第四章 ④ ―真の敵―
日が沈む頃には、襲い掛かってきた人間達はリデラと虹星の前に打ちのめされていた。
リデラ、シュナイト共に怪我はなく、むしろその姿には疲れすら感じさせない。虹星は操縦席だけになった魔導人己に刃を突きたて、尋問を行っている。特別な信念とかはなく、虹星の睨んだ通り金だけで集められたその場限りの組織という感じだった。
「まとまりのない組織に、まともな装備もない。魔導師を相手にするにしても、お粗末過ぎる」
リデラは周囲を見回しながら呟く。
自分達を狙った首謀者は、リデラや虹星がどういう存在か理解しているはずだ。ただ、実行犯である彼らの様子を見る限り、ただの女二人に男一人を襲うだけの簡単な仕事だと言われていたのかもしれない。到着してから、全てにおいてキナ臭い。なにより、既に周囲は薄暗く太陽も既に半分山の方に姿を隠している。自然と人を不安させる景色だった。
金属のぶつかる音が聞こえ、その方向に目を向ける。シュナイトは手に持った剣で操縦席を叩いて地に転がしているところだった。シュナイトは相手を黙らせる作業が終わり、魔導人己の姿のまま駆け足でリデラのところまでやってくる。
「なにか分かったか?」
『いいえ、何も分からないわ。どれだけ脅しても、何も知らないみたいよ。仕事の前に前金だけ受け取って本当に命令されたままにやっていたみたいね。彼らは、この時間帯に来るように言われて、ここにやって来る私達を襲うように指示されたみたいなの。……彼らが話に聞いていた人数は、男一人に女が一人。どうやら標的は私達じゃなかったみたいね……』
そこにいた三人の脳裏に浮かぶのは、ゼナイダと勇吹。
街の危機を救った英雄であると同時に魔導師である勇吹。そして、その勇吹の力の源ともいえる魔導書ゼナイダ。どういう経緯であれ、二人は何かの陰謀に巻き込まれて、一度だけだとしてもその謀を打ち砕いているのだ。
考えていなかったわけではない。だが、確かに二人には狙われるだけの理由がある。重苦しい空気がその場を包み、頬を撫でる砂混じりの風が考えを中断させる。
「今はとりあえず、早くカモミールに戻ろう。イブキ達が心配だ。ここから急いで――」
『――なんだ、どうやらハズレが引っかかったようだな』
今までに聞いたことのない若い男の声。同時に影を多く作り出した地面に、さらに一層濃い影が流れていく。影は大きく、それでいてどこか凶悪な様相だ。
シュナイトとリデラは、同時にその方向に目を向ける。そこに立つのは、一体の魔導人己。
虹星は一切目を逸らすことなく、問いかける。
『貴方が、こいつらを使って襲わせたの?』
そいつに翼なんてない。しかし、まるで羽ばたいた翼を折り畳むように優雅な動きで着地した。
虹星とリデラは警戒心を、突然現れた魔導人己――ネクロに向ける。
『じいさんが用意してくれた兵隊達は、全然役に立たないな。……まあゴミがザコの相手をしているようなもんだからか』
ネクロの操縦者であるソウマが、呆れたように声を漏らす。
『おい! 無視してんじゃねえぞ! お前が誰かを傷つけるというなら、俺は容赦はしない! 徹底的に叩き潰してやる!!!』
シュナイトの声が響き、その首がゆっくりと稼動する。手に持っていた大剣を肩に抱えれば、神話の中に出てくる悪魔のような赤い目がシュナイトの姿を捉えた。
『まだそこにいたのか、ザコ共』
魔力を持たない虹星も、目の前の魔導人己の危険性に気づき始めていた。同等の力を持つからこそ、分かる何か。虹星は、目の前の男が魔導書を使っているのだと気づいた。
『リデラ、少し下がってて……。このまま、ここにいたら危険よ』
虹星の言葉を受けたリデラは、その表情を悔しげなものに変える。
「どうしてだ!? 私だって、できることが何かあるはずだ!」
勇吹が戦う時もただ待つだけだった。そして、今回もリデラは自分が無力だということに気づきながらも、虹星に訴えかける。それが、決して叶わぬことだと知りながらもリデラは声を荒げた。
「なにか! 私にだって、力に……!」
『ごめんなさい、これは魔導書を持つ者しか立てない戦場なの。私達のためにも、コゼットや勇吹のためにも……ここは一旦下がりなさい』
リデラに気を遣う口調でありながら、それでいてしっかりと否定する強い口調だった。
それでもなお、言葉を続けようとするが拳を握り締めて、歯を食いしばることでそれ以上先の言葉を飲み込んだ。
「……迷惑かける」
肩を落として、リデラは告げる。駆け足気味に離れていくリデラに虹星は安心しつつ、前方の魔導人己ネクロに意識を集中させる。
『死ぬ順番は決まったか? ――行くよ、ネクロ』
『はい! さっさと破壊しちゃいましょー!』
魔導書ネクロの高い声を合図に自然な動作で膝を曲げる。そのまま、実に余裕のある動きで地面を蹴れば、大剣を持ち上げたネクロが一瞬にしてシュナイトに距離を詰めた。
『はやっ!? こんのぉ――!』
ネクロの重さを感じさせない大剣が、シュナイトの斜め下から胴体を切り裂くために襲いかかる。すぐさま、シュナイトは手にしていた剣でその大きな刃を受け止める。
『やだなにこれ、軽い』
魔導書ネクロは小さく笑う。
受け止めたはずのシュナイトの体は、突風にでも煽られらように体が高く浮き上がる。そのまま攻撃は止むこともなく、ネクロは振り切った大剣を、ギロチンでも落とすかのようにシュナイトの頭部へと向ける。
『根性みせなさい、シュナイトッ!』
『おうよ!!!』
無防備になりかけていた体を強引に力を入れ、持ち上がっていた剣を引くことで防御を優先させた。ぶ厚い刃を受けたことで、シュナイトはそのまま肩膝をつく体勢になる。しかし、ネクロの刃がシュナイトの首を切り落とすこともなく、大剣をシュナイトは華奢な剣で受け止め続ける。
『地べたに膝を付け、耐えるだけか。……弱いな、ゴミか?』
試すようにネクロの刃はさらに重みを増し、シュナイトの体に負担をかける。
『アンタのそれ、魔導書よね!? もしかして、アンタも異世界から来たの!?』
『なに……』
その時、虹星は僅かにネクロの力が緩んだことを見逃すことはなかった。シュナイトは、大剣から這い出すように地面を転がる。体勢を低くしながら、相手を威嚇するようにシュナイトはネクロへ剣を構えた。
『その声、どこかで聞いたこがあると思ったが……やはりあの時の女か。まさか、生きているとはな……』
『生きてる? あの時? ねえ、何のこと言っているの!? ……もしかして、元の世界でのこと何か知っているの?』
『僕の名前はソウマだ。勇吹だけを殺せばいいと思ったが、もう一人殺すべき相手が増えた……。今日はどうやらいい日になりそうだよ、ネクロ』
『うん、ソウマが嬉しそうでネクロもうれしいよ!』
『ありがとう、ネクロ』
虹星は疑問だらけだったことが少しずつ解き明かされていくのを感じた。会話から分かるのは、奴の名前であるソウマ。そして、魔導書使いであるということ。
この嘘の依頼を用意したのは、ソウマで間違いないはずだ。同時に、虹星と勇吹は元の世界でソウマと因縁がある。しかし、命を狙われるほどに恨まれた二人にはその記憶がない。
虹星は思考していた脳を目の前の光景に向ける。操縦桿に触れていると、シュナイトの不安な気持ちが伝わってきていた。
『シュナイト、こいつはどうやらまともじゃない。……会話をするにしても、一度黙らせる必要がありそうね。だから、お願い力を貸して、必要なのよ。貴方の力が』
直接心に息を吹きかけるように優しく語り掛ける虹星。その瞬間、小さくなろうとしていたシュナイトの心に熱い炎が灯る。
『うおおおおぉぉ――!!! マスタアアァァァ――!!!』
シュナイトは期待されればされるほど、やる気を出す性格だ。しかし、普段から良く言ってばかりいると、叫んでばかりいるのでうるさくて仕方ないのだ。そのため、たまに本気で頑張る時に、シュナイトのやる気スイッチを押すことで本来の能力を発揮することができる。
二つの目がカッと黄色の輝きを発光させた。
『さっきから、イチャイチャイチャイチャ……。そういう露骨な奴は、一番ムカつくのよ! アンタのやるべきことは二つ! 一つは私に知っていることを全て教えること、もう一つは――ボッコボッコのグッチャグッチャになることよ!』
弾かれたようにシュナイトが飛び出した。距離もそれほど離れてないので、操縦する虹星も驚くほどの高速移動でネクロの懐に飛び込む。どこまでも素早く、回転する竜巻のように触れれば弾けてしまうほどの速度でネクロに接近すれば、シュナイトは剣を肩の辺り持ち上げて寝かせて構えていた。
勢いのままにシュナイトが高速の刃を横に振るう。
『さっきから騒がしいな、ネクロの声が聞こえないじゃないか』
――キィン。と、鼓膜を震わせる金属音が響き渡り、激しい衝撃で地面が揺れる。
余裕のあるソウマの声に腹を立てる虹星。
『あら、ごめんなさい。その耳を引きちぎって、よく聞こえる場所に置いてやるわよ! 覚悟しなさい!』
大剣を盾のように正面に向けたネクロ。シュナイトはネクロの大き過ぎる刃を蹴り上げ、そのまま高く飛び上がる。そして、着地と同時に剣を振り落とせば、大剣を片手で持ち上げて横にずらしてネクロによって再び塞がれる。
ネクロはシュナイトの顔、正確には操縦席の虹星へ向かい怒りで震える声を漏らす。
『じゃあ、私は貴女の口をちぎって、その汚い口を喋れないようにしてあげる』
ネクロの言葉を叩き壊すように声を荒げるのは、魔導書シュナイト。
『させるかあ!!! マスターは絶対に傷つけさせん!!!』
二撃目の失敗に虹星が舌打ちをすれば、宙で反転をして地上に着地する。そして、再び二機の魔導人己は交錯した――。