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第五章 ① ―悲しみを背負い―

 「――どうしてこんなことになった!?」


 リデラの自分を責める声が病院に響く。

 そこは病室。薄い白色の壁に、魔導具によって照らされた淡いオレンジの照明。小さな小窓から覗く都市の景色は、木々によって遮られ、賑わう商店の近くから距離が離れているのだと分かる。

 この病院は国立のもので、場所によっては城が間近に見える。そのため、多くの貴族や騎士が利用をしていた。イレシオン王としては、民衆にも開放しているつもりだが、場所が場所だけに自然とそういう役柄の人間が利用者の大変となっている。

 それほど患者の多くない病院の廊下までリデラの声は響いた。しかし、レイラ、虹星、シュナイト。三人は、それに返事することはできない。ただ、沈痛な面持ちで視線を下げていた。

 その病室のベッドに眠るのは、二人。勇吹とゼナイダだ。

 傷ついた勇吹の顔や腕には、体を固定でもするように包帯が巻かれている。ただの包帯ではなく、魔力の内包されたもので傷口を治癒することに効果を発揮するため時間の経過と共に目立つ外傷はなくなるはずだ。そして、ゼナイダには傷はないものの、レイラの作った魔力供給の液体を点滴パックのように流し込まれている。


 「私が、もう少し気をつけていれば……」


 虹星が呟いてみるが、その一言でさえも嫌というほどそこにいた全員が考えていたことだ。

 勇吹を連れてカモミールまで帰ってきた一行は、その惨状を見て愕然とした。

 二階の一箇所が大きくひしゃげ、下の階から引火したのか火が上がり、それを近所に住む人達が大急ぎで鎮火しているところだった。息のあった連携のバケツリレーのおかげで完全に火を消し終わった直後に虹星達は現れた。

 誰かと会話をするよりも早く体の動いたリデラは、煙を吸ったことで意識を失っていたリーシャを救出し、今はこの状況の原因を知るためにリーシャの回復するのを待っているところだった。しかし、カモミールの近くに住んでいた人間達の話を聞けば、翼を生やした魔導人己を見たという情報を聞いた。自分達に縁のある魔導人己は、極少数。それが翼を持っていたとなると、一体しか思いつかない。

 リデラは勇吹の眠るベッドに歩み寄れば、両手でシーツを握り締めた。


 「すまない……私にもっと力があれば……。お前達どころか、コゼットまで奪われるなんて……どうして、私は……!」


 リデラは足に力が入らなくなったのか、そのままベッドにもたれかかるようにその場に両膝をつく。シーツに押し付けた顔は、泣いているのだろうか表情は窺えない。しかし、その顔はいつでも揺ぎ無い強さを持つリデラがするとは思えない顔をしているだろう。

 身近なコゼットを失い、心を寄せていた勇吹を目の前で傷つけられ、家族のように可愛がっていたゼナイダも眠りの中。

 そこにいた全員が当人でありながら、己の無力さに嘆いていた。

 虹星はリデラの肩に手を置いた。


 「今、騎士達や兵士達に頼んでソウマの居場所を探してもらっているから。きっと、コゼットの居場所を見つけられる」


 「アイツだけは、絶対に許さない……」


 「私も同じ。……レイラさん」


 リデラに言いながら、虹星はレイラに顔を向ける。ただ黙ってその姿を見ていたレイラは、虹星に視線を送る。


 「お金ならいくらでも払います。一応、魔導師なんでお礼ぐらいはできます。……だから、どうか力を貸してください。私はレイラさんとは短い付き合いですけど、それでも……貴女の力に頼るしかありません。今、頼りにできるものは、全て頼らないと奴には勝てない。不躾ですいません……でも、どうかお願いします」


 左右の指を真っ直ぐに立て、太腿のところに置き、深く頭を下げる虹星。

 決死の覚悟、そんな言葉がレイラの頭に浮かぶ。ここまで来る間、虹星という少女は何を考えていたかは知らないが、これだけの鋭い空気は十代半ば程度の少女が出せるものではなかった。

 レイラは頭を下げる虹星を見て溜め息を吐く。


 「コゼットちゃんは親の代から私のお得意様だし、イブキは私の弟子だ。それに、リーシャはつい数時間ばかりに助けた患者だ。私にも戦う理由はある、見くびらないでもらおうか。……ただ、今の君はもう少し冷静になれ。……人でも殺したいのか?」


 「人殺しなんて……。私はただ、アイツが憎いだけです」


 虹星は顔を上げない。きっと、その顔は憎悪に満ちた表情をしているのだろうとレイラには用意に想像できた。


 「君がそういうなら、そうかもしれない。しかし、人殺しと戦士の戦いは結果が目に見えているぞ。戦うために刃を抜く奴と殺すために刃を抜く奴は、そもそも存在が違う。その二つが、同じ戦場に立とうとする時点で間違いなんだよ」


 「あ、あの!」


 今まで黙っていたシュナイトが虹星の横に立ち、慌てた動作で頭を下げる。その姿をレイラはじろりと見つめた。


 「病院では静かにしろ。魔導書でも、それぐらいの人間の常識は通用するだろ」


 腕を組みながら、レイラがそう言えば、シュナイトは申し訳なさそうに体を小さくさせた。


 「す! すいません! あ、すいません……。マ、マスターは、人とか殺しません。傷ついた人がいれば、自分よりもその人達を全力で助ける人です。泣いている子供がいれば、泣き止むまで側にいることができる人です。自分に誇りを持っていて、その誇りを誰かを守るために使える人です。……俺、魔導書ていっても結構バカな方で難しいことは分かりません。目の前の敵は全力で倒すぐらいのことしか考えてないと思います。でも、そんな俺をマスターは受け入れてくれました。そして、戦うことしかできない俺を操ってくれています。うまくは言えないのですけど、マスターはそういう危険な力を操ることができる人なんです。人を殺したくなる気持ちだって、きっと制御することができます。それに……」


 「それに?」


 下げていた頭をシュナイトは上げる。腰は曲げたままで、顔だけしっかりとレイラを見つめる。その目は真っ直ぐで戦うために生まれたものとは思えないほど、子供のような輝きがあるように見えた。


 「マスターには俺がいます。マスターが俺を操縦してくれるなら、俺がマスターを制御します。本当にマスターが人を殺してしまいそうな時は、俺がマスターを全力で止めます! この命に代えて、マスターの生きる道を守ります!」


 レイラはしばらくシュナイトを視線を交差すれば、観念したように溜め息をつく。


 「まったく、病院では静かにしろと言ったばかりじゃないか……。さっきから、マスターマスターて何度もやかましいよ」


 レイラの迷惑そうな言葉を聞き、うなだれるように頭を垂れるシュナイト。しかし、レイラは「でもまあ」と言葉を続けた。


 「シュナイト、お前がそこまで言うなら信じてやってもいいさ。頼むよ、虹星ちゃんの人生はアンタが守ってやるんだ。自分がその子のおかげで生きていると思うなら、必死に恩返ししてやんな」


 「はい、ありがとうございます」


 シュナイトは意識して静かに、はっきりとレイラに返事を返した。

 満足そうにレイラが言えば、頭を下げたまま顔を上げない虹星の頭に二度ほどぽんぽんと手を置いた。

 

 「いい魔導書と契約したじゃないか、大事にするんだよ」


 「はい……」


 隣に立つシュナイトは自慢気に鼻ののてっぺんを掻いていた。シュナイトには分かっていないようだが、虹星は真っ直ぐなシュナイトの気持ちに救われて、下唇を噛んで泣くのを堪えていた。

 それでも、空気はまだ重く。本当に明るくなるのは、やはり目の前の二人の笑顔が見れる時になるのだろうとレイラがイブキに視線を送った。ちょうど、その時。


 「はい?」


 二度ほどノックの音が部屋に届く。

 レイラの声を聞き、ドアノブが慎重にぐるりと回れば、そこに立つのはリーシャ。どこか申し訳なさそうに、廊下からこちらを見ている。


 「おお、元気になったか? ……どうした、早く入っておいで」


 リーシャは「にゃぁ」と悲しげな声を漏らせば、おそるおそる入室をする。

 虹星は目を擦りながら顔を上げる。そこにいるリーシャの動きには、何かためらいが見えた。


 「これ、私が言えることじゃないかもしれないけど……リーシャ。コゼットのことは、貴女のせいじゃない。だから、教えて。コゼットが連れ攫われた時のことを」


 心を見透かされたような虹星の発言に、リーシャははっと顔を上げた。そのまま、我慢していたものが崩れていったようで、表情をくしゃくしゃと泣き顔に変えていく。


 「わ、私……コゼットが目の前でいなくなるのに、何もできなくて……。でも、コゼットは最後にみんなに……助けてって言ったの……それをみんなに伝えてって……みんなを……信じているって……」


 必死に言葉を紡ぐリーシャの声を、そこにいる全員が最後まで黙って聞いた。そして、虹星はリーシャをそっと抱きしめた。


 「ありがとう、怖い思いしたね。……コゼットを連れ去った魔導人己がどこに飛んで行ったのか分かる?」


 「うん、最後に街外れの墓場で待つって大きな声で言ってたにゃ……」


 「そう、墓場ね」


 その内、リーシャは虹星の胸元で小さく泣き出す。

 どうやら、ソウマはあえて情報を教えたのだろう。リーシャへ向けてなのか、それとも周辺に住む人間達に対してなのかは分からない。しかし、ソウマはきっとそこで待っている。

 虹星はリーシャの背中を撫でながら、声を発する。


 「アイツの狙いはイブキ。たぶん、私もその標的に入ったみたいね。コゼットが心配だから、すぐにでも助けに行くわ。あんな男の近くにいつまでも置いておけない」


 レイラは虹星の顔を見て、しっかりと頷いた。


 「無理はしないでくれよ。シュナイトは、まともに動くことはできないのだろう」


 「それでも、やらないといけません。……きっと、勇吹もそうするから」


 虹星はそっとリーシャの体を離せば、リデラにその顔を向けた。

 「他のみんなを頼む」そういう意味の表情にリデラは、ただ悔しげに顔を逸らして、すぐに前を向ければ頷いた。


 「……私は無力だ」


 レイラが先に扉の方に向かって歩き出す。それを追いかけるように、虹星も進み出す。リデラの隣を通り過ぎる直前に、虹星は顔をリデラに向けた。


 「守ってほしい人達の隣にリデラがいるだけで、私達は凄く安心するの。……リデラにもその気持ちが分かるでしょう」


 リデラからの返事はない。ただ、悔しそうに視線を逸らしただけだった。そのまま、虹星は歩き出した。

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