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第四章 ① ―依頼―

 ――虹星とシュナイトがカモミールにやってきて、一週間が経過した。

 初日のような問題もなければ、最初の頃の両者の不安も、今ではすっかり落ち着き、コゼットの料理の腕も後押しをして、食事をしながら談笑するぐらいには仲良くしていた。

 そんな中、ある依頼が届く。


 「へえ、こんな街の外れに人が住んでいたんだな……」


 一枚の依頼書を指で持ち上げながら、興味深そうに言うのはリデラ。

 カモミールの店内にいるのは、リデラとコゼット、虹星、シュナイト。勇吹は、闘技場の修復作業が終わっていないので、ゼナイダの力を使いつつ仕事をしているところだ。

 店のレジの上に手紙で届いた依頼状を全員でぐるりと囲んで見る。


 「うん、私もこの辺で人が住んでいるとかは聞いたことないんだよねー」


 頭の中で考えているのだろう、人差し指を立て顎に手を当て考えるように「うぅん」と声を漏らすコゼット。

 虹星はリデラに視線を送る。


 「依頼内容は?」


 「畑仕事。老夫婦で住んでいるらしく、若い者の力を借りたいそうだ」


 リデラが読んでいた依頼状を受け取れば、虹星は訝しげにその文章を見る。


 「それで、この仕事は誰が受けるの?」


 「それなら私が行くさ、イブキが来るまでは今までの力仕事は私がしてきたんだ。最近は、体も鈍っているし都合がいい」


 リデラが虹星からひったくるように依頼状を取れば、ポケットに押し込む。

 最近は、あらゆるキツイ部分を勇吹が背負いこんでいたので、リデラなりにどこかでそれに罪の意識を持っていた。口にしなくても、どこかで肩代わりをしたいと思っていた彼女にとってみれば、願っても無い依頼なのだった。

 まだ日も高く、このまま仕事をこなして往復しても、今日中に帰って来れるはずだ。リデラは、この流れのままに出て行こうとする。


 「私の行くわ」


 歩き出すリデラの足を止める虹星の一声。


 「別に、貴様は行く必要ないだろう」


 うまく行けば、イブキに褒められるかもしれない! なんて思っていたリデラにしてみれば、いらないお節介というやつだった。


 「まあまあ、力仕事なら私が行けばシュナイトの力も使えるわ。どうせなら、早く仕事も終わった方がいいでしょう」


 正論を前に、リデラはその先の言葉を飲み込んでしまう。

 

 「た、確かに……」


 「でしょう。それに私、馬車も自由に利用することができるの。ここからなら、そこに着くまでに馬車を使ったとしても、途中からはかなり歩くはずよ。どちらにしても、私と一緒に仕事をした方が得策よ。損をすることはないはず」


 ここまで言われてしまえば、リデラには反対することなんてできない。そのまま、うん、と勢いに押されるように頷いてしまう。

 それを肯定ととった虹星は、シュナイトに視線を送る。


 「馬車は魔導具を使って呼ぶから、ちょっと待っといてね。……シュナイト」


 「おう!」


 シュナイトが元気良く返事をすれば、懐から筒状のものを取り出せば、店の外へ飛び出していった。

 筒状のものが魔導具であり、それを屋根のない場所で宙に放ることで、別の場所にある魔力的繋がりのある同種の魔導具に反応が現れて、持ち主の居場所を伝える仕組みになっている。


 「そんな時間はかからないはずだから、いつでも出れる準備しといてね」


 虹星からしてみれば、自分の力で呼びたい気持ちもある。しかし、それでも魔導具。魔力を持たない虹星は、こうした魔導具を使用する際はシュナイトに頼るしかないのだ。虹星の性格上、普段からいろいろ言われているシュナイトが文句も言わずに働いてくれているのを見ると、やはり魔導書シュナイトとの相性が良いのだろうと内心思ってしまう。


 「すまないな、何から何まで……」


 さすがのリデラも、テキパキと店のために動いてくれる虹星に申し訳なさそうに頭に手を置いた。


 「気にしないでよ、経緯はどうあれ、ここで働く以上は全力を出すわ。同じ職場で働く人間同士なんだから、凝り固まった価値観で仕事をしたくないの。やるべきことは全力でやる、ただそれだけよ」


 コゼットは年齢以上の虹星の価値観に拍手を送りたい気分だった。

 つまり彼女は、普段どんな喧嘩をするような相手でも、自分の本来の仕事じゃないとしても、目の前のことは全力で行う。そういう姿勢を貫いてきた人間で、事実それを通すことができてきたのだろう。勇吹にしても、虹星にしても、異世界人というのは一本筋の通った人間ばかりなのだろうかと感心したくもなる。

 リデラも虹星の発言に驚いているようで、「お、おおぅ」と返す言葉もないと頷くしかない。むしろ、これに言葉を返すようなら、いろいろと逆に問題がある。

 特に会話をそれ以上することもなく、ぼんやりと三人がシュナイトの出て行った扉に視線を送った。


 「ただいまー」


 「今日も盛大に疲れたですのー。そして、今帰ったのですよ」


 タイミングでも見ていたように、その扉からは勇吹が現れた。何か疲れることでもあったのか、ゼナイダは首の骨をわざとらしく鳴らしながら後から続く。


 「おかえりなさい! 勇吹!」


 「よく帰って来たな、イブキ」


 互いに熱い視線を向けるリデラと虹星。

 二人の乙女の視線に、苦笑いしつつ、もう一度「ただいま」と勇吹は返す。


 「ボクも、いるですの……」


 ゼナイダの悲しげな声が聞こえてくるが、リデラと虹星は戻ってきた勇吹のことしか目に入っていない様子だった。ちなみに、二人がどんなことを考えているかというと。


 (あぁ、勇吹が帰ってきたぁ。汗掻いているし、タオルとか持って行こうかな。でも、そんなの持って行ったらガラじゃないとか言われるだろうし……。だけど、元の世界ではあまり汗を搔く姿とか見れなかったから、結構新鮮なんだよね。こういう、勇吹の男の人の香りも……うん、悪くない)


 やや変態的なことを考える虹星に対して、リデラの場合。


 (イブキ、帰ってきた。イブキイブキイブキイブキイブキイブキ……。抱きしめて、ぎゅっとして、もふもふと頭を撫でたい。そして、その撫でた頭に頬ずりしたい。こんなこと考えているなんて知られたら、やっぱりおかしな奴だと思われるだろうか……。ああ、でも、どうしろというのだ!? この気持ちは!?)


 虹星といよりも、勇吹に近い変態性を心の中で発揮するリデラだった。

 コゼットは、反応されないことでいじけるゼナイダの頭を撫でながら、二人に挨拶を送る。


 「おかえり、二人とも。冷たいお茶を出すから、ちょっと待っててね!」


 ひまわりのような笑顔を残して、コゼットは店の奥へと走っていく。


 「うぅ、唯一の癒しが遠ざかっていくですの……」


 涙目にしてその姿を追うゼナイダの頭の上に、代わりのように手を置く勇吹。先程の、ただ談笑しているだけではない雰囲気に気づき、残った二人に声をかける。


 「そういや、何の話をしていたんだ?」


 「ああ、私と虹星で仕事に行くところだったんだ。街外れになるから、今日は帰りが遅くなるかもしれない」


 「どんな仕事?」


 「畑仕事だ。人手が足りないのだろう」


 リデラの一言を聞き、勇吹はへらへらとした笑みを見せる。


 「ああ、それなら、俺も一緒に行くよ。人が多い方が早く済むよね」


 リデラは眉をひそめると、本気で困るといった感じの表情をする。


 「何を言っている。今、仕事から帰ってきたばかりだろ。最近は無理をし過ぎているんだ。今日ぐらいはゆっくりと――」


 「――大丈夫! これぐらいなんてことないからさ、リデラさん達が頑張っているのにゆっくりなんてしてられないよ」


 反論しようとするリデラの肩に手を置く虹星。リデラと目が合う虹星は、首をゆっくりと横に振った。


 「諦めなさい。こうなった勇吹は止まらないのは、知っているでしょう」


 一緒に住んで共に仕事をしてきたリデラにも、思い当たるところがあるのだろう。そう言われてしまえば、深く溜め息を吐くだけだった。





 勇吹が帰宅してから、十数分後。カモミールの前には、一両の馬車が現れる。小さいながらも、装飾は煌びやかで、豪華な作りをしていた。

 あまりに馬車をじろじろと見る勇吹を虹星が呆れたように見る。


 「驚いているところ悪いけど……。これ、魔導師なら誰でも利用することができるんだからね」


 「マジ!?」


 「アンタも魔導師なんだから、図書館以外も利用しなさいよ。勇吹の性格的に、あまりそういうのは好きじゃないてのは分かるんだけどね。国が私達にいろいろ良くしてくれるなら、それだけ私達が尽くさなければいけないことが出てくるてことなの」


 「そりゃ、分かるけどさ。今のところ、何もしてないから……なあ?」


 勇吹の優しいやら、面倒くさいやら、なんとも言い難い性格に疲れたように虹星は首を横に振る。


 「まあ、とりあえず、みんな馬車に乗り込んで」


 引率の先生を思わせる虹星の一言にぞろぞろと乗り込んでいく。全員が乗り込んだ後、虹星は手すりに掴まり馬車に乗り込む。そして、その光景に言葉を失う。


 「さあ、早く座れよ。虹星っ」


 「アンタ……何してんのよ」


 何故か、リデラの尻の下には勇吹。つまり、座席に座る勇吹の膝の上にリデラが座っている状態なのだ。


 「イブ、イブ……イブキィ……」


 リデラはといえば、顔を真っ赤にさせて何やらプルプル震えている。ご丁寧に、太腿の上に乗った両手を拳状にして。


 「どうして、こうなったのか説明して。ゼナイダ」


 余計に話がこじれると判断した虹星は、ゼナイダに問いかける。

 隣に座るゼナイダは、淡々と返事をする。


 「説明という説明はないのですの。ただ、リデラ様が座ろうとしたところで、リデラ様と座席の間に飛び込むようにご主人様が潜り込んできたのです。ちなみに、リデラ様が動けない理由は、あまりの嬉しい恥ずかしいに動けなくなっているのです」


 「……ありがと、ゼナイダ。で、勇吹。なんで、そんなことをしたの?」


 コイツは、何で他人の馬車で椅子取りゲームをしているのだと、虹星は怒りを我慢しつつ声をかける。


 「最近さ、リデラさん……あまり怒らなくなったんだ」


 何故か遠くを見ながら語り出す勇吹。


 「へ?」


 「だから……許してくれるかなって思ってっ」


 そう言いつつ、顔を虹星に向けて、ウインクをぶちかます勇吹。そこで、堪えていた虹星の壁が見事崩壊し、一つの英断を下す。

 

 「いいから黙って、てめえは降りろ」


 ――そうして、虹星とシュナイト、リデラを乗せた馬車は走り出す。……頭にたんこぶを作った勇吹と「気持ち悪いですの」を連呼するゼナイダを置いて。

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