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第六章 ② ―彼の記憶②―

 日差しが強い時は陽光を防ぐ役割もあるのだろうが、今はほぼ外観のために置かれた傘の近くの長椅子に腰掛ける三人。あまり飲みなれない勇吹からしてみれば濃い目の抹茶と上菓子を互いの脇に置いた。高額なイメージを抱いていたが、高校生男子の予想範囲よりも下回りの価格に内心ホッとしつつ、強引に引っ張ってきた少女に目を向ける。


 「助けてもらっていただくだけでなく、ごちそうまでなって……すいません」


 恐縮した様子で少女が、もじもじと言う。

 少女を両脇に挟んで座り勇吹と虹星は、穏やかに笑いかける。気遣いから来るものではなく、それは二人が本来持つ優しさからくる笑顔だった。


 「気にしないでよ、俺がしたことをしているだけ。以上!」


 「そうよ、もともとコイツが私におごる予定だったの。一人増えようが二人増えようが関係ないわ。むしろ、負担が増えた方がいい薬になっていいのよ」


 「そ、そうなのですか……」


 口に半分に切った菓子を、さらに半分かじりながら少女は眉を下げた。

 勇吹は一口で、二個あった菓子の一つを口に放り込めば、「さて」と言い切り出した。


 「お節介ついでに、何があったのか教えてくれよ。俺達はしがない修学旅行生だ。どうせ、半日もすればどっかいなくなる。お茶の間の小話ついでに聞かせてもらえないか? 嫌なら言わないでも構わないが、俺達は一度首を突っ込み始めたら、綺麗に抜けるようになるまで抜くことをしないからな。覚悟しとけよ」


 無茶苦茶な理屈を軽口で勇吹が言えば、「一緒にしないでよ」と言う虹星の顔もまんざらではなさそうだった。

 二人の顔を往復して見れば、小さく呻いた後にぽろぽろと涙を溢し出す。


 「え!? ま、またなんかやったの!? 勇吹っ」


 「お、俺まだ何もしてねえよ!」


 「まだって何よ!?」


 「し、しまった! ……ん?」


 小さな鈴のような笑い声に勇吹は口を止める。そして、虹星も勇吹の目を潰そうとしていた手を停止していた。

 少女が楽しげに涙を拭いつつ笑っていた。


 「ごめんなさい、こんなに優しいことを言ってもらえて嬉しくて……ちょっと泣いちゃったのです」


 嬉し泣きをする少女の姿を見れば、二人も顔を見合わせて笑い声を上げた。そして、少女はそっと自分に起きた出来事を語り出す。


 「実は、ボク……ある男の子に好かれているのです」


 「へえ、それだけ聞くと、いい話だけどな」


 楽しい話ではないことを知りつつ、勇吹はそう相槌を打った。しかし、少女は儚げに笑う。


 「それだけなら、嬉しい話ですの。だけど、少しだけやり過ぎるところがある人なのです。昔からの幼馴染で、中学生の時ぐらいまで何もなかったのですが、卒業式の日に告白を受けてお断りをしました。ボクの中では、幼馴染以上の関係には思えませんでした。良い友達になろうと話をしてから、しばらくして……高校生になってからずっと付きまとうようになり、他の男子と少し会話をしただけで、その男子に殴りかかったして……。気が付けば、周りには誰もいなくなってました」 


 「なによ、それ。好きな子が自分に振り向いてくれなくて、ストーカーになって、結局は貴女を不幸にしているじゃない! 最低!」


 虹星がムッと唇を尖らせながら、そんなことを言う。


 「彼……ソウマくんは昔はそうでもなかったのです。大人しい性格だったのですが動物が好きで、いつかは動物のお医者さんになりたいと言ってました。でも、卒業式の前にお母さんを病気で亡くして、それからは少しずつ変わっていきました。……亡くなった直後に、食事もしないソウマくんを見ていられなくなったボクはずっと励ますことにしました。もしかしたら……それが良くなかったのかもしれないのです」


 虹星はそこで、何かに気づきはっとした顔をする。


 「……憶測で話をするのだけど、もしかしたら、その彼は、貴女を母親代わりのように考えたんじゃない? たぶん、彼の中には恋とか愛とかじゃなくて、誰かに依存したい気持ちがあるのかも……ごめん、もし怒ったなら謝る」


 小さく頭を下げる虹星を少女が見ながら、「いいえ」と首を横に振る。


 「言った通りのことであっているかもしれません。そう言われてみれば、途中から彼が甘えるようになってきたのです。膝枕を求めたり、弁当を作るように頼んだり、この間は自分が寝るまで電話をかけてほしいと言われて。やはり……ボクがしたことは、彼には逆効果だったのかもしれないです」


 「ああいや、そうじゃなくて、えと」


 結果として、こうなった責任は自分にあると責め始めた少女。虹星は、どうにかしようと狼狽するが、自分で言ってしまったことが原因でもあるので、うまく言葉を続けることができないでいるようだった。

 抹茶を喉に流し込めば、勇吹は立ち上がった。


 「そんなことねえ。誰かを助けたい気持ちが間違っているなんてありえない。君は悪くない、だからといって、その彼も悪くはない。悪い奴なんて誰もいない。少なくとも、その時は目の前のそいつを助けたかっただけなんだよな? ……ただ、そいつ……ソウマだっけ? そのやり方を間違えただけなんだよ。ずっと、どうしていいのか分からないのさ」


 何か言いかける少女の頭に手を置き、顔をその高さに合わせる。そして、念を押すように勇吹が「な!」と言えば、申し訳ないような心痒いような気持ちで、「はい」と頷いた。



                  ※



 「いろいろ、ありがとうございました」


 既に空は茜色に染まり、帰るにはちょうど良い時間ともいえた。

 公園の出口。勇吹と虹星に向かって少女が深々と頭を下げた。事実、誰かに悩みを打ち明けたことで少女の気持ちは少なからず楽になっていた。

 勇吹は気にすんなパタパタと振り、虹星は苦笑をしている。


 「何もしちゃいねえよ。ただ、お茶飲んで菓子を食べただけだ」


 「そうよ、謝る必要ないわ」


 相手の顔を窺うように少女が、僅かに顔を傾ければ、相変わらずの優しげな二人がいた。顔を上げはするが、心の中で全力で感謝をしつつ、二人を交互に見た。

 そこで、虹星はポケットからスマートフォンを取り出した。


 「ねえ、もし良かったら。連絡先を交換しない? 悩み事があればいつでも聞くし、今回みたいに愚痴を聞く相手ぐらいになれるわ」


 少女の心に温かい感情が広がっていく。

 やっぱり、この二人はこうやって、いつも誰かを助けているのだ。当たり前の優しさに涙腺が緩みそうになるが、それを堪えつつ自分もスマートフォンを取り出した。


 「あ、あの、俺も」


 勇吹も、もじもじとポケットから取り出そうとする。


 「アンタは変態だからダメよ。いかがわしい画像とか送るつもりでしょ?」


 「え!?」


 「ばっ……! 何を言ってんだよ、誤解されるだろ!?」


 既に少女の中では、虹星が冗談を言っていることは分かりきっていた。


 「変な画像は送らないでくださいね」


 少し前よりも、親しげな少女の声を耳に勇吹は自分のスマートフォンを見せた。


 「そんなことばかり言う……」


 少しだけしゅんとしながら、二人は連絡先を少女に送信した。さて、次は自分の番だと少女がスマートフォンを持ち上げた。


 「あ、そういえば、お二人の名前は?」


 「ん? そういや、まだ言ってなかったな。……俺は勇吹、刀利勇吹。高校二年生。で、こっちが」


 虹星は自分の胸元に手を当てる。


 「私は、杜若虹星。少し変わった名前だけど、一応気に入っているわ」


 操作に慣れてないのだろう、両手でピコピコと操作をして二人の名前を登録する姿を勇吹と虹星は微笑ましく見つめる。


 「ありがとうございます。勇吹さんと虹星さんですね」


 二人の表情が、君の名前は? と語りかけてくる。


 「あ、ボクは――」


 「――見つけたよ」


 遮るような低い声。突然の異質な音に、三人は一斉にそちらを見る。――そこには、目を充血させたソウマが立っていた。初対面である勇吹と虹星からも、その様子がまともではないことが容易に分かる。

 勇吹と虹星は、少女を守るように大股で一歩進めばソウマの前に立ちはだかる。


 「お前が、ソウマか」


 睨みつけながら勇吹が言えば、少女しか見ていなかったはずのソウマはその目をぎょろりと動かした。


 「あ? 誰だお前達」 


 「アンタに名乗る名前はない、なんて言いたいけど、お前て言われるのも腹立つわね。……私の名前は虹星、そして隣は勇吹よ。ストーカーさん」


 「イブキ? ナナホ? ……こんな知り合いがいたのか」


 足でも怪我しているかのような不自然な挙動で、ソウマは歩み寄る。一歩、進めば大げさに足が揺れ、二歩目も半身が揺れるように進む。体に力が入っていないようで、上半身は棒立ちの状態。

 少女はあまりの恐怖にじりじりと詰め寄るソウマに対して足を退く。それに気づいた虹星が言う。


 「言いたいこといってやりなさいよ。何があっても、私達が守るから」


 逃げることばかり考えていたことを少女は恥ずかしく思い、退いていた足を元の位置に戻す。


 「ソ、ソウマくん。……こんなことをしても、ボクはキミと付き合えない。キミとは友達でいたいとは思うけど、そういう関係にはなりたくない。だから、もうこういうのは……やめて!」


 ソウマは目を剥いて、少女の顔を見る。理解ができない、そんな表情で少女の顔を見つめる。

 勇吹は少女の言葉を補うように、口を開いた。


 「おい、彼女の言う通りだ。こんなこと、やめろ。本当に大切に思うなら、本当に好きなら、その人が傷つけるようなことはしちゃダメだ。誰かを好きになったりする気持ちがあるなら、それぐらい分かるだろ。大切な人を傷つけたくないて思うものだよな。……なあ、本当にこのままでいいのか?」


 「ぐぅ……!」


 突然、ソウマが自分の頭を抱えると体をくの字に曲げて悶え始める。


 「どうして、どうしてだよ! なんで、僕はこうもうまくいかない! くっそくっそくっそくっそくそが! 好きだ、どうしよもないくらい好きなのに! ……好き? これは好き? 好きさ、間違いない、これは間違いない! それなのに……あぁ!」


 くの字に曲げたままで、頭から地面に倒れかかる。そして、片腕L字に曲げて体を支えるようにした。しかし、それでもブツブツと恨み言のような言葉を紡ぐ。

 虹星は、これは困ったなという表情を浮かべて、ソウマに歩み寄る。そして、そっと肩に手を置いた――。


 「え……?」


 ――手を置いた虹星の体が傾き、地面に吸い込まれるように倒れていく。


 「……虹星?」


 一切、手を使うことなく地面に体を寝かせた虹星からはじわりと血が滲んだかと思えば、そこからその濃い色の液体は広がっていく。勇吹の目からははっきりとその時見えた。――虹星の腹部に深々とナイフが突き刺さっていた。


 「虹星ッ――!!!」

 「虹星さんっ!?」


 少女の両頬から涙が流れ、勇吹は喉が切れるのではないかと思うほどの大声で名前を呼べば、虹星に駆け寄り膝を曲げた。

 小さくひゅーひゅーと息をする虹星には、まだ息がある。


 「ミスったわ……」


 虫の飛ぶような虹星の声を聞き、とりあえずは安心する。しかし、今もなお確実に虹星の呼吸が弱くなっていっている。知識のない勇吹にも、虹星が危険な状態だということが理解できた。


 「勇吹さん!」


 少女の声を聞き、勇吹は自分の顔面に足が迫っていることに気づいた。しかし、回避するだけの時間はそこにはない。


 「ぐあぁ――」


 ソウマに顔面を蹴られた勇吹は地面に転がれば、そのまま寝転がりながら痛みに苦しみたい気持ちを殺してすぐに体を起こしつつ立ち上がった。続いて、ソウマは拳を振り上げた。


 「てっめえ――!」


 拳が落ちる前に、その手首を掴む。片腕の自由を塞ぐために、もう一方の手を掴んで互いに腕の力で押し合うような状態になる。


 「はっははは! キミのせいだ、イブキのせいで、僕はこんな風になったんだ!」


 口から唾液を垂らしながら、ソウマは顔を寄せた。その目には、怪しげな光があり勇吹すらも手にかける勢いだった。そして、それはきっと背後の少女の命も奪うことを躊躇しないだろう。そのことを考えると背筋が冷たくなった。

 最初は遠くから何事かと見ていた人達も、状況を把握したのか、周囲が騒がしくなる。


 「警察を呼べ!」

 「それより、救急車を早く!」

 「きゃああああ!」


 とりあえず、虹星の命は救えるかもしれないな。なんて、他人事のように思いながら、眼前のソウマを鋭い眼光で見る勇吹。

 

 「自分の弱さから逃げるのはやめろ! お前がしていることは、好きとか愛とかそんなんじゃねえぞ! ただ、目を逸らして逃げているだけだ!」


 押すだけで力の入るソウマ。しかし、勇吹には掴む力と押し続ける力が必要になる。加えて不安定な体勢で拳を受けたせいで、既に数歩後退している。


 「お前はなんなんだ! さっきから、綺麗ごとばかりを何度も何度も何度もッ! もういい、もう聞きたくない、お前はあぁぁぁ――!」


 「――もうやめて、ソウマくん!」


 少女は叫ぶ。しかし、ソウマは止まらない。そして、それは次なる悲劇を生む。

 勇吹は肺に深く息を吸い込んだ。 


 「これは、俺が勝手にしたことだ。キミは絶対に悪くない。だから、これからは笑って生きてくれ」


 勇吹が少女に突然、無理して作った笑顔を向けた。

 嫌な予感がして、少女が手を伸ばそうとする。しかし、その手が伸びるよりも早く勇吹は行動に移した。

 勇吹はソウマを思いっきり引っ張り、そのままの勢いのままで車道へ飛び出していく。――そうやって、車に撥ねられた勇吹とソウマは車や道路に二度三度体を打ちつけて、大気に消えていくようにすっと息を引き取った。


 「あ……ぁ……。――いやあぁぁぁ!!!」


 周囲のさらなる悲鳴の中、頭を抱えた少女は自分が一度も聞いたことないほど大きな声で絶叫した。 

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