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第四章 ⑤ ―シュナイト対ネクロ②―

 幻想無蝕げんそうむしょく。それが、シュナイトの行った攻撃方法の名前だ。

 シュナイトの内なる魔力を外に放ち、移動をしながら魔力を周囲に撒くことで、そこに魔力の残滓を残す。魔力の残滓を反応させるために、シュナイトが再び魔力を放出。蒔いた種に花を咲かすようにして、そこまで準備をして魔力で作られたシュナイトの分身を出現させる。

 分身といえど、存在としては魔力で作られた実体だ。シュナイトからしてみれば、粘土を宙に投げてそれを刃に変えて敵にぶつけているよなもの。しかし、シュナイトにはそこまで繊細な魔力の操作はできない。それを可能にしているのは、虹星という操縦者の存在もある。

 つい数ヶ月前に魔力の存在を知り、魔導書シュナイトを通してそれを操る虹星。しかし、この世界の魔力というのは赤子の内から少しずつ体に染み込ませて慣れていくものであり、いきなり無限にも湧き出るエネルギーを扱うというのは困難だ。しかし、虹星は操縦をしながら魔力を操るという魔力の扱いに慣れた人間でも、大きな負担を必要とする芸当をやってみせているのだ。

 その力は今も発揮され、ネクロの体を傷つけていく。


 『落ち着く暇なんてないわよ!』


 同時に五体のシュナイトがネクロに突進する。真正面から向かってくる五体を、大剣で薙ぎ払う。


  『はああ!』


 虹星の気合の入った呼気と共に、背後から出現した五体のシュナイトの刃がネクロを襲う。すぐさま、大剣を翻して応戦するが、それを全て防ぐことはできない。無数の刃がネクロの体に刃の痕跡を残す。

 ネクロは先程よりも多く傷つき、その度に修復を急いでいるが、それが間に合わないほどの速攻でシュナイトはネクロに刃を突き立てる。端から見れば、シュナイトの圧倒的に優勢。しかし、ネクロを操縦するソウマに焦りの色はない。ただ淡々と、シュナイトの相手をしているという感じである。そして、シュナイトは再びネクロの首元へ向けて刃を放つ。


 『脆弱な女だ』


 無造作に伸ばされたネクロの腕はシュナイトへと貫通し、そのまま霧のように消えていく。

 複数機出現していたシュナイトは、その数を一体に戻して再び大きく後退する。

 シュナイトを操縦する虹星には、しっかりと理解していた。これは優勢に見えるが、確実に自分が押されていっている。

 シュナイトの剣では、ネクロに致命傷を与えることはできない。そのため、いくつもの刃で切り刻んでも、ネクロの脆い部分に当てない限りは勝機が薄い。さらには、致命傷になる攻撃が来たとなれば、ネクロは確実にそれを回避するか反撃をしているので、ネクロにシュナイトの攻撃は届くことはない。

 危険な状況をさらに加速させる事実は、それだけではない。 


 「はぁ……はぁ……。こ、この程度で……」


 操縦席で激しく息を吐くのは虹星。その顔には脂汗が浮かび、命を吸い取られたのかと錯覚してしまうほど、その唇は薄青く、この短時間で目の下にくまを作っていた。


 『マスター……。無理をしてはいけない……!』


 これが状況を加速させる一つの事実だ。

 幻想無触は、虹星にしてみればまだ未完成。そして、シュナイトからしてみれば、使用することが既に自殺行為の技だとも言えた。

 魔力を扱うことのできない虹星には、その得体の知れない力を利用するためにかなりの精神力を削る。しかし、それだけでは補えない魔力というものを、虹星は生命力で補うようにしていたのだ。

 使えば使うほどに、虹星は全身に錘を付けられたように体は重くなり、頭の中から針で突かれたような頭痛を感じ、一瞬でも気を抜けば魔力に必要以上の生命力を持っていかれる。

 そんな体に大きな負担をかける技を使用し続けた虹星の体の限界を迎えようとしていた。


 『なんだ、手品はこれで終わりか』


 ソウマが軽口気味に告げる。

 虹星は、遠くに飛んでしまいそうな意識の中で再び操縦桿を握り締めた。


 『まだまだよ、シュナイト。また力を貸して!』


 『しかし、マスター! これ以上はもう……!』


 強く心配するシュナイトの声に、虹星は操縦桿の力を僅かに緩めてしまう。しかし、目の前に勇吹の背中が浮かんだ。突然、浮かび上がった幻に慌てて首を横に振り、再び意識を集中させる。

 ここで退いてしまえば、勇吹と肩を並べて戦うことができない。絶対に退くわけにはいかない、彼の隣に居続けるためには。


 『ダメよ! コイツは、ここで止めないといけない相手よ! そうしないと、きっと良くないことが起きる。だから……!』


 操縦桿を再び握り締めた力は、さらに強いものになる。


 『マスター――!!!』


 シュナイトの声を耳にして、歯をぐっと噛み締めて、前に進むために前方のネクロを見据えた。


 『幻想無蝕!』


 魔導人己シュナイトは、一気に二十体以上の分身を出現させた。

 一斉に刃を前に突き出して、空か降りしきる矢のようにネクロへ向かって落ちて行く。


 『蜂の巣になりなさい! いっけえええ――!!!』


 虹星の鼻からは鼻血が流れ、その目は赤く充血する。体が、これが彼女の限界なのだと訴えていた。だからこそ、全力で放つ攻撃となる。

 触れられても消えない、分身どころではない、二十の実体として生み出した二十体の魔導人己。それは、魔導書という二十の伝説が一斉に襲い掛かると同じ意味になる。

 ネクロはその大剣を腰の辺りまで持ち上げて、じっと睨むように上空から迫るシュナイトを見上げた。


 『この数は確かに厄介だ。僕も無傷では済まないだろう』


 ソウマは短く呟く。

 タイミングを待っていたかのように、ネクロはその大剣を振るった。


 『え――』


 虹星は驚愕の声を上げた。


 『――でも、この数なら簡単だ』


 二十体も存在したはずの魔導人己の姿はそこにはなく、ただ一体だけとなったシュナイトが細い剣を構えて馬鹿正直に突っ込んでいく構図ができていた。

 そこで虹星は気づく、完全に自分のエネルギー切れだった。

 頭に血が昇り、目の前の敵から目を逸らして、違う光景を見ながら戦っていた。気づかないはずだ、今までもここまでの幻想無触は成功したことがない。そんなものをこのギリギリの状況で成功できるわけなんて、最初から不可能なのだ。そうして、切れ掛かった空っぽのタンクに気づいていたソウマは、その大剣を振るう。


 『ほんっと、おマヌケさん』


 ネクロがクスリと笑い、そう口にした。

 横から大きく動かした大剣は、シュナイトの腹部に触れれば、そのまま数百メートル先の後方へと吹き飛ばされた。

 虹星は意識が落ちて行くその直前、リデラの悲鳴にも近い自分の名前を呼ぶ声を聞いた気がした。自分が動かなければ、彼女を守ることができない。そんな気持ちで抗おうとするが、虹星の意識は暗闇へと落ちて行く――。


 『虹星! シュナイト!』


 聞き覚えのある声に虹星は、僅かに反応する。しかし、それ以上は動くこともできず、そこで完全に意識は停止した。

 地面へと衝突しようとするシュナイトの前に現れたのは、魔導人己の姿となったゼナイダ。地上とシュナイトの間に割って入ったゼナイダは、シュナイトの体をガッシリと掴めば、共に地面を転がっていく。

 既に日は落ち、暗闇でも分かるほどの土煙の中でゼナイダとシュナイトはその動きをようやく止めた。

 ゼナイダはそっとシュナイトを横に寝かせれば、その傷の深さに勇吹は顔を歪めた。シュナイトの腹部がネクロの大剣によって、パックリと切り裂かれている。そのせいか、シュナイトも虹星も意識を失っているようで、魔導人己の姿を解く様子はない。

 

 『どうして、こんなことを……!』


 『安心してくださいなのです、ご主人様。シュナイトからも魔力反応が感じられます。随分と弱っていますが、虹星様が生きていることもシュナイトを通して感じられるのです』


 動揺する勇吹を落ち着けるように、ゼナイダは声をかける。

 湧き上がる激しい衝動をぐっと堪えて、ゼナイダはシュナイトの持っていた剣を手に取る。握っていたはずのその剣は、力を無くしたシュナイトの手元から簡単に離れた。

 剣を握り、前方に突き出すように構える。そして、ゼナイダは大きく足を広げて、こちらを見ていたネクロへと駆け出した。


 『お前が虹星をやったのか――!!!』


 剣を抱え、一気に接近すればネクロを叩き潰すように剣を振り落とすゼナイダ。

 ネクロはその大剣の刃面で受け止めるが、その力の大きさに右手だけで握っていた大剣の受けた側と反対の刃面に手を添えた。


 『やっと、来たな……!』


 ソウマは口元に笑みを浮かべた。

 ゼナイダは、再びそこから離れる。ネクロも体勢を整えるように剣を引く。


 『うるさい! よくも、虹星を!』


 ゼナイダは剣を構えて、荒々しく剣を振り上げる。

 ネクロは飛び掛るゼナイダを迎え撃つために、大剣の柄を両手で握りなおした。


 『俺はお前を待っていたぞ! イブキィ――!』


 ゼナイダとネクロの剣が交錯し、そして、激しい衝撃を発生させた。

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