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第一章 ⑦ ―魔導書降臨③―

 黙りこんだ勇吹を横目にリデラは、魔導書に向き直った。


 「――これでやっと、本題に入ることができるな」


 『助かりました。リデラ様とお呼びしてよろしかったですね?』


 「ああ、構わんよ。それより、話を進めよう。……おおよそのことは見当がついている」


 魔導書は、安堵の息を吐くように前のめりに傾いた。


 『話が早いようで、大助かりですよ。はい、ボクはご主人様と契約するためにやってきました』


 「で、そのご主人が……コイツか」


 リデラが顎でしゃくってみせるのは、体育座りで待機する勇吹。


「照れるな~」


 照れ笑いを見せる勇吹。あえて、勇吹のことを無視してリデラは魔導書へ言葉を向ける。


 「考え直すなら、今のうちだぞ」


 『しょうがないのです。ボクは、彼と出会うことが存在する意義なのですよ』


 「お前も大変だな」


 リデラと魔導書は、同時に深く溜め息を吐いた。それから、リデラは勇吹に向き直った。


 「イブキ、よく聞け。お前は、この魔導書に選ばれた。魔導書に選ばれる人間は、その時代に一人ともその世界に一人だけとも言われる。お前は、その一人に選ばれたんだ。そして、この危機的な状況を打開するためには魔導書の力が必要だ。……私が言おうとしていることは、分かるな」


 真面目な表情で問いかけるリデラ。勇吹は、その表情を真っ向から受け止める。

 少し悩み、少し迷う。勇吹の思考は、すぐさま答えを導き出す。


 「俺にできることがあるなら、喜んで契約します」


 地面に密着していた尻を上げて、リデラの前に立つ。


 「本当にいいのか? 私自身、魔導書を手にした人間がどうなるか予想もつかない。それに、これから先、この力を手にしたことで災難に見舞われるかもしれないぞ」


 勇吹は、口元に笑みを浮かべた。楽しそうとか悲しいとか、そういう感情のない、ただの笑顔。それは、自分のために作ったのではなく、誰かのための笑顔。

 あの日、傷つき、倒れて、苦しんだ日々を振り返る。

 守ろうとした人がいたはずだった。一緒に笑いあう仲間もいた。そんな彼らが、この世界で同じように、いや、それ以上の苦しみを抱えているかもしれない。

 それを考えてしまえば止まらない。自分が掴んでいたものが、手をすり抜けて地に落ちて行く。

 もう二度と、そんな思いは絶対に嫌だった。だから、勇吹は苦しみ悶えないために、自分のために思うのだ。


 (手をすり抜けるなんて、それは甘えだ。大切なものを、もう二度と落とさない)


 守ることを誓う笑顔の後は、強くなろうとする彼の言葉が続く。


 「俺は大丈夫ですよ。それに、この世界を渡っていくためには、力が必要だと思っていたんです。これは、俺にとって願ってもないことなんですよ。望んだ力が目の前にある。それに、これを逃したら――今の大切なものも失ってしまいますから」


 リデラの心配に揺れる瞳を見返す勇吹。どこまでも広がるような黒い瞳を見て、リデラは目を逸らした。


 「不安を隠すな。……奴ぐらい、私が倒してみせる」


 勇吹を気遣って、照れ隠しをするように告げるリデラが妙に可愛らしく見えて苦笑を浮かべた。


 「でも、倒したら、リデラさんが一緒に住めなくなるかもしれないんでしょう。それなら、一緒ですよ。リデラさんは、俺の大切な人ですから」


 真面目な勇吹の言葉を聞き、リデラは耳まで顔を赤くすると自分の両頬を手で挟んだ。

 生まれてから、異性にこんなことを言われたことのないリデラは狼狽する。


 「ばっ……!? おま……何を世迷言を……!」


 「心配してくれて、ありがとう。リデラさん」


 リデラの横を通り過ぎ、魔導書の前に立つ勇吹。

 先程まで大きく揺れていた魔導書だが、勇吹の決断を待ち構えていたかのように、その空間でじっと微動だにせず待っていた。


 『これから、よろしくお願いするですよ。ご主人様』


 「ああ、よろしく」


 多くの言葉は必要としない。どうせ、これから長い付き合いになる。そんな予感とともに、目の前の魔力を放つ本へと手を伸ばした。

 触れれば熱く、まるで脈を打ち、心臓があるかのよに小刻みに魔力の波動を感じ取ることができる。

 人が当たり前のように血の流れを感じたりするように、魔導書からは生命力を思わせるエネルギーが指先をピリピリと振動させる。

 ここで初めて、この世界での魔力というものが放出することのできる命の力だということを知る。


 『いくつか、問いかけます。これは必要な問答、そして儀式』


 魔導書の声は事務的なものになり、先程までの賑やかな雰囲気はそこから一切消える。

 勇吹は返答しない。それは、肯定という意味。


 『貴方の名前は、トウリイブキ。幾千ものの戦場を超えて、願いと運命の先へ行くことを共に選択しますか』


 全く様子の違う喋り方の魔導書。本に触れているからだろうか、勇吹の頭の中に最適な言葉が浮かぶ。受け入れるなら、その二文字を口にしろと。


 「承諾する」


 『歩みは過酷、走れば熾烈。進んだ先は、希望と絶望の境界。なおも前進するか、足を重く腕を変形させることになろうとも、我と共に在るか』


 「承諾する」


 魔導書の言葉を受け入れるたびに、勇吹の胸の奥底が重くなっていくようだ。それは、重量というものではない。正確に言うならば、彼の体に魔の力が蓄えられていくのだ。

 空っぽだったコップに液体が満ちていく。ただの液体なんかではない、今までの自分そのものを全て変えてしまうほどの何か。体が何かを求めていく、何かが体を求めていく。浸透していく力に、我が身を差し出す。

 溶けていくように、消えていくよう、体内に満ちた魔力が己を違った存在へと変貌させる。


 『――我、汝と共に。果てのない海も終わりのない空も、道のない闇も終わりのない光も……契約を誓おう』


 「承諾する。――契約を誓おう」


 淡い世界が少しずつ色を失い形を亡くしていく。

 二人と一冊を取り囲んでいく世界は崩れ、外側から強引に剥がされたように空はバラバラと崩れ始める。

 リデラは勇吹の隣に立つ。


 「イブキ、この力を表で使えばどうなるかは未知数だ。……だが、せっかくだ。何かあれば、私が責任をとろう」


 「期待しているよ、リデラさん」


 責任、どういった意味で言ったのか分からないが、リデラの口ぶりは決して己の楽で出た言葉ではないというのが勇吹にも、よく理解できた。リデラが何をしようとしているのかは、きっと一番最悪な未来だ。


 「先に行っているよ、イブキ」


 親しみをこめてその名を呼ぶリデラに対して、勇吹は片手を上げて答える。そして、リデラの姿もこの世界から消えて、勇吹と魔導書が残された。

 外側から少しずつ世界が崩れて行き、足元は不安定になる。少しずつ、立つ場所がなくなっていく、


 「なあ、ところで……お前の名前は?」


 『ボクですか? それは、ご主人様が決めてください。私達を使用する人間がいて、初めて名前が生まれるんです、ボク達は。ご主人様にもボクにも相応しい名前が、きっと頭の中に存在しているはずですよ』


 とうとう崩れた地面が足元まできた。少しずつ、空白の中へと体が沈んでいく。

 そして、それはド忘れしていた用事が急に浮かぶように、ポッと現れた。――魔導書ゼナイダ。


 「――行くぞ、ゼナイダ」


 『共に歩むのですよ、ご主人様!』


 嬉しそうに答える魔導書と共に、勇吹は真っ白の世界へ落ちて行く。そして、そのまま、底に落ちて行く衝撃の代わりに元の世界へと覚醒していく――。


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