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第四章 ⑤ ―傷ついた英雄―

 衝撃のぶつかり合いに僅かに押し負けたゼナイダは、空中で反転しつつ地面に着地する。

 勇吹は大剣を構えたネクロに目を向ける。


 『ご主人様、今……イブキって……』


 「ああ、俺も聞こえた。どうして、俺の名前を知っているんだ……」


 ずんずんと重たい音と共に近づくネクロ。その威圧感は大きく凶悪で、その機体の大きさの何倍も大きく見せた。


 『どうした、お前は僕のこと忘れたのか』


 ソウマが勇吹に告げる。しかし、勇吹には思い当たるところはなく、じっとネクロを睨みつける。


 『俺は、お前のことなんて知らない。もしかして、お前……俺と同じ世界から来たのか』


 一呼吸置いて、ソウマは口を開いた。


 『なんだ、記憶を失っているのか? まあいい……そうさ、僕もお前と同じ世界からやってきた』


 その言葉に勇吹の心臓が大きく跳ねた。自分と違う境遇でこっちの世界にやってきたのなら敵対するかもしれない。虹星と再会してから、そんなことを考えていたが、その想像の出来事が今目の前に現れた。

 勇吹は慎重に問いかける。


 『……俺と同じ班の人間なのか?』


 『班? いいや、違うな。だが、僕とお前はあの世界で因縁の関係にある』


 『俺とお前の因縁……?』


 疑問を解決しようと言葉と共にネクロを見た瞬間、ネクロが視界から消えた。下から熱気のようなものを感じ、目を向ければ体制をゼナイダの腰ぐらいまで低くしたネクロが弾丸のように接近していた。息を吸うのも忘れて、勇吹は強く操縦桿を握ることでゼナイダに指示を送る。


 『ああ、因縁だ! 僕は君に愛した人を奪われたのだからね!』


 『なっ――!?』


 迫り来るネクロの一撃を受け止めようと思っていた。しかし、予想外のソウマの言葉を耳にしたせいか、剣で受け止めたはずなのに大きく力負けした剣が大きく跳ねる。がら空きになったその死に体にネクロは剣を這わせる。


 『うあああっ――!』


 ゼナイダの体には、左から右に剣の傷跡が生まれる。同時に襲うのは衝撃、不安定な体勢のままでゼナイダが一度地面に叩きつけられた後に後方で飛んでいく。

 傷ついた体で溺れでもしたように地上でじたばたと手足を動かし、必要以上に体を力を入れて立ち上がろうとするゼナイダ。しかし、操縦者である勇吹の意思とうまく同調できないせいか、手に力を入れようが足に力を込めようとしてもうまく体勢を整えることができない。

 その間も、ネクロはその歩みを止めない。確実にゼナイダとネクロの距離は縮まっていく。


 『ご主人様、何をしているですの! 早く集中するですの!』


 ゼナイダに耳元で大声を出された気持ちになり、慌てて操縦に集中する勇吹。すぐさまそこから体を起こしてネクロと間隔を空ける。


 「す、すまん……。ゼナイダ」


 狼狽する勇吹の顔を見て、ソウマは口元を歪ませた。


 『どうした、何を動揺している。これは真実だ』


 勇吹は動揺を抑えきれない気持ちを隠すこともできずに、ソウマに問いかけた。


 『そんなの……俺は知らない、お前の愛した人とか言われても覚えないんだ! どういうことだ、俺の忘れた記憶に何があった!?』


 『僕と愛した彼女は、添い遂げようとしていた。それなのに、君は僕の邪魔をして……それどころか、彼女の……彼女の……』


 大剣なんて持っていないかのように俊敏な動作でネクロが駆け出した。

 振り落とされる大剣をゼナイダは剣で受け流し対応する。しかし、気持ちの乱された勇吹には確固とした意思のあるソウマの大剣は受け止めるのは困難なものだった。


 『なんなんだよ!? 俺が何をしたっていうんだよ!?』


 再び、勇吹がその剣でソウマの剣を受け流そうとしていた。

 答えを求めた勇吹に向かって、ソウマは言い放った。


 『――僕の愛した人をお前が殺した!』


 『は……?』


 『――ご主人様!』


 気を抜いたつもりはなかった。理解できない考えもしていない言葉と共に、迫り来る大剣がゼナイダの体を貫いた。ゼナイダの背部からは、切れた魔導筋肉から体液を放出し、どくどくと大剣の突き刺さった腹部からは傷の深さを証明するように周囲の装甲はめくれあがっている。

 大剣に引っかかったようにうなだれるゼナイダに、さらに大剣を押し込めば、一度痙攣したように振動したゼナイダは指一本たりとも動かさなくなった。


 『さっすが、ソウマだよねー。でも、私的には、過去の女の話は聞きたくないかも』


 明るい魔導書ネクロの声にソウマは満足そうに目を細めた。

 

 『そう怒らないでくれよ、後から優しく抱きしめてあげるから』


 『へへへ、やさしーくいとしーく抱きしめてくれないとヤだよぉ』


 操縦席の中のソウマは愛しそうに操縦桿にキスをした。

 眼前のゼナイダに目を向ける。その光景を見て、ソウマは肩を揺らし引き笑いを小さくすれば、突き刺さる大剣を抜こうかと空いていた左手をゼナイダの肩に置く。そこである違和感に気づき、その歪んだ口元を閉じた。


 『おい』


 『ですの』


 既に動けないはずのゼナイダの右手が、自分に突き刺さった大剣の刃のに置かれていた。ただ、そこにその手はあるはわけではない。強く力いっぱいに意思表示のように握り締められている。


 『俺の大切な人達は、絶対に傷つけさせない』


 『傷つけたら、許さないですの』


 低くドスの聞いた声で告げる勇吹。ゼナイダもゆっくりとした口調だったが、確実に脅し以上の感情が混ざった強い一言だった。そこでやっと、ゼナイダは力が抜けたのか、右手は脱力して指先は地面へと向かう。

 辺りを静寂が包む。ソウマは、自分が生唾を飲み込んだことに気づいた。ネクロはあまりにも静かな世界で、ソウマの唾を飲み込む音すら聞こえる空間で、場を和ますように口を開いた。


 『な、なんなのかしらね……気持ち悪っ』


 ネクロの言葉に対してもソウマは返事をすることはない。ただ、心臓を掴まれたような嫌な感覚が残るのみだ。

 ここでこの男はトドメを刺さなければいけない。ソウマの頭に自然とそんなこと浮かぶ。


 『ネクロ、この男は危険だ。ここで障害は排除する』


 『うん、賛成……』


 珍しく控えめに言うネクロの声を耳に、ソウマは決着をつけるために大剣を握り締める。その剣でゼナイダを両断するために。

 ゼナイダの亀裂が広がり、そして、悲鳴を上げるように装甲の裂かれる音が響いた――。


 『――その辺でさ、勘弁してくれよ』


 『ちっ――!』


 ソウマは突然の声の主に対応するため、足枷となったゼナイダを強引に大剣から抜けば、そこから地面を蹴り上げて大きく飛び上がった。

 先ほどまでネクロのいた場所に向かってくるのは、遠方から二百キロ以上のスピードで接近する黒い球。そのまま地面に突き刺されば――爆発。

 炎と激しい衝撃が周囲に巻き上がり、土煙の中で小さく地面が振動する。


 『行け、虹星ちゃん!』


 『はい!』


 黒い煙を裂くように、飛び出したのはシュナイト。機体はところどころ損傷し、片足を引きずるように動くようだった。しかし、先ほどよりも回復しているようで動くだけなら支障がない状態だった。

 そのままゼナイダの体を抱きかかえれば、すぐさまそこから後退。シュナイトの持つ高速移動を十分に活用して、後方からやってきた心強い味方――魔導人己ニール。そして、ニールを操縦するレイラのところまで撤退する。


 『よくやった、虹星ちゃん。このまま、ここから離れるよ! リデラは、シュナイトと一緒に!』


 勇吹が戦っている間に連れて来た表情を曇らせたリデラを、シュナイトに託す。


 「ゼ、ゼナイダが……!? おい! イブキ! ゼナイダ!?」


 リデラはシュナイトの肩に飛び移り、首元に掴まれば、力なく抱えられた重傷の魔導人己ゼナイダにうろたえた様子で声をかける。


 『こりゃ酷くやられたもんだ。私は、ここからアイツを牽制しながら離れるから、そっちが先に行ってくれ!』


 『良い判断です、レイラ様』

 

 ニールの右腕には、手首から肩まで使ってを抱えるほど大きな筒状の武器。バズーカ砲を手にしていた。そこには、引き金もあり狙いを定めるための高倍率の照準器が装着されている。しかし、ただのバズーカ砲とは違う。弾薬を補充することはなく、背中にはランドセルのように背負われた背中全部を覆うほどの大きな箱に太いパイプを通して繋がっていた。その箱の中で魔力を生み出し、パイプを通じて砲弾を生成する。その武器の名前を、轟砕爆裂銃ごうわんばくれつじゅうとレイラは名づけていた。

 二発、三発、四発……。動き回るネクロの影へと、砲弾を放ち続ける。

 虹星は離れようとするものの、ゼナイダをここまで追い込んだ危険な相手に対してレイラ一人を残すのは後ろ髪を引かれる思いだった。


 『レイラさん、やっぱり私残って――え?』


 虹星はレイラに声をかけて気づいた。

 先ほどまで騒がしまでに鳴り響いていた爆発音が止んでいた。モクモクと黒い煙が上がる空の中を突っ切るように、人の形をした黒い影が頭上を飛んでいく。それは、ネクロであり、その背中では大きな翼が揺れ動いていた。


 『あの魔導人己、空も飛べるのか……』


 感心したようにレイラが呟けば、翼を生やしたネクロが頭の上を飛び越えていくのを見送った。

 レイラは振り返れば、呆然とする虹星に声をかけた。


 『どうやら、逃げたようだ。……いや、この場合は見逃してもらえた、というのが正しいか』


 レイラがそう言えば、ニールは手にしていた轟砕爆裂銃を背中にかける。背中の魔力貯蔵の箱の隣には銃をかけるための取っ手のようなものが付けられており、そこに銃を引っ掛けた。

 ニールは駆け足で虹星の肩を叩く。


 『行くぞ、早くしないと二人が危険だ!』


 虹星は我に返れば、弾かれたように返事をした。


 『は……はい!』


 各々の不安な気持ちを抱えてシュナイトは傷ついた体を引きずりように、街へと向かって走り出す。

 リデラは悔しさと歯痒さに握り締めた拳から血を流し、虹星は自分の無力さに声を殺して涙を流し、レイラは弟子の心配をしながらも二人の少女の心の救済を望んでいた。


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