを置くと、自分も席に座った。

 ニコニコ笑い続けるシュナイダ、隣の虹星は優雅な動作で紅茶を一口飲めば、口を開いた。


 「お店の店主は、無事だったのかしら」


 お昼の店主、ダニエラのことだ。勇吹が頭に思いつき、声にする前にリデラが先に開口した。


 「……無事だ。傷も浅く、明日からは店にも立つそうだ」


 そう口にするリデラの口調は棘があるもので、それは虹星に対してというよりも人間そのものへの憎しみを感じさせた。


 「そう、なら良かった」


 勇吹は喧嘩になるのではないか、なんて思いはしたが、それをあっさり聞き流して返事をする虹星を見てホッと安堵の息を漏らす。隣のコゼットも同じように、胸元に手を置いて息を吐いていた。

 その直後、コゼットが様子を窺うようにおずおずと話しかける。


 「あ、あの、とりあえずお互いの自己紹介をしませんか?」


 虹星はコゼットを見れば、優しく目を細めた。


 「ええ、いいわよ。先にこちらから、紹介するわね。……私の名前は、杜若虹星。一応、魔導師をやっているわ。そして、隣が私の魔導書シュナイト」


 (魔導師?)

 

 虹星の魔導師という言葉に、リデラとコゼットは僅かに動揺の色を見せていた。イマイチその理由は分からないが、とりあえずは横に座る少年へと勇吹は視線を向けた。

 自分に手をやり、隣のツンツン頭の少年へと手を向ける。シュナイトは自分の出番が来たので、大きく息を吸いこんだ。


 「よろしく!!! 俺がシュナイトだ!!!」


 シュナイトの突然の大声に、リデラはジト目で耳を塞ぎ、コゼットは手にしたコップを落としそうになり、勇吹はその声をまともに受けて頭をフラフラとさせる。しかし、一番ここで被害を受けたのは、その主である虹星だろう。


 「……アンタ、私が「よし」というまで、喋るの禁止ね」


 「え!!!」


 これまた大声を上げるシュナイトは反抗しようと開けた口を閉ざす。

 虹星が怒りを滲み出す笑顔を向けていた。この顔の状態で、迂闊に喋るものなら、後で恐ろしいことが待っているのは二ヶ月の付き合いで理解していた。

 ハリネズミのような頭を垂れさせて、シュナイトはその体を小さくする。

 虹星は、話題を変えるために咳払いをする。


 「失礼なところ見せたわね。シュナイトも、魔導書の端くれだから、強い力を持っているのだけど……少し性格に難があるのよ」


 疲れたように告げる虹星に、勇吹は気が付けば声をかけていた。


 「一応聞くけど、難てなんだ? 本人を前にして、聞くのもアレだが」


 虹星は横にいるシュナイトを見れば、恥ずかしそうに机の上にのの字を書く。


 「なんで、アンタが照れるのよ……。そうね、気を遣って言うならば、いつもやる気がありすぎて力のバランスがおかしくなっているのよ。常に肩が入りっぱなしていうか。後、気を遣わないで言うなら――声がでかくて、うるさい」


 シュナイトはショックを受けたようで、背中を丸めて露骨に落ち込み始める。ぼそぼそ、と何かを喋っているようだが一切聞こえない。まだ、ハエや蚊が飛ぶ音のほうがよく聞こえる。


 「声小さっ!? 確かに、力のバランスおかしいな……」


 リデラは完全にシュナイトのことを無視だが、あの優しいコゼットでさえも大きな声を恐れて触れないようにしている様子。


 (これからのシュナイトの立ち位置が決まった瞬間だな。そんな、不器用な君を応援するよ)


 外見の年齢だけで見れば、勇吹と変わらないシュナイトに同性同士が持つ妙な仲間意識を持ちながら、心の中で励ましの言葉を送る。

 虹星は頬にかかる髪を払いのけて、コゼットとリデラを交互に見た。


 「さあ、こっちの自己紹介は終わったわ。勇吹のことは知っているとして、そちらのお二人は?」


 コゼットは照れつつ、笑いかけて、勇吹にした時のように二人に簡単な自分とリデラの自己紹介をする。ついでに、何故、勇吹がここで働いているのかも一緒に話してくれた。

 穏やかなコゼットの雰囲気にあてられたのか、虹星も優しげな笑顔で二人の紹介を聞く。うんうん、と聞いていた虹星は勇吹へと視線を向けた。


 「――それで、勇吹はここで働いているのね。ねえ、勇吹。あの班のメンバーが何人いるか覚えている?」


 虹星の質問に、勇吹は神妙に首を横に振る。


 「いや、正直なところ、よく覚えてないんだ。本当は分かってもいいはずだが、あの辺りの記憶はぼんやりとしている」


 「私も一緒。光に飲み込まれて、気が付けば、この街にいたのよ」


 「そっか……。なあ、ところで、さっき言っていた”魔導師”てなんだ?」


 勇吹の質問を予想していたのか、すぐさま説明をする虹星。


 「私も、まだまだ新米だから、詳しくは説明できないかもしれないけど……言ってしまえば、国の魔導機関係の問題処理係かな」


 「問題処理?」


 やたらと面倒くさそうな言葉に、眉間に皺を寄せる勇吹。


 「うん、私達の世界でいう警察が、こっちでは兵士みたいなもんでしょう。ある程度のことなら、彼らでも大丈夫かもしれないけど、魔道機のトラブルなんかは魔導師の役目になるわけ。例えば、魔導機の武器が暴走した時にそれを止めたり、魔導人己同士の決闘を仲裁したり……。荒事も多いけど、この大陸でかなり高い地位につくことができるの」


 「なるほど」


 納得の言葉を虹星に向ける勇吹。


 (それで、ガントゥは虹星を見てビビッていたのか)


 自慢気に胸を張る虹星の鼻を折るかのごとく、リデラが口を開く。


 「――だが、しかし。魔導師というのは、国の恩恵を受ける代わりに国直属の飼い犬となる。一度、戦争が起こってしまえば、魔導師達は戦争に駆り出される。権力目当てで犬になりたがる奴がなる……変わった地位だ」


 ジロリと虹星がリデラを睨みつける。


 「なによ、それ、私を馬鹿にしているの? こう見えても、試験も上位で合格。実技にいたっては、参加者の中で最短で突破したのよ」


 リデラは、虹星に対して鼻で笑ってみせる。


 「ハッ――。だから、だろ? 魔導書の力におんぶに抱っこか。試験なんて、暗記でもしとけば受かる。実技? そんなもの、魔導書の力を借りただけに過ぎないだろ」


 「さっきから、言わせておけば……」


 勇吹も肌で、その気配を感じていた。

 怒りで睨み合う両者の雰囲気は、ピリピリとした緊張感を周囲に感じさせた。

 どうしたものか、とおろおろとするコゼットと勇吹。そして口をパクパクさせるシュナイト。

 緊張と混乱がうずまく中、リデラは勇吹を見た。


 「そもそも、お前はどっちの味方なんだ。はっきりと、お前の口から言ってくれ」


 「へ?」


 リデラに刺激された虹星も、勇吹を見る。


 「そうよ、勇吹。アンタも、どっちの味方かはっきりさせさいよ」


 リデラは、やれやれと首を横に振る。


 「何を言っている、お前こそ。無理やり、イブキを闘技大会なんてものに参加させて……。お前の身勝手に付き合わされて、イブキも嫌に決まっているだろう」


 「い、いや、俺は別に――」


 勇吹の声は、虹星の突風のような声に掻き消される。


 「はあ? そっちこそ、あの状況はどうすることもできなかったでしょう。私があそこにいて、兼ねてより予定していた大会に参加させることで、あの危機的状況を救ったの! あのまま、勇吹に戦わせていたら、間違いなく彼を犯罪者にさせていたわよ! この街に来たばかりの人間をお尋ね者にさせる気!?」


 互いに熱くなっていく、声は強く重たく。二人のやりとりは、まるで剛速球のキャッチボールを勇吹の体スレスレでやっているようにハラハラとした不安を増進させる。

 激しい視線をぶつかり合わせていたリデラ、虹星は、再び勇吹に向き直る。


 「おい、イブキ――」

 「ねえ、勇吹――」


 「は、はい?」


 「――お前は、私の味方だよな?」

 「――アンタは、私の味方でしょ?」


 期待と怒りの混ざったような複雑すぎる瞳。

 勇吹は顔を青くさせながら、コゼットの方を見れば、首をものすごい勢いで横に振る。


 (唯一の良心がぁ。……シュナイトは?)


 シュナイトに目を向ければ、満面の笑みで親指を立てている。


 (論外だ。コイツ、ただの馬鹿だ)


 グッと勇吹に顔を近づけるリデラと虹星。


 「どうした? 恥ずかしがらなくてもいいぞ」

 「もう、勝手知ったる私達の仲じゃない」


 表面上は笑っている二人。しかし、勇吹の目の中には、二人の頭に角が生えた鬼にしか見えない。もしくは、あの初めて山で遭遇したバジリスクに等しい何か。


 「お、俺は……」


 「――ボクの意見を言ってもよろしいですか?」


 高く可愛らしい声。森の中で鳥達がさえずるような、清い声が空気を和やかなもに中和させた。

 背中から聞こえる声に目をやれば、さっきまで寝ていたゼナイダが目をこすりこすりそこに立っていた。


 「……ゼナイダ」


 「お初のお目にかかるですの、ご主人様。そして、皆様。……ここは、ボクに任せてもらってもよろしいですか?」


 「あ、ああ……」


 ゼナイダはニッコリと勇吹に笑いかける。

 勇吹から見れば、まるで天がこの血に届けた女神のようにも見えた。


 「リデラ様、杜若様」


 「は、はい」


 「な、なんだ」


 勇吹のように突然のゼナイダの登場により、少しばかり挙動不審になるリデラと虹星。


 「まずは、杜若様。魔導人己を使った闘技大会への参加はお受けします。あの時の最良の方法だったと、ボクは思いますですよ。あそこで戦えば、誰かかが必ず悲しみの涙を流していたと思うのです。どうしようもない、絶望の行き止まりから、希望を繋いでくれたことに感謝するのですよ」


 虹星は嬉しそうに口元をほころばせ、ドヤ顔でリデラを見る。悔しそうにリデラが、ゼナイダを見れば、その目が交錯する。


 「リデラ様のお気持ちもよく分かります。ボクも、できるならご主人様を辛い目に合わせたくありません。しかし、考え方を少し変えれば、負けなければいい話。そして、無事に勝つことができれば、あの憎いガントゥにも一泡吹かせることもできるかもしれませんです。これは、むしろ好都合ともいえるのですよ。……リデラ様、そのために、もし良ければご主人様に力を貸していただけませんか? リデラ様は、なかなかの達人でいるようです。実践式の格闘術というのは、間違いなく魔導人己の操縦の役にも立つはずなのですよ。――ご教示、お願いするのです」


 噛みもせずに、はっきりとした口調で言い終われば、ゼナイダはペコリと頭を下げた。 

 リデラもまんざらでもないように、口元に笑みを浮かべる。頬が少し赤いのは、照れているからだろう。

 勇吹は、とりあえず、うーんと考える仕草をとる。どちらにしても、今この状況でこの場の雰囲気はゼナイダの発言に対して答えが決まる方向に向いていた。

 勇吹以外の人間の視線は、勇吹に集中していた。もう後は、勇吹の決定待ちという様子だ。

 ぐるりと回りを見回せば、深く頷いた。


 「よし、それじゃ、大会がんばるか」


 気の抜けた感じで言えば、腕を組み、勇吹はもう一度深く頷いた。

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