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第一章 ④ ―初めての波乱―

 勇吹が何でも屋カモミールにやってきて、早くも二週間が経過した。

 コゼットの愛想が良いからなのか、店はなかなか賑わっているようで、勇吹にとってこの一週間の間も暇な日というのはなかった。コゼットから休日の提案もあったが、一秒でも早くこの街のことを把握したい勇吹は懸命に仕事に励み続けた。

 相変わらず薄暗い店内の奥の会計をするための机に勇吹は座り、唸り声を上げていた。

 勇吹が書類をパラパラとめくる。ザラザラとした紙は、元の世界では経験したことのない紙質だ。


 「うーん……」


 過去の仕事の書類に目を通してはいるが、元の世界の友人に関係するものは見当たらない。

 一つずつ丁寧にまとめられたのはお得意様のリスト。

 こういう人間同士のやりとりが重要になる仕事は、決まったパターンが発生する。パターンというのは毎日違うことをやっているようで、働いている従業員が無意識に流れで作業を行っている時のことをいうのだと、勇吹は考える。

 まだ短い間しか仕事をしてないが、今の勇吹の中でのパターンの仕事というのは、犬の散歩。最初は道も分からなかったが、今では時間に余裕ができるようなら道を変えて、時間を調整しつつ雇い主の元に戻ることができる。これも一種のパターンなのだろう。

 そのパターンを最適化するためにも、頻繁に対応するお客様のリストを作成して、仕事の効率化を図るのだ。文面を読んでいても、後から付け足したり修正したと思われる箇所も目に付く。

 勇吹の仕事には、大きく役立つ内容だ。しかし。


 (何でも屋だから、いろいろ情報は回ってくると思ったんだが)


 この世界がどれだけ広いかもよく分からないのに、調べ出した自分の考えの甘さに頭が痛くなりそうだった。


 「お得意様の情報は分かったけど、俺へのプラスになる情報は一個もないな」


 盛大に溜め息を吐けば、机の埃が宙に舞う。


 「こーら、店番はもっとニコニコしてないとダメだよ」


 「あいた」


 勇吹が優しくコツンと小突かれて、振り返れば小さな指を丸めたコゼットが立っていた。

 仕事中だというのに、考え事をするのは確かに問題がある。すぐに気づき、勇吹は腰を上げて軽く頭を下げる。


 「すいません、つい」


 「うん、素直に謝ってくれるなら、私から言うことはないよ」


 胸を張って、楽しそうに笑うコゼットの顔を見ていれば、不安が静まっていくような気がした。気づけば、勇吹は小さく口元に笑みを浮かべていた。

 これがコゼットの魅力であり、勇吹とリデラが彼女に頭が上がらない理由の一つともいえた。

 ところで、とコゼットは話題を変える。


 「レイラさんから話を聞いていたけど、なかなか大変そう。私の知り合いも何人かあたってみたけど、どの人も返事は微妙なんだよね」


 本当に申し訳なさそうに告げるコゼットの言葉に、勇首を横に振る。


 「いえいえ、どっちにしてもすぐに見つかるとは思ってませんから。それより、コゼットさんが俺の話を信じてくれたことに感謝してますよ」


 レイラがコゼットに連絡してくれた時点で、勇吹がどこからきたのかを話していた。それは、勇吹の了承の上だったが、普通なら頭がおかしいと鼻で笑われるところをコゼットが快諾してくれたのだ。

 最初からその話をレイラに聞いていた勇吹は、コゼットに対してどれだけ感謝しても感謝しきれないと思っていた。

 もう一度、軽く頭を下げる勇吹を見てコゼットは苦笑を浮かべる。


 「レイラさんはあんな冗談を言う人じゃないからね。それだけでも信じることができたけど、実際にイブキくんに会って凄く信じられる人間だと思ったよ。素直な人で、嘘はつけないと思うし」


 「そんな……」


 真っ直ぐなコゼットの言葉に照れてしまい、視線を顔から逸らせば、どこかで水を扱う仕事でもしてきたのか、シャツが濡れて薄く透けている。その布の先には、淡いピンク色が見えた。


 「さっき、どこかをお掃除していましたか?」


 「うん? そうだよ、ちょっとお風呂掃除をしていたよ」


 「ピンク」


 「え、なぁに?」


 逸らしていた顔を上げて、何故かコゼットの顔を真正面から見ながら勇吹は声を発する。


 「ピンクのブラジャーも好きですが、この間も僅かに透けていた水色の奴も俺は大好きです」


 そう告げれば、透き通るような爽やかな笑顔をコゼットに向けた。


 「……う、うん、そういうところも含めて、本当に素直だと思ったよ」


 「ありがとうございます!」


 「褒めてない、かも?」


 引き笑いを見せるコゼットに対して、満足そうな勇吹。

 唐突な勇吹なセクハラ発言のせいで、一緒に過ごして何度か経験した微妙な空気が流れようとしたその時、店の外から瓶が割れる音と大きな男の怒鳴り声が聞こえる。

 ガシャン、と何かが割れる音。その後に「なめやがって!」という、怒りで舌の回らなくなった声。


 「な、なんだろぉ……?」


 心配そうな声を漏らすコゼットの肩に勇吹が手を置く、安心してくれと笑顔を見せた。


 「ちょっと見てきます。俺にできることはないかもしれませんが、怖がるコゼットさんの顔は見たくないですから」


 「う、うん……。気をつけて」


 コゼットが少し頬を赤くする。その表情にホッとするような気持ちになった勇吹は、念を押すようにコゼットの頭を二度ほど撫でれば、店の外へと向かうことにした。



              ※



 外に出て最初に勇吹の目に飛び込んできたのは、群がる人の壁。

 勇吹の記憶が正しければ、その壁の先には行きつけになりつつある飲食店だった。大陸の外れから来た人達が店を構えているらしく、そこではラーメンによく似た料理が出るので、たまに食べに行ったりしている。


 (今日は、リデラさんがあそこの手伝いに行っていたよな)


 妙な胸騒ぎを感じて、人混みを両手で掻き分けて、その中心へと突き進む。人の数は多くはないが、進んでいくことで人達の不安そうな声が伝わってくる。

 焦燥感にかきたてられながら、人混みの中心地へ辿りついた。


 「おい!? この店はダークエルフを雇っているっていうのか!?」


 太い男の声に勇吹は顔をしかめた。

 店先に置かれた丸いテーブルに座るのは三人の男達。そして、彼らの視線の先には閉口したままのリデラの姿。彼女の足元には、割れたビンが散乱している。周囲に漂うのはアルコールの匂い。

 一人はよく目立つ大男、外見だけ見れば五十前後に見えるが口の下に生やしたタワシのような髭は彼の年齢を十は多く見せていることは明白だ。そして、その男の両サイドには一回りほど小さな男が二人。三人の体には筋肉が浮かび、布や体の面積よりも銀色の鉄板をいくつも繋ぎ合わせたそれの方が体を覆う。

 三人とも鎧を着ていた。それは、国王の下でこの国を守る”騎士”だった。

 騎士といっても、具体的な権力を持っているわけではない。しかし、武術や馬術を学べる人間と言えば、地方やこの都市の有力者ぐらいだ。どこどこの騎士は、どの村や町を治めている領主、または王族と血の繋がりがあるのではないか。騎士という役職の固定観念が、自然と騎士に頭を垂れるようになってしまっていた。

 騎士達は自分が人から畏れられていることを知っているのか、これ見よがしに集まってきた住人達をじろじろと見渡す。しかし、勇吹の目には男達よりも三人に囲まれているリデラしか映っていなかった。

 彼らの中心である大男が、必要以上にオーバーな動きで机を叩いた。


 「おい、ダークエルフの女ぁ! お前は野蛮人なんだ、気色の悪く薄汚れた闇の住人が、こんなところにいたら飯も不味くなっちまうんだよ!」


 わざとらしく、ぺっぺっと口には何も入っていないのに大男が唾液を吐き出す。

 リデラは下唇を噛めば、足元に転がる瓶を手に持っていたお盆の上に乗せて片付けようとする。


 「――あぁ! リデラちゃん!」


 茶色のエプロンをはためかせて店の奥から駆け寄ってくるのは、この店の店主である男性。名前は、ダニエラ・ボードエーレ。年齢は三十歳。ぽっちゃりとした体格は温厚な性格を体で表現しているようだった。優しげな顔が惹きつけるのだろうか、近隣の子供達と遊んでいる姿もよく見かけられた。

 ダニエラは慌ててリデラの隣で膝を曲げれば、割れた瓶の欠片に手を伸ばす。


 「おい、お前が店主か?」


 さて、手伝おうかと歩き出した勇吹の足が止まる。

 大男が何か不機嫌そうに、店主を見つめていた。


 「ええ、はい……。私が店主でございますが」


 曲げていた膝を伸ばして大男に対して、へっぴり腰で頭を傾ける。

 ダニエラの顔にグッと顔を近づける大男。


 「聞こえてなかったかもしれないから、もう一度言うぞ。――なんで、ここにダークエルフがいるのかと聞いているんだ」


 鼻をつまみたくなるような吐息を吐きかけながら大男が言う。


 「……リデラちゃんのことでしょうか」


 「他に誰がいると言うのだ! このような”穢れた種族”を食事の場に置くなど、どういう神経をしている!」


 さすがのダニエラもムッとした顔をして返事をする。


 「それは差別をなさるということですか。……この周辺に住む者達は、この街の中でも数少ない様々な種族の者達が協力して生活している地域です。この店、”食事処エレクシオン”は、差別をすることを良しとしません」


 「道理で獣臭いと思ったわ。……店主、その発言は、騎士ガントゥ・エイダへ向けての発言か」


 じろりじろりと店内を見回し、相手を威圧するように己の名前を名乗る大男に、ダニエラは熱くなっているのか頬を紅潮させて答える。


 「ええ、騎士だろうが何だろうが、この店で……いえ、私の前での差別は許しません」


 ダニエラの言葉を聞き、ただの野次馬だった人たちは口笛を鳴らして、ダニエラを賞賛する声を投げかけた。

 店内にいた客は拍手を浴びせていた。確かに店の中には、顔は狼の人間やエルフや単眼の女性もいた。中には涙を流している人達もいた。

 ガントゥ以外の二人の兵士は、居場所なさげに目を泳がせている。


 (状況はこっちが有利みたいだな。ここで下手に俺が出て行かない方が吉か)


 リデラにまた愚痴の一つでも言われるのかな、なんてぼんやりと勇吹が考えた瞬間--。


 「――うっ」


 ダニエラがくの字に曲がると地面にうずくまった。代わりに立ち上がったのは、髭を大きく曲げていやらしい顔を浮かべる大男ガントゥ。

 そして、次に聞こえたのは女の悲鳴。その光景を目撃して走り出した人達が三割、残りの七割は何が起きたか分からない様子。しかし、それでも何か良くないことが起きているということは、ここにいる全員がはっきりと理解できた。


 「店長ッ!」


 リデラが血相を変えて、ダニエラの側に近づいた。

 何が起きたか分からない勇吹は、立ち位置を変えてみようと歩き出した。その異変は、三秒も経たない内に気づくことができた。

 ダニエラの足元が水でこぼしたように染みを広げていた。茶色の地面は、黒に赤を付け足したような色に変わっていく。その流れ出る水の発生源は、ダニエラの腹部に深くナイフが突き刺さっていた。

 難しく考えて動けなくなる前に、勇吹もダニエラに駆け寄った。

 

 「リデラさん! ダニエラさん!」


 「勇吹……」


 近づく勇吹の顔を見るリデラの顔には、はっきりと苦しみの色が浮かんでいた。


 「早くどこかで治療させないと! 俺、手伝うよ!」


 リデラの顔に頷きだけで返せば、ダニエラの肩に飛び込んだ。

 左の脇にリデラが回り、右に勇吹。


 「行くぞ、力を入れるぞ。……いっせえの――」


 「――待て、その男をどこに連れて行く」


 「あ?」


 顔を上げてみれば、ガントゥが剣を抜きそれをダニエラへ向けていた。


 「なにしてんだよ、おっさん」


 勇吹が額に冷たい汗をかきながら睨みつける。しかし、勇吹の睨みなど気にした様子もない。


 「たるんだ肉のせいで、刃が届いていないようだ。今からその男を処刑する。その手をどけろ」


 リデラが歯を強く噛み締めた。リデラを代弁するように、勇吹はガントゥへと叫ぶ。


 「ふざけんな! この人を殺していい理由なんてないだろ!?」


 ガントゥは薄く笑う。


 「理由なら、ある。この男は、騎士である私を辱めた。この私を辱めるということは、国を辱めたと同罪だ。反逆罪は重い罪だ、処刑しかありえないだろう」


 「てめぇ……!」


 勇吹は剣を持っていようが関係なく、殴りかかろうとしていた。怒りが限界を超えて、恐怖を完全に殺していた。

 そこで初めて、リデラが口を開いた。


 「――殺せ。お前が最初に怒りを覚えたのは、私のはずだ。私を殺せば済む話だろ!」


 「リデラさん、やめるんだ!」


 リデラの行動を必死に止めようとする勇吹をチラリと見る。


 「……勇吹。お前のことを少し見直したぞ。だが、騎士に関わると、私だけでなくお前やコゼットに危害が及ぶことになる。それだけは、もう嫌なんだ。私の大切な平和を壊してほしくない」


 リデラがダニエラを支えていた腕を抜け、両手を広げて庇うように勇吹とダニエラの前に立つ。


 「ダークエルフにしては、立派な考えじゃないか。それはそうだ。お前を殺せば済む話だったな。――店主の次はお前にしよう」


 その一言を聞いた瞬間、リデラの視線に暗い影が落ちる。これは、どう考えても何かを諦めようとしている人間の顔だった。

 ガントゥは、その手に持った剣を掲げた。そして、刃の先は強く目を閉じるリデラへ向けられた。

 激しい鼓動の中、勇吹は叫ぶ。


 「やめろぉ――!」


 ガントゥの刃は持ち上がり、まっすぐにリデラへと振り落とされる――。

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