第五章 ③ ―抗う人達―
魔導人己ネクロが、剣の雨の中に沈んでいた。
大剣は砕け、その破片も至る所に見られる。そこで完全に活動を停止してしまったように、ネクロはピクリとも動かない。土に埋もれていくつもの剣が突き刺さり寝転がるその姿は、それこそ新たな墓標が作られたようにも見える。
先ほどまでの張り詰めた緊張感もあり、その奇妙な姿になったネクロを刃を交えていた面々が見つめた。
『お前ら……よくも……』
既に操縦者ごと息絶えていてもおかしくない状況で、ガタガタと体を震わせながらネクロが立ち上がろうとする。地面につけていた両手に力を入れて、足で踏ん張るが、無数の剣が体を貫いて地面へと貫通しているせいで満足に動くことも難しいようだった。
『もうここまでだ、降参しろ』
リデラがはっきりと告げる。余計な動きをすれば、完全にトドメを刺す、そう告げるように脇からは既にいくつかの剣を出現させていた。すなわち、すぐにでも発射できる体勢だった。
ソウマはネクロに意識がないことに気づき、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。既に勝敗は決し、戦闘することが不可能なソウマには戦う術はない。
その光景を見ていた虹星も、ようやくやってきた勝利の瞬間にほっと息を吐いた。――その時。
「ひひっ」
老人の笑い声が聞こえた。
いつの間にそこにいたのか、薄汚れた格好をした痩せこけた老人がネクロの足元に立っていた。
『何をしているの、そこから離れなさい! 危険よ!』
近所の老人が迷い込んできたのかと思った虹星は、慌てた様子で声をかける。しかし、老人は周囲の反応すら楽しむように、いやいやと首を横に振った。
「死ぬことも結構です。魔導師様、大丈夫ですよ。――だって、この魔導書ネクロは私が作ったのですから」
自分の顎を撫でながら、ネクロを見る。
虹星はその発言に言葉を失い、リデラは老人に問いかける。
『お前が一連の騒ぎの原因だというのか!?』
「ええ、そうです」
虹星も言葉を続けた。
『まさか、一人でやっていたの……』
「ええ、一人です。まあ、ガントゥを操ったり行動を円滑するために、”ある組織”なんて言葉を使いはしましたが、結局のところは中心で動いていたのは私一人です」
魔導人己二機に囲まれているというのに、それがどうしたと言わんばかりに淡々と返答する老人。
動揺する一同を無視して、老人はネクロに手を置く。
「おおおお、こんなに傷ついてしまって……かわいそうになぁ。すぐに治療してやるから安心しろよ」
『博士か……。早くどうにかしろ』
気だるそうにソウマは言う。
「まあ落ち着きなさい、こういう時のための準備はしている。……ネクロの真の力を呼び覚ますためにな」
『早くしろ』
全身を駆け巡ったような嫌な予感を感じた虹星とリデラは、ほぼ同時に操縦桿を傾けていた。
二機の魔導人己が地響きと共にネクロの元に駆けて行く。
「――」
老人がネクロの機体に顔を寄せれば、何か聞き取れない言葉をボソボソと呟いた。――そして、暗闇をぶちまけたような黒い発光と衝撃が周囲を襲った。
原因となったのはネクロを中心に、接近していたシュナイトとリーシャの体を浮かせ、宙を上がり地面に叩きつけた。
『ぐぅ!?』
『きゃぁ!?』
虹星とリデラの悲鳴を耳にソウマは、ゆっくりとネクロの体を起こした。立ち上がれば、追い討ちのように激しい突風がシュナイトとリーシャを浮かせた。
自分に突き刺さっていた剣を砕き弾き飛ばし粉に変えながら、ネクロはその体を二本の足で立ち上がらせた。貫通した刃のせいで、穴だらけだった機体が修復し、めまぐるしい速度で元の無傷な姿を取り戻していく。しかし、変化はそれだけではない。機体から吹き出した黒い炎の形をした魔力が、全身から放出されていた。それは、非情に禍々しい姿で悪魔を思わせる恐ろしい姿をしていた。
巨大な黒炎が空を裂き、空高く上昇していく。二本の柱が夜の闇をさらに色濃くしていった。
『おおおおおおおおぉぉぉ――!!!』
次いで、ソウマの咆哮。
全身に泥を浴び、口に入り目を潰されてなお老人はネクロに手を伸ばし求めた。
「おお、ネクロ。私の最高傑作、私の嗜好の宝! とうとう、辿り着いたのだ! ここまで! 王よ、国よ、大陸よ、世界よ! お前らが捨てた我の研究成果をこの目に焼き付けて、ひれ伏して許しを乞え! 私の終わりが世界の終わりなのだ――!!!」
墓地はめくれ上がり、ネクロの下方向には発生した魔力の強大さに地面が陥没した。そして、ネクロの足元に立っていた魔力の重圧を受けて圧迫し、跡形を残すこともなく粉砕した。そんな老人の姿に目を向けることもなく、ネクロはそっとそこに降り立つ。
人間が共有できる以上の魔力を受けたソウマは放心状態の中、強大な魔力が記憶を刺激した。そうやって、闇の中からそっと潜り込むようにソウマの封印し改ざんしていた記憶が心の中に忍び込んできた。
『思い出した……僕は……あぁぁ……! そうかそうかそうかそうかそうかそうか、そういうことだったのか!? だから、僕は腕がなくて、愛した人がいなくて、イブキを殺したくて、壊したくてうあああああぁぁぁぁ!!!』
ソウマの荒々しい感情の波を形にしたような、実体を持った爆発的な魔力。
壁に叩きつけられた虹星とリデラは、互いの魔導人己の中で世界の終わりでも見るようにネクロの姿を見ていた。すなわち、今までにない絶望がそこにはあった。
『あんなバケモノ、どうしろっていうのよ……』
魔力を持たない虹星でも理解していた。
魔力というのは、目に見えることができないのがこの世界での在り方だ。言ってしまえば、便利な空気みたいなもの。しかし、そんな無限にも供給できるエネルギーの塊が実体を持ち、事実破壊活動を行っている。既に、これだけで今のネクロの存在が桁外れといた。
リデラは歯を食いしばり、リーシャに対しての謝罪と共に魔導人己を立ち上がらせる。
『まだ、諦めるな虹星。……私達が諦めたら、もう終わりなんだ! 動き抗え!』
リデラの鼓舞する声を聞き、虹星も片腕を失い、頭の外れかかったシュナイトを立ち上がらせる。
「……ごめん、シュナイト。もう少しやってみよ」
『おう!!!』
虹星はシュナイトに誓う。もしここで彼が壊されてしまうなら、運命を共にしよう。そう心に決めた。
満身創痍の機体が二機、戦闘態勢をとる。細身の剣をシュナイトが構え、頭部を半壊させたリーシャが剣を放つ準備をする。
「――そこまでにしろ、ソウマ!」
五秒後には死ぬかもしれない状況で、予期せぬ来訪者の声が響いた。
リデラと虹星は、目を見開いてありえないはずの声が聞こえた場所を見た。――そこには、顔や腕に包帯を巻いた痛々しい姿の勇吹がいた。しかし、そこにゼナイダの姿はなく、一人生身でそこに立つ。
『勇吹!? どうして、こんなところにきたの!?』
虹星の声を気づかないかのように歩き出す勇吹。正確には、声が聞こえはしても反応する余裕がなかった。痛む体に鞭を打ち、魔力を放出する悪鬼と化したネクロに歩む寄る勇吹。
「俺は、お前を止めにきた。……前の世界の因縁をここで終わらせようぜ」
額に脂汗を流し、勇吹をソウマを見据えた。
ネクロは勇吹の姿を見て、頭を押さえ、苦しむようにガチガチと機体を揺らす。
『イ、イ、イブキィィィィィ!!!』
悲鳴にも似たソウマの声と共に一段と激しく、ネクロの魔力の翼が弾けた。