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第六章 ⑤ ―ゼナイダ対ネクロ―

 まず先にゼナイダは、高く飛んだ。

 ネクロは飛び上がるゼナイダを追いかけるように右手を持ち上げた。その指先から、無数の太い糸のように魔力の線が伸びていく。ぐんぐんと速度を増して、飛び上がるゼナイダに絡み付こうと、直線的な動きがたゆみ変化する。


 『ぐぁ……!?』


 魔力の糸に絡み取られたゼナイダは、両手両足を真っ直ぐに伸ばした状態で、その動きを停止させる。逃れようと空中でじたばたと抵抗するが、簡単には逃れることはできない。その魔力の糸は、指先に吸い込まれるように引っ張られていく。そして、ゼナイダを待ち受けるネクロの左手の先からは、鋭い爪の形をした魔力が待ち構えていた。このままいけば、ゼナイダはネクロに八つ裂きにされてしまうだろう。

 勇吹はそこで口元に笑みを浮かべた。


 『俺達を……』

 『ボク達を……』


 後、十数メートル先で待ち構えるネクロに引っ張られたゼナイダが、それ以上引かれることはなく急停止する。それは、ゼナイダの内部から発生した魔力が、ネクロの絡めた糸の流れを遮断したためだ。


 『『舐めるなっ――!!!』』


 弱まった糸の内側から、ゼナイダは両腕に力を入れればその糸を引きちぎった。

 魔力の糸が弾け飛び、宙に待った糸の残りは大気に消えていく。既に地上に足が触れかかっていたゼナイダは、片足を地上に置けば、後からやってきた片足が地面につくと、もう片足を使い爆発的な脚力で蹴り上げた。

 弾丸のようにネクロへと飛び込んだゼナイダは、右の拳を背部まで引いた。


 『ソウマ! てめえのワガママはそこまでにしろっ!』


 片手で作り上げていた魔力の爪を持ち上げれば、ゼナイダへと向かってその刃が振り落とされる。


 『ソウマくん、キミをボクは止めるよ』


 ゼナイダが宣言するように告げれば、腰をもう一段深くすることで、ソウマの爪の一撃を回避する。そのまま勢いを緩めることなく懐に飛び込んでいくゼナイダは、穿つように拳を放つ。――思った以上に容易く、ゼナイダの拳はネクロの胸部を貫いた。


 『ああああぁぁぁ――!!!』


 ネクロからソウマの絶叫が響いた。ゼナイダが拳を抜き取れば、魔導人己ネクロの胸部からは黒煙のように魔力が溢れ出した。


 『ご主人様!』


 ゼナイダの声を耳に、そこから慌てて飛び退く。まだ、戦いは終わりではない。

 一度バックステップをしたが、それでは次の攻防への間隔が足りないと判断したため、さらにそこでバク転で距離を離した。

 最初に戦った頃と違い、今のゼナイダの戦いには余裕がある。前回以上に強大な敵となっていたが、憂いも悩みも消えて、前以上の信頼関係で結ばれた二人の能力も底上げされていた。

 勇吹を信頼したゼナイダが、魔力の流れを読み、次の攻撃予測を勇吹に直接伝える。そうすることで、より確実に敵の攻撃の回避を可能とする。

 ゼナイダを信頼した勇吹は、回避できるか厳しい攻撃も当てることが不可能に近い攻撃も、ゼナイダと心を通わせることで、戦いに必要な後一歩の勇気というものを手にした。

 胸部を押さえて悶えるネクロの二つの目がゼナイダを見た。


 『オ……オマエェ……!? あの子がぁ……魔導書になったというのかぁ……!』


 『ソウマ、お前……』


 勇吹はソウマの声に驚きを感じた。

 正直、今のネクロの状態では操縦しているソウマの意識は既になくなっているものだと思っていた。しかし、現にソウマの意識はここにある。それは、勇吹を憎む気持ちから来ているものなのか、それとも先程の攻撃のせいなのかは分からない。どちらにしても、ソウマの強い精神力のおかげであることは間違いないだろう。

 ソウマの発言に対して、言葉を返すゼナイダ。


 『はい、ボクは魔導師になったのです。あの時は、止めることも守ることもできなかったボクでした。だけど、今はその両方も可能にする力があるのです。同じ悲劇は、二度も繰り返させません』


 しっかりとした口調のゼナイダ。それは、彼女なりの成長の証明だった。あの時の出来事に苦しみ、向き合い、歩き出そうとしたからこそ、彼女がいる。今のゼナイダが、存在するのだ。しかし、ソウマはあの時から進むことはできていない。


 『ふざけんなぁ――! ならば、僕らの愛は悲劇という形で成就するんだ! そんなキミは、この物語に不必要な……出来損ないのニセモノだ!!!』


 ゼナイダの成長とは反対に、ソウマは逃避を証明する。

 狂気の魔力が膨れ上がれば、漆黒の魔力の翼を飛翔させて、ゼナイダに接近するネクロ。横に回転し、間一髪のところでゼナイダが避ければ、魔力の羽ばたきと共に発生した突風と一緒に高く飛べば、嵐のような吹き荒れる風を連れゼナイダに狙いを定めて再び降下した。

 先ほどよりも範囲を広く強大となった攻撃。吸い込まれるような魔力の嵐に足を捕らわれたゼナイダを逃すことはなく、ネクロを中心とした魔力の渦がゼナイダを叩きつけた。


 『ぐぁあ――!』


 受け止めることはできず、宙に体を浮かしたゼナイダは何度も地面に体を叩きつけつつ地上を転がっていった。

 地上に機体を半分埋めたゼナイダを見ながら、ネクロは悠々と距離をおいて着地した。


 『大丈夫、大丈夫。僕がどんな姿になっても、君を――』


 ソウマは半狂乱で語りかける。しかし、それは独り言と同じ、意味のないもの。ソウマにとっては、反論のないその状況が彼にとって望んだものだった。


 『――黙れ』 


 低く喉に噛みつくような声を勇吹が漏らした。その声を前に、ソウマは口をピタリと止めた。例え独り言だとしても、それを絶対に許せない存在が目の前にいた。

 両肩を半壊させたゼナイダが、決してまともとは呼べない状態で立ち上がる。


 『イブキ、何でお前がそこにいるんだ……!』


 『てめえみたいなクソッタレな幼馴染がいるからだろ。ずっと近くにいたなら、守ってやれよ。ずっと側で見守れるなら、助けてやれよ。どうして、苦しめることしかできない! どうして、傷つけることでしか好きだと言えないんだよ! ――クソ野郎!』


 ゼナイダの足が地上を蹴りつけた。

 体勢は低く、足は素早く、ゼナイダからは魔力の光が放出する。それは、ネクロにも起きた現象と同じ類のもの。内側から増幅した魔力が、機体から溢れ出しているのだ。しかし、ネクロとは大きな違いがある。――それは、ゼナイダと勇吹が、その強大な魔力を制御しているという点だった。

 勇吹の言葉を聞き、口を閉口していたソウマは慌てて前方のゼナイダに集中した。

 ゼナイダの輝きは明るく、それは白く眩い炎のようなものだった。同時に、それは見た目だけではなく、ゼナイダの活性化した魔力がその能力を向上させている証拠もであった。


 『違う! 僕は、近くで見ていたからこそ、彼女をぉ……!』


 距離が空いていたはずのゼナイダが、突然にソウマの視界を埋め尽くした。


 『それ、説明できんのかよ』


 『――ぎゃあぁ!?』


 一瞬でネクロの眼前に出現したゼナイダは、空中で蹴りを放てばネクロを横方向に吹き飛ばした。

 地上で転がりながらも地面に手をつき、反動すら利用して立ち上がろうとするネクロ。――しかし、魔力の光を帯びたゼナイダは既にその着地地点で拳を構えていた。


 『お前は一人になるのが怖いだけの、ただの臆病だ!』


 意識まで持っていかれるような左の拳が懐から抉るように、ネクロの脇腹を突き刺した。そのまま、ネクロの僅かに浮き上がった顔面に、無駄な動作一つなく右ストレートが突き出された。そのまま、顔面を陥没させながら地上に一度大きく叩きつけられれば、地面にうつ伏せで倒れこんだ。

 勇吹は肩で息をしつつ、ネクロのその姿を見る。

 

 『まだ動けるだろ。立てよ』


 バン、と音を立てた。

 ネクロは両手を地面に叩きつけたかと思えば、そのままの勢いで全身を宙に浮かせた。僅かに浮いた体の背部から、二つの燃え盛る炎にも酷似した漆黒の翼を出現させたかと思えば、全身を禍々しい魔力の塊に変えてゼナイダへと突進する。


 『うおあぁぁぁぁ――!!!』


 先ほどは逃げるための動作をとっていたが、今回は完全に向かい討つために拳の肩の辺りまで持ち上げた。そして、地面を蹴り上げれば、意識を集中するのは接近するネクロ。


 『ソウマ、キミ一人の責任じゃない。だからキミは、キミの道を探して。ボクはキミを許すから、キミもキミを許してあげて。……好きになってくれて、ありがとう。そして、ごめんなさい』


 ゼナイダがソウマに対して優し過ぎる言葉を発する。それを聞き、操縦席のソウマが多量の涙を流していることをゼナイダも勇吹も知らない。

 禍々しい魔力の塊となったネクロの顔面に、ゼナイダは全身全霊を込めて拳を落とした。いくつもの魔力の層を突き破り、ネクロの首から胸にかけてゼナイダの腕が貫通する。


 『どうして! どうしてぇ!! どうしてぇ!!!』


 それでも、ソウマは諦めることはない。既に半壊以上しているネクロは首を振り、右手を覆うほどの魔力で出来た巨大な鎌を作り上げる。

 すぐさま腕を引き抜いたゼナイダは、冷静さを欠いたネクロの大振りな一撃を簡単に回避する。


 『――ガキじゃねえんだ。自分で考えろ』 


 はっきりと芯に響くように言い放つ勇吹。

 無防備な状態になったネクロへ向けて、ゼナイダは渾身の力で拳を振るい落とした。――それで終わりだった。

 金属のひしゃげる音と共に、地面に叩きつけられたネクロは、遥か後方まで吹き飛ばされる。その姿から、割れた風船の漏れた空気のように魔力を放出すれば、衰弱した元の魔導書の少女と涙と唾液で濡れた顔のソウマの姿があった。


 「終わったな、ゼナ……イダ……」


 決着が着いたことで安心した勇吹は、そのまま暗闇に意識を落としていった。

 操縦席で力なく倒れこむ勇吹の気配を感じ、ゼナイダは勇吹と自分の戦いが、ここでようやく終わったことを確信した。

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