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最終章 ① ―それから―

 勇吹の瞼がゆっくりと開いた。不思議と気だるい感覚も、目覚めを妨げるような疲労も感じない。じゃあ、自分は死んでしまったのだろうか。いや、そうではない。この頬に当たる熱が、穏やかな太陽の光が、シーツ触れる感覚が生命を実感させる。


 「おはよう」


 上半身を起こして、周りを見る。

 場所は勇吹が抜け出してきた病室。そこで、勇吹を囲むように仲間達が思い思いの表情をしていた。

 虹星は手のかかる子供を見るような顔をして、シュナイトは嬉しそうに歯茎を剥いて笑い、リデラは目元に流れた涙を拭い、リーシャはぴょんぴょんとウサギのように飛んで喜びを表現し、コゼットは泣きそうな顔を我慢して微笑み、レイラは腕を組みながら穏やかな眼差しを向け、ゼナイダはただそこで優しく見守る。

 自分が元通りの平和な空間に戻れたことに安心して、勇吹は小さく息を吐いた。


 「ソウマ達は、どうなった?」


 あの戦いの後のことは、魔導師である虹星が関わったようで一歩前に出る。


 「生きていたわよ、魔導書と共に。だけど……ソウマに関しては、精神的に不安定な状態が続くようで、苦しみ悶えたかと思えば、その後は事件のことを忘れておとなしい少年に戻る。この繰り返し。医者の話では治る見込みがないわけではないのだけど、それまでは永遠に罪の意識と向き合うことになる。あ、そうそう……ネクロは、王様の作り出した魔力抑制用の魔導具で力を抑えられているから何もできないから安心なさい。だけど、彼女の頼みでソウマの側についていてもらっているわ。彼女はソウマにお熱みたいで、むしろその方が安心だろうて王様も判断したみたいね」


 「そうか……。治った時に、待っていてくれる人がいないと辛いだろうな。それなら、安心だ」


 小さく笑いながら言う勇吹に、虹星とリデラとゼナイダは溜め息を吐いた。


 「相変わらず、甘い奴だ」


 そう言うリデラは、困ったような口調であるものの、その声の中には優しげな雰囲気も感じ取れた。


 「そうよ、こっちは一回はアイツに殺されてるの。今回のことをいれたら、何回も死にかけてるわ。王様も責任感じているのでしょうけど、アンタに似て優し過ぎるのよ」


 虹星が口を尖らせるように言えば、勇吹は自分の後頭部を掻きながら照れ笑いを見せる。


 「俺、そんなに優しいかな……」


 「照れるな! 褒めてないから!」


 忘れかけていたことを引っ張り出すように、虹星を指差しつつ勇吹は言う。


 「……ていうか、虹星も前の世界のことを聞いたんだな」

 

 「ええ、ゼナイダに教えてもらったわ。まさか、私が死んでいるなんてね」


 「虹星も、ソウマが憎いか?」


 急に声のトーンを下げて問いかける勇吹。


 「イ、イブキくん!?」


 繊細な問題だと思ったのか慌ててコゼットが口を挟もうとするが、虹星はコゼットを制止するために手を伸ばした。


 「実際、殺されたから異世界にいるわけで、憎くないわけではないけど……。まあ、ここに五体満足で生きているから、もういいかなて感じかな。アイツも罪の意識で苦しんでいるようだし、結果的にだけど、私は今もこうしてここで生きているわけだし」


 コゼットはその言葉を聞き、口に手を当てて二人を交互に見た。

 人を憎悪する異世界人がいたかと思えば、あっさりとそれを許す二人。どういう形であれ、二人は元の世界でも異端だったのではないかと思えた。そして、コゼットはそんな特別な二人がとても大好きだった。

 勇吹は、再び思い出したように口を開く。


 「そうそう、そういうことも含めて、これからのことで話があるんだが――」



               ※



 それから、数日して――。

 勇吹、ゼナイダの二名はイレシオン王の玉座の前に立つ。ここにいるのは、もちろん元にいた世界の出来事についてだ。虹星も連れてこようかと思ったが、虹星自身が記憶が自然と回復してから、改めてイレシオン王と話をしたいのだそうだ。

 過去の記憶から大きく離れた姿になってしまったイレシオンを前にして、二人は各々で過去を回想すると同時に、自分達が遠いところへ来てしまったのだと改めて実感した。


 『よく来たね、二人とも。体の調子はどうだい?』


 「ほとんど完治したと言ってもいいかもしれません。もう飛んでも走っても、どこも痛くないですよ。さすが、国一番の治療用魔導具を掻き集めただけはありますね」


 『ああ、二度も救ってくれた英雄を、ずっと寝かせておくわけにもいかないさ』


 イレシオンがそう言えば、勇吹と共に笑い合う。

 声だけで笑っていたイレシオンから、会話の順番が分かっていたかのように語り出す。


 『――前の世界でのことを聞きに来たんだね』


 「はい」

 「ですの」


 イレシオンの言葉に対して、勇吹とゼナイダはほぼ同時に反応した。


 『偶然にも、私があそこに出くわした。あの悲惨な状況を前に、ただ見ているだけなんてできなかったのだ。……しかし、君達を救うという言い訳をして、利用したというのも事実だ。ただ救いたかっただけだ、と許しを求めるつもりはない。憎いなら、この私のガラクタの命だって差し出すつもりだ。……私からは、多くのことは言うまい。――すまない、君達に申し訳ないことをした』


 イレシオンは立ち上がれば、その大きな体をぐっとくの字にして頭を下げた。イレシオンの影に勇吹とゼナイダは隠れながら、二人とも驚いた表情で顔を見合わせた。


 「ちょっと、待ってください! 俺、怒りたくてここに来たわけじゃないっすよ!」


 『な、なに……?』


 頭から倒れるのではないかと心配するほど、深く下がった頭をイレシオンは小さく上げた。表情は分からないが、勇吹には心配そうな表情がはっきりと分かった。

 安心させるように勇吹は笑う。


 「お礼を言いに来たんですよ。俺達を助けてくれて、ありがとうて言いたくて」


 突然の感謝の言葉に嬉しいのか、イレシオンの体はぷるぷると震える。彼なりの感無量というやつかもしれない。

 カタカタと震えたために響く金属音をゼナイダは耳に、呆れたように口を開いた。


 「ボクたちは、そこまで鬼じゃないです。それに、あれだけ絶望的な状況だったボクらが何事もなく生きていられるのは、イレシオン王のおかげですの。――感謝です、心の底から」


 頭を下げる勇吹とゼナイダを見たイレシオンは、二人を抱擁としようと自分の肉体である魔導人己の両腕を広げた。


 『イブキ! ゼナイダ!!!』


 「ゼナイダ、頼む」


 勢いよく飛び込んでくるイレシオンを前に、ゼナイダは魔導人己に姿を変える。


 『――ゴボフォ!?』


 ゲンコツでも落とすようにゼナイダは握った拳をイレシオンに振り落とした。

 よっぽど痛かったのかイレシオンは、凹んだ頭を抱えて体を丸める。


 『や、やっぱり、私のことが嫌いなんだ……』


 「いや、普通にそのデカさて飛び込んで来たら、俺達に命の危険があるだろ」


 勇吹は冷静なツッコミをしながら、元の少女の姿に戻ったゼナイダと一緒にイレシオンに歩み寄る。


 「イレシオン王、俺は感謝しているよ。そんな体になっても、王様になり続けて、いつかやって来る俺達を守ろうとしたんだよな。もうそれだけでいいのさ、自分を犠牲にして俺達を守り続けようとしたアンタに感謝することはあっても、憎んだり恨んだりすることなんてできるわけないだろ」


 「ご主人様の言うとおりですの。今はこの体があるから、守りたい人を守ることができて、繰り返される悲劇を防ぐことができたのです。どちらかと言えば巻き込んだ側であるボクたちを、今までずっと守ってきてくれて、ありがとうですの」


 『わ、私は……』


 勇吹とゼナイダはイレシオンの体に触れた。金属できたその体は冷たい。食事もできなければ、子供を残すこともできない。そして、今の嬉しさを涙にして流すこともできないのだ。それを知りながら、勇吹は達はその体に触れた。自分達が、貴方のおかげでここにいるのだと証明するために。

 突然、イレシオンは、上半身を起こせば再び両腕を広げる。


 『ありがとう! ありがとう!!! イブキ、ゼナイダ!』


 再びハグしようと両手を広げるイレシオン。


 「……ゼナイダ」


 頭を抱えて勇吹が言う。

 先ほどの光景を巻き戻したように、ゼナイダは魔導人己に姿を変えれば、その拳を振り落とす。


 『ふぐぉ!?』


 凹んだ部分を二箇所にしながら、再びイレシオンはうずくまる。


 『懲りない人ですの……』


 疲れたようにゼナイダが言えば、勇吹は苦笑を浮かべた。


 「あのさ、イレシオン王。俺、これからのことで考えがあるんだ――」


 『うぅ、いたたた……ん?』


 「――可能ならさ、俺達は旅に出ようと思う」


 勇吹の言葉にイレシオンは、首を大きく傾げた。

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