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第四章 ⑥ ―壊される平穏―   

 傷ついたゼナイダを連れたレイラ、虹星、リデラは、二体の魔導人己の駆動音と共に荒野を駆ける。

 既に陽は暮れ、しばらくは必然的に暗闇を進むことになる。遠出のために準備に準備を重ねたレイラが、魔導人己も扱えるほどの大きなランプも持ってきていた。虹星よりもこの辺りの地位に詳しいというレイラの言葉を信じて、ニールの背中を追うシュナイト。

 ニールを先頭に、ゼナイダを抱え片足を損傷したシュナイトが出せる限界の速度を維持する。そして、ある程度一定のスピードになってきかと思った時、重たい沈黙の中で虹星が口を開いた。勇吹とゼナイダが心配で落ち着かない気持ちを、会話で誤魔化そうというそれも虹星らしくない発想だった。しかし、それは不安定な気持ちを表していた。


 『レイラさん、さっきは助けていただきありがとうございました』


 焦りの表情を浮かべて、レイラは首を横に振る。


 『カモミールに到着してリーシャとやらの治療を行って……あまりに遅いから心配だというコゼットに頼まれた。その時はさ、心配し過ぎかと思いながら持ってきていた武器を装備して来てみれば、ぶっ倒れた魔導書と狼狽するリデラを見た時は驚いたよ。……まあでも、私は助けられてないよ……』


 リデラや虹星の抱える後悔の気持ちはレイラも一緒のようで、喋るごとにその言葉は小さく弱いものになる。

 自分の発言に気づき、レイラは表情に影を落とす。


 『すまない、意地の悪いことを言ってしまった……』


 誰でも状況は一緒だった。抗うことのできなかった現実を、再び突きつけるような発言をしたことにレイラは年長者として恥じた。

 

 『いいえ、こちらこそ気を遣わせてすいません……』


 虹星は自分は何を言っているのだろう、と自分で話しかけて、そしてまた気持ちを暗くさせた。虹星は、自責の念にかられ、視線をシュナイトの腕の中のゼナイダへ向ける。

 大剣での傷痕のはずが、強引に両手でこじ開けられたような損傷の仕方にソウマの憎しみの強さが窺えた。じっとしていることのできないリデラが、ゼナイダの傷口の中に飛び込んで勇吹の名前を何度も呼ぶがそれに反応する声はない。それでも、何度も勇吹を呼ぶ声が耳に届く。


 『……ただ、悪い話ばかりではない』


 レイラがポツリと呟く、絶望的な状況で振り出した雨のように話し出す。


 『リーシャと呼ばれる少女のことだが、魔力切れを起こした魔導具と一緒の状況だったので、体内に魔力を送りこむ薬を投与したら無事に目を覚ましたのさ。もともと、ゼナイダのために用意したものだったが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ』

  

 『そうなんですか、リーシャが……良かった……』


 励ますように明るく話すレイラの声を耳に虹星は、嬉しい気持ち半分でどこか心ここにあらずという感じで返事をする。

 虹星の様子を察したらレイラが、捕捉するように言葉を続けた。


 『今は辛いかもしれないが、絶望的だったリーシャが目を覚ました。それは、奇跡的なことだ。きっと、絶望は変えられる。リーシャ一人なら、奇跡は起こせなしイブキ一人なら、奇跡は起こせないかもしれない。今、傷ついたイブキやゼナイダの近くには私達がいる。必ずなんとかなる、ならない未来の可能性なんてなくなる奇跡を起こしてやろう。コイツに悲劇なんて、立派なものは似合わないさ』


 レイラの言葉を虹星は黙って聞いていた。

 同じく辛いはずのレイラの気遣いが優し過ぎて、そんな彼女に気を遣わせてしまったことで自分の惨めさと無力さが改めて感じる虹星。しかし、レイラの優しさを受けて、それをマイナスに受け止めるのは虹星としては失礼な行為に思えた。そのため、虹星はレイラの言葉を背中を押すための発言として全力で受け入れる。

 操縦席の中、誰も見ていない空間で虹星は力強く頷いた。


 『はい! 自分達がどれだけ心配させたのか教えてあげますよ!』


 少しだけ強引に軽くした雰囲気の中、二体の魔導人己は先を急いだ。



               ※



 場所は代わり、そこは何でも屋カモミール。

 コゼットは店内をウロウロ、居間をウロウロ、一通り歩き回れば部屋で横になってみたりベッドに座ってみたり。五人のことが心配でしょうがないコゼットは、落ち着かない様子で我が家を動き回っていた。

 食事の用意も済んだし、掃除するところもない、お金の計算も終えた。それに、目覚めたリーシャはまた眠っている。せめて、何かで気を紛らわすことができればいいのに、とコゼットは再びやってきた玄関口である店内から外を眺める。

 今日は星も見えない、月をも隠す雲が長々と空を支配していた。自然と心の中がザワつくような空の色に、コゼットの不安は余計に増していく。


 「みんな、早く帰ってこーい。……こんなに寂しいのは久しぶりだよぉ」


 会計用の棚に頬杖をつき、グレーの地面から続く暗闇を見つめた。そこで、何かが動いたような気がして、道の先に目を凝らす。

 影が動く、数は二つ。大きな人影と小さな人影。

 その姿が、勇吹とゼナイダに重なったコゼットは引き寄せられたようにその影へ向かって店を飛び出した。

 近づけば近づくほどに、その姿は別のものに変わっていく。


 「こんばんは、お嬢さん」


 「おこんばんはー」


 向かってきたコゼットに笑いかけるのは、一人の少年と一人の少女。――ソウマとネクロだった。

 

 「あ……すいません……。知り合いとよく似ていて、勘違いしてしまって……」


 嬉しそうな顔をしていたであろう自分が恥ずかしくなり、顔を赤くしてコゼットは申し訳なさそうに頭を小さく下げた。

 小さな頭をさらに小さく見せるように立つコゼットに、ソウマは笑いかける。


 「いいんですよ、気にしないでください。どなたかお探しですか? もしかしたら、僕が知っているかもしれませんよ」


 親切そうな笑顔を見たコゼットは、本来持っていた人を信頼しやすい性格も影響してついその名前を口にしてしまう。


 「えと、うちのお店で働いてる、イブキさんとリデラちゃん……て、言っても分からないですよね」


 小さく舌を出して笑うコゼットを見て、ソウマは目を細めるだけだった笑顔をしていたが、さらに口を深く歪めてその笑顔を濃いものにさせる。ソウマの表情に、違和感を感じたコゼットは首を傾げた。


 「いいや、そんなことありませんよ。――だって、今さっき僕が倒してきたのですから」


 ぎょっと驚きの表情でコゼットはソウマの顔を見る。しかし、相変わらずその顔はニコニコの笑みを作る。隣のネクロは、ニタニタとこの会話を楽しむような表情を見せていた。


 「あ、えと……じょ、冗談ですか……」


 ソウマの笑顔を不気味に思い半歩後ずさり、苦笑いを見せるコゼット。

 

 「冗談といえば冗談かもしれないな。もしかしたら、勇吹は……死んでいるかもしれないし」


 「う、嘘でも、そんなこと言わないでくださいっ」


 「嘘だなんて、酷いな。こう見えても一生懸命頑張ってきたのに……。だけど、僕はあれであの男が終わったなんて思えないのさ。……だから、僕はここにいるのだけどね」


 頭を抱えて体を揺らしてソウマが笑う。そして、指と髪の毛の隙間から見え隠れする濁った目がコゼットの顔を捉えた。

 コゼットは直感的に恐怖を感じ、背中を向けて走り出す。


 「どこ行くのさ!」


 後ろからソウマの声が聞こえたが、それを無視してカモミールに飛び込めば鍵をかけて、店内のカーテンを閉める。


 「あの人、こわい……」


 カーテンを握り、小さく震えてる自分の両手に気づく。カモミールに向かう足音、それはあの二人のものだろう。軽い音と重い音。恐怖で動こうとしなかった体が、この危機的状況により再び肉体に力が入れば、コゼットは一度大きく深呼吸をして二階へ向かう。

 向かったのは自分の部屋ではない。リーシャの眠る部屋だ。

 ノックをすることもなく、ベッドの中で静かに寝息を立てるリーシャの両肩を掴んで揺さぶる。


 「リーシャ! リーシャ!!」


 既に一度目を覚ましていたことを知っていたコゼットは、必死にその肩を掴み大きな声で名前を叫ぶ。

 リーシャの瞼がゆっくりと開かれる。目を覚ました時にいたコゼットの顔を見て、口元を緩ませた。


 「んぅ……コゼットだにゃー……――にゃにゃ!?」


 目が開いたことだけを確認して、コゼットはリーシャの上半身を起こした。コゼットはリーシャに視線を合わせる。


 「リーシャちゃん、よく聞いて。今、ここに危ない人がやってきてるの! だから、急いで逃げないといけないんだよ!」


 「あ、あぶない……」


 コゼットの言葉にリーシャは不安そうに表情を暗くする。それを見たコゼットは子供をあやすように、背中に手を回して優しく抱きしめた。


 「大丈夫、もうリーシャちゃんを誰かに傷つけさせる真似はさせないし、悪い人にリーシャを渡すようなことはしないよ。イブキくんやリデラちゃんの分まで、私が守るから。……私がリーシャちゃんを守る」

 

 抱きしめられたリーシャは幸せそうに、コゼットに手を回す。そして、ほろりと一筋の涙を流した。それは、この状況での安堵の涙というよりも、コゼットの言葉がリーシャの心を優しく刺激したからだった。


 「よし、行こう」


 短い抱擁を終えて、コゼットはリーシャに笑いかけた。


 「うん! 私、コゼットについていくにゃー」


 猫のようにコゼットの頬にすり寄れば、その行動に対して頭を撫でて制止する。二人で手を繋ぎ、部屋の外へと向かう。しかし、その刹那――。


 『出ておいでよ、お嬢さん』


 囁くようなものでありながら、店内全てを包んでしまうようなソウマの声が響く。

 一度、何か膜を通して発せられたような声は聞き覚えがある。これは、魔導人己を操縦した人間が発する類のものだ。そして、ガチャガチャとした駆動音。間違いなく、ソウマは魔導人己に乗っていた。

 予期せぬ状況に、コゼットの頬を冷たい汗が流れた。


 「コ、コゼットちゃん……」


 リーシャは自分のことなんて傷ついて構わないと思っていた。しかし、辛そうに思い悩むコゼットの顔を見たくなと強く思った。そんな二人をさらに不安にさせるように、魔導人己ネクロの影が外で蠢く。


 『出ておいでよ、出てこないとこのお店ぶっ潰すよ。ここを壊されるのは、嫌じゃないの? 二階から少しずつ見て行こうかな』


 「まっ――!」


 姿を見せていないコゼットの声がソウマに届くことはなく、端の部屋からバリバリと建物を崩す音が聞こえ、二階の廊下に立っていたコゼットの前方に魔導人己ネクロの指が見える。


 「おとうさんと……おかあさんの……お店が……」


 その光景を見ただけで、コゼットは気を失いそうになる。大切に、それこそ姉妹のように思っていたカモミールが容赦なく壊されているのを見たコゼットは飛んでいきそうになる意識を辛うじて保つ。

 隣にいるリーシャがコゼットの手をぎゅっと握る。落ちてしまいそうな意識を何とか繋ぎとめた。


 『どうしちゃった? 部屋どころか階段まで潰されたけど、大丈夫? ……次は隣の部屋と下の階も潰すよ。出てくるだけでいいのさ、簡単なことだろう。出てきたら、ちょっと僕達とお出かけするだけだから、安心して一緒においでよ』


 悪戯でもするように軽い口調のソウマ。事実、ソウマにとっては目の前のカモミールは積み木の家を崩すよりも壊しやすい建物だった。


 「下は、いつもみんなでご飯を食べる場所……みんが帰ってくる場所……」


 ぼそぼそと小さな声を呟きつつコゼットはリーシャをその場に残して、ネクロが壊した部屋へと向かう。


 「リ、リーシャっ」


 コゼットの背中を追うリーシャに対して、コゼットは手の平を見せてその場で止まるように伝える。

 胸に何か突き刺さったような苦しげな表情を浮かべ、コゼットはリーシャに向かって無理をして笑いかける。


 「リーシャちゃん、私はイブキさん達が助けてくれるのを信じてるから。リーシャちゃんには、それを伝えるお仕事があるの。だから、お願い。……みんなに、伝えて――」


 コゼットの流れた汗を追うように、ぽろぽろと涙が溢れ出す。


 「――たすけて、て」


 覚悟を決めたコゼットの背中を追うこともできず、コゼットは涙を拭い、胸を張り、ネクロから見える壊れた部屋へと歩き出した。

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