第四章 ③ ―罠―
馬車から降りたリデラ、虹星、シュナイト。見渡す限りの田畑、もしくは点在する牛や羊といった家畜をイメージしていた三者。しかし、そこに広がる光景は、ただただ寂しい草一つ生えない荒野。
目に付くところといえば、小さな崖が荒野を作った後に付け足したように存在するぐらいだ。その小さな崖達も落ちたら怪我はするだろうが、命を奪うことはない高さで特別語るようなものではない。だが、ここを説明するための特徴を挙げるにしても、もうこれぐらいしかないのだ。
何もない場所に立たされた三人。とりあえず、馬車は先に返したが、三人とも頭の中に既に嫌な未来の予想ができていた。
「この辺りのはずだが、人っ子一人いないな……」
依頼状を開いたリデラは、反対にしてみたり斜めに読んでみたりしてみたが、そこにはそれ以上のことなんて書かれていない。
「リデラ」
虹星に名前を呼ばれ、リデラの肩が揺れる。まさか、自分が間違えたのだろうかと心配になりつつリデラは虹星に顔を向けた。しかし、虹星に完全に顔を向ける前にその視線は周囲へと動いていく。
「……どうやら、最初から依頼主はいなかったみたいだな」
「ええ、妙な感じがしてついてきてみたけど……。嫌な予感ほど、よく当たるわね」
十数名の男達が手に剣や斧や槍を持ち、三人を中心にぐるりと囲んでいた。巨大な石を何度も地面に打ちつけるような音が彼らの背後から聞こえたかと思えば、彼らの後方から数機の魔導人己が現れる。
シュナイトと虹星は既に戦闘態勢ができているようで、二人は体を寄せてすぐにでも動ける状態をしていた。
リデラも明らかに敵意を感じさせる存在の出現に、硬い地面の上で足を滑らせて片足を後方に引く。
「お前らは何者なんだッ!!!」
他人の悪意というものが心の底から嫌いなのだろう。シュナイトは、虹星が口にするよりも早く大声を出す。しかし、男達はシュナイトの問いかけを耳にしても、それに反応することなく地面を駆け出す。彼らの足が向かう先は、囲まれた立場の三人だ。
「人の話を聞けぇ!!!」
怒声混じりに声を荒げるシュナイトのことなんて眼中にもないようで、下げていた刃先は頭の上に持ち上がっている。
「シュナイト、どうせ何を言っても一緒よ! こいつら、薙ぎ倒すわよ」
「くっそぉ! やってやるぜぇ――!」
シュナイトの体から淡い光が溢れ、それが少しずつ大きくなっていき、薄暗くなりつつある荒野に光を照らす。
「「覚醒!」」
虹星とシュナイトの声が重なる。シュナイトから溢れていた光は、十数メートルの高さに膨れ上がれば、その姿は魔導人己へと変化する。
全身青色。戦国武将の鎧のような、三角型の頭部に輝く二つの目。両肩には平らな装甲版が装着され、両足にも足の付根から脛の辺りまで形取った装甲が覆う。シンプルな外見のゼナイダや、ゴテゴテとした外見のリーシャとは違い、非常にバランスのとれた姿をしていた。
シュナイトは腰の鞘に入れられた剣を抜けば、青胴色の薄い緑の輝きを持つ刃が顔を出す。
『リデラは、どうする!?』
虹星の言葉に先程から慌てた様子のない足元のリデラが、首をゆっくりと横に振る。
「私の心配はいい。二人は、魔導人己の相手をしてくれ。……こう見えても、何でも屋の荒事は私がどうにかしていたんだ。あのうるさい、機械達の相手をしてくれていた方が助かる」
頼もしいリデラの言葉に、虹星の口元には笑みが浮かぶ。
『手のかからない女って好きよ! 無事に終わったら、何でも好きなもの食べさせてあげるから!』
シュナイトが地面を高く蹴り上げれば、周囲を土煙が舞う。その土煙の中から、シュナイトがいなくなるのを待ち構えていたように男が飛び出してくる。手に持った剣を乱暴に振り上げる。
「遅いな」
躊躇無く振り落とす剣に、敵が人を斬り慣れていることに気づき、リデラの中から完全に手加減という言葉が消え去る。
リデラは、流れるようなフットワークの中、次の一振りが来る前に強烈なハイキックを顔面に叩き込んだ。男の折れた歯が宙を舞い、切れた口元と鼻血が空に上がる。
「悪いが、こう見えても私は――」
男に叩きこんだ足を下げる暇もなく、蹴りを入れたリデラの背後から襲い掛かるのは斧を構えた男。
剣を持った男の顔面に叩き込んだ足を使い、その顔を踏み台にする。勢いを殺さず、そのまま高く飛び上がり、着地をすれば斧を持った男の背後に立つリデラ。立場が入れ替わったことに気づかない男は、斧を大きく振り切った後だった。
「――武闘派なんだよ」
リデラから真っ直ぐに放たれた拳が男の顔面に直撃すれば、骨の軋む音と共に受身をとるころもできずそのまま地面に倒れこむ。
先に飛び込んだ二人があっという間に倒されたせいで、攻撃を用心でもしたのか、敵の動きに躊躇を感じた。しかし、リデラはそこで安心はしない。生まれるのは、休息をするための時間ではなく反撃をするための時間なのだと過去から積み上げられた戦闘経験が教える。
「いいのか、そんなところで待っていて?」
困惑し次の準備をしようとする男達に、荒野を駆ける狼のように体勢を低くしたリデラは駆け出した。
「喜べ。私の拳が、お前らに恐怖を教えてやる。――私の平穏を壊すやつは全力でな」
長い銀髪を風に乗せ、恋する少女は血に飢えた獣に変わる。
※
シュナイトはシャープな形をしながらも鋭利な剣を振るう。
飛び込んだ先で慌てていたのは、まるで斬られるために待っていたように二体の魔導人己。着地の前に体を反転させて一体を斬り、反転した体が戻ってくる着地後にもう一体。結果として、両足を地面に着地する頃には、二つの炎がシュナイトの両側から上がる。
「様子がおかしいわね……」
『どうした!? マスター!』
「敵が慌てているのよ。それも尋常じゃないぐらいに……。もしかしたら、この人達は私達のことを知らされないで襲うように命令されたのかもしれないわ」
『じゃあ、コイツら騙されているのか!?』
胴体だけがやたら大きくバランスの悪い、操縦席を露出された二体の魔導人己が前方から迫ってくる。駆け足で来ているようだが、シュナイトからしてみれば、それは歩くよりも遅い。しかし、その二体の手に持つのハンマーは酷く赤黒く汚れている。まともな用途で使用していれば、あんな汚れ方はしないのだ。
「いいえ、コイツらは金を貰えば何でもするようなクズ共よ。手加減なんていらない、全力でぶっ潰すわ」
『おうよ!』
相手が三歩歩く間に、二歩で二機に触れられる距離まで近づくシュナイト。接近したことで、操縦席の二人が驚きと恐怖で顔を歪ませたのが見えた。そこで躊躇をする甘さは、虹星にはない。
やるときはやる。そうしないと、自分がやられる側だということを僅かな異世界での生活で学んだ。その教訓を体現するかのように、振り上げ、そして振り落とされる剣に容赦はない。まずは斧を持つ腕を上空へと切り上げた。武器が重たいせいで、そのままずるりずるりと滑るように地面に落ちる。
隣の機体の操縦者が仲間が斬られたことに気づく頃には、自分の乗っている魔導人己は横半分に切断された後だった。
「安心しなさい。――貴方、もう動けないから」
シュナイトは体勢を低くすれば、そのまま高く跳躍する。それは次の目標を探すための移動。そして、片腕だけ落とされたと思っていた魔導人己は胴体から炎を上げて地面へと転がり崩れた。