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第三章 ⑤ ―王様に挨拶②―

 城に入れば白い鎧に身を包んだ騎士達に案内され長い廊下を進んでいけば、その突き当たりの大きな扉に辿りつく。その雰囲気からは、国の重要人が待っていることがはっきりと感じられた。――イレシオン王がここにいる。

 誰一人喋らない重たい空気の中、到着したせいか、いざ目の前にすることで緊張が増していく。


 「こちらへどうぞ」


 騎士の一人がそう言えば、標準サイズよりも一回りほど小さな魔導人己なら通れそうなほど大きな左右の扉に騎士が一名ずつ立てば、その扉を横へと開いた。

 重く場内に響くような音を聞きつつ、その先へと歩き出す。扉の入り口から奥まで真っ直ぐに赤い絨毯が伸びている。虹星が颯爽と歩き出せば、勇吹とゼナイダもそれを真似するように後ろを追いかける。

 奥まで五十メートル程だろうか、そこには大きな椅子がある。煌びやかな装飾に、椅子の脚と肘かけの金が眩しく見える。ただ、そこには一つおかしなことがある。間違い探しよりも簡単な、間違いのような光景。


 「へ?」


 虹星とシュナイトは勇吹の驚きなど気にもしてない様子で、肩膝を折り体を低くする。

 

 「どうしたの、アンタも頭を低くしなさい」


 「いや、だって、これ……魔導人己じゃん」


 その玉座に座るのは、頭に王冠を乗せた王様でもなければ、白タイツの眩しい王子様でもない。――魔導人己だ。

 ゼナイダに比べれば、その体は小さく、魔導人己を小さくと言うよりも人を大きくしましたと言った方が近いようにも思える。

 頭は丸い球体で、そこが目になるのか赤い輝きが一つ。体といえば武器なんてものはなく、飾り気の無い白色のボディ。その代わりになるほど特徴的なところは、金の刺繍の入ったジャケットを羽織り、先端にダイヤのような巨大な宝石がついたステッキを手にしていた。それは、どこからどう見ても魔導人己だった。


 突然、野太い壮年男性の『はっはっはっ!』とおかしそうに笑い声が聞こえた。それは、目の前の魔導人己だった。


 『楽にしてくれて構わないよ、驚くだろうと思っていたが、私がこの国の王である、イレシオン王だ。久しぶり、イブキ、ゼナイダ』


 「え、久しぶり……?」


 ”久しぶり”。

 初対面であるはずのイレシオン王からの言葉。こんな魔導人己の姿の王様を生まれて初めて見た。どれだけ記憶をほじくり返そうとしても、こんな一度見たら記憶にこびりついて離れない王様を忘れるわけがないはずだが……。

 隣に立つゼナイダも首を左に傾けては右に、左右に動かしながら頭から記憶を落とそうとしているのだろう。それでも、二人して頭にクエスチョンマークを浮かばせることしかできない。

 足元の虹星が大きく溜め息を吐いた。


 「イレシオン王、私の時も同じこと言いましたけど、忙しいのですから冗談はやめてください。前もこれで私と言い合いになって、時間を無駄にしたじゃないですか」


 虹星も同じ経験があるようで呆れたように言う。しかし、虹星の言い方はまるで年上の上司に話しかけるようで、妙にフランクだ。権力を笠に着るような王ならば、ここまで砕けた会話はできない。この二人のやりとりだけで、イレシオン王の人の良さが感じ取れた。

 魔導人己の体のせいで表情は読み取れないが、困ったようにイレシオン王は頭を人差し指で搔いていた。


 『冗談じゃないんだけどな……。まあ、分からなくても仕方ないか』


 「やっぱり、結局はそう言うじゃないですか」


 虹星と話をしていた時も、同じことを言って話を締めくくったようだ。

 勇吹は、自分の状況を思い出して、虹星とシュナイトの真似をして片膝を折り、もう片方の膝を地面につける。

 イレシオン王はその五本の指を前に伸ばして、手をパタパタと振る。


 『いいよいいよ! 二人とも楽にしていいから! いつも言うけど、虹星もシュナイトももっと楽にね!』


 「しかし、ここは城ですし他の人間に見られるようなことがあれば……」


 冷静に正論を告げる虹星。


 『この玉座の間にいるのは、私達だけだよ。ね、だから、お願い!』


 まるで家に行くと優しくしてくれる近所のおじさんである。手を振り、顔を動かして、「そんなに畏まらないで!」と懇願する。最後には、ガッション! と大きな音を立てながら、両方の手の平を重ね合わせる。


 (この人? 魔導人己でよかったかもしれない……)


 もし、人間ならきっと頼りない感じなのだろうな、と勇吹はかなり身勝手なことを考えていた。

 あまりに頼むので、勇吹を含めた四名は、曲げた膝を伸ばして立ち上がる。


 『気を使い過ぎだよ! ぷんぷん!』


 自分よりも明らかに年齢の上の男性の声だが、その言動に眩暈を覚える勇吹。


 「どうかしたですの? ご主人様」


 「い、いや、こんな人がこの国の王様なのかなぁと……。あんな幼稚というか、子供っぽい人がこの国の未来が心配になりそうだよ……」


 ゼナイダは疲れたように話をする勇吹を見て、必要以上にふんふんと頷く。


 「何を言っているですの? ボク達から見たご主人様は、あんな感じなのですよ」


 「マ、マジかよ……」


 (みんな、俺を見る時はこういう気持ちなの……)


 ゼナイダのさも当然だという発言を耳に、具体例を見たことでショックを受ける勇吹。落ち込んでいる勇吹を見て、イレシオン王は『あれ?』と不思議そうに口にする。


 『ど、どうしたんだい? イブキ』

 

 「うるさいやい! もう絶交だから!」


 ふん、と顔を逸らして怒る勇吹。この顔に漫画的な効果音を出すとすれば、”ぷんぷん”という感じだ。

 それを見て、イレシオン王の効果音は”ガーン”という様子。


 『うおおおん! イブキがいじめるよー! 口を利いてくれないよー!』


 まるで泣いているように両手で顔を覆い隠すイレシオン王。それに対して、勇吹は顔を逸らしてあぐらを搔きながら背中を向ける。


 「ぷんすかぷんすか!」


 とうとう、勇吹はわけの分からない効果音を口にし始めたところで、ゼナイダと虹星の怒りゲージがマックスになろうとしていた。


 「うおおおぉぉぉ――! 俺も――!」


 「――アンタは黙っときなさい。シュナイト」


 「ぶべぇ!」


 バカ達にバカが触発されて立ち上がろうとしたので、虹星は鉄拳をぶち込んで黙らせる。


 「どっちが幼稚なのよ……。ゼナイダは王様、私は勇吹ね」


 「ですの」


 つかつかと虹星は、勇吹に歩み寄る。そして、ガッシリとその頭を掴んで自分の方に振り返らせる。強引に頭を動かされたことで、首は激しく悲鳴を上げる。ご理解いただけるだろうか、自分の意志で頑なに動かない首を手の力で反転させる危険性を。


 「ぎゃぁ! 虹星、てめえ! なんて……こと……を……」


 勇吹から見た虹星の表情は、初めて出会ったバジリスクのトラウマを余裕で上書きするほどの強烈なものだった。

 あまりの恐怖で勇吹は声が出ないので、口をパクパクと動かし続ける。


 「あぁ? アンタは、話の腰を折る天災なの? なんなの? 死ぬの? 殺されるの? どうしたいわけ? あぁ?」


 あれ、もしかして、俺少しちびったかもしれない。なんて思いながら、声が出ることを確かめるようにゆっくりと喋る。


 「……その選択肢、俺、どっちにしても逝っちゃうよね」


 「え、声が聞こえないけど。はっきり言って、死ぬの? 死ぬの? 死ぬの? 死ぬの? さあ、どれ? テレフォンもヒフティヒフティも一回だけだから」


 「なにそれ!? ていうか、テレフォン使ったら、間違いなくそれ遺言だよね! そんなところ気を回すぐらいだったら、俺が生き残る選択肢を用意してよ!?」


 「ああ……。ごちゃごちゃうるさい」


 勇吹は未だに動かしまくっていた頬を、虹星の右腕の三本の指につままれたことによって動きを強制的に停止させられ、「ほぐぁ!」と奇声を上げた。


 「黙って、話を聞きましょうねー」


 作りすぎたニコニコの笑顔を勇吹は向けられ、自分が今までどれほどの失態をしていたかに気づいた。だが、口が動かないので、まともに喋ることもできない勇吹は暴力に訴えられる前に何度も首を上下することで了承の意味を送った。


 ――そして、泣き続けるイレシオン王の前に立ったゼナイダは、華奢な肩を落とした。


 「今のところ、この国で力を持つ人間は変態ばかりですの」


 『うおおおーん!!!』


 と、脚をじたばたとして泣き出したイレシオン王。

 とりあえず、という感じに、ゼナイダは内なる力に念じる。


 「覚醒」


 短くそれだけ告げれば、少女の姿から今や英雄と呼ばれる魔導人己の姿に変わったゼナイダが立つ。

 ゼナイダが立ち上がってみれば、天井にもそれなりの余裕がある。やはり魔導人己の王が過ごす空間だけあって、かなり大きな建物だ。

 イレシオン王は突然姿を変えたゼナイダに、びくびくとしている。


 『そ、その姿はなんなのだ! ゼナイダ!?』


 ボクが怒った時のご主人様と似たような反応するな、と思い出すゼナイダ。あまりこの偉人には似てほしくないなと切なる願いを込めて、イレシオン王に比べて二回りも大きいゼナイダが見下ろすように立つ。


 『申し訳ありませんが、おうさ――クソ野郎』


 『そこ言いなおさないでいいよ!?』


 イレシオン王のツッコミを無視して、ゼナイダは言葉を続ける。


 『これ以上、ここで醜態を晒すのはおやめくださいですの。言っておきますが、ご主人様はこの後、本業の何でも屋の仕事がございます。このみっともなく、くだらなく、実にやかましく、頭痛の種が花を咲かせてしまうようなやりとりをやめてくださいですの』


 ゼナイダの気迫にビビリまくったイレシオン王は、静かになりこくりと頷いた。これが人間なら、少しずつ泣き止みながら鼻水でもすすっているところだろう。


 『うぅ……は、はい……。ママ』


 「誰が、ママだコラ」


 口癖の”ですの”を忘れてしまうほど素早くゼナイダは即答した。

 それから、また五分ほどしてから、ようやく話題は戻っていくのだった――。


 

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