第三章 ④―王様に挨拶―
魔導師になることを決心してから、数日後――。
虹星とシュナイト、勇吹、そしてゼナイダの四名は、城を目指して歩いていた。それは、正式に魔導師になるための任命式に向かうためだ。だが、同時にこの国へ忠誠を誓うために首輪をかけられる意味でもある。
――魔導師になることで、お前は国の駒になるんだ。それでも、自分というものを忘れないでくれ。
出発間際のリデラの言葉を思い出す。心から心配してくれている様子だったが、同時に悲しさも含んでいるように思えた。リデラの過去に何かあったからなのかもしれないが、勇吹は首を横に振って葛藤する気持ちを静めようとする。
(もう、ここまで来たら悩むなっ)
自分に言い聞かせるように心の中で言えば、隣の虹星に気持ちを紛らわすように声をかけた。
「そういえば、王様てどんな人なんだ?」
「王様?」
どうしてそんなことを聞くのか、という顔で虹星が見返す。そして、「うーん」と唸りながら、たどたどしく話し出す。
「過去には、一人でモンスターの大群から街を守ったり、他国が侵略をする準備をしていると聞けば、武器一つ持たないで敵地へ一人で乗り込み、相手の王と親友のように肩を叩きあいながら帰ってきた、とも聞いたことがある。イレシオン王は、街中にある銅像を見ての通り、そういう伝説的な行動もあり、この国の多くの人から慕われているのよ」
それ以上の言葉に困ったのか虹星は頬をポリポリと搔きながら、視線を泳がせた。
「――後は年齢が二百歳を超えるとか」
「えぇ!?」
(いくら魔力がある世界だとしても、二百歳を超えることはないだろう。純粋なエルフなんかは、かなりの長命だとリデラさんから聞いたことはある。しかし、イレシオン王は人間のはずだ……)
いくつかは民衆が勝手に作り出した物語もあるのだろうが、それにはやはり元になる話が必要だ。きっと、それだけ凄い人なんだとという単純な感想が浮かぶ。
ただ虹星がなんとなくおかしな様子が気になり、「虹星」と名前を呼ぶ。虹星は、視線を隣のシュナイトに向ける。
「ねえ、シュナイト。王様てどんな感じだっけ?」
勇吹達を待っている間にコゼットにお茶を出され、熱いままでガブガブ飲んで床に転がり絶叫し、虹星に喋ることを禁止されていたシュナイトが嬉しそうに反応をする。
「おう! 王様は、こう――」
虹星は、右腕を左腕を右斜め上に直角に伸ばして、変身ヒーローのようなポーズをとる。
「――シャキーン!!!で!」
(で?)
なんとなく先の説明が読めながら、勇吹は街中で奇行を行うシュナイトに目を向ける。ちなみに、説明が斜め上過ぎて虹星は目を点にしている。
ゼナイダといえば、一人単独行動をとり何故か近くの店でお菓子を買っているし。
「――ガッキーン!!!て感じだ!」
今度は反対側の左斜め上にその両手をぐわんと動かす。これまた、二昔程前の特撮を思わせるポーズだった。
「○面ライダー?」
とりあえず、シュナイトの行動を見て思ったことを口にする。
「え、ぁ、お、おう……! そう! そんな感じだ!!!」
絶対に、○面ライダーを知らないシュナイトが適当に返事を合わせる。
どうやら、ここでうまく説明をすれば、主人である虹星から見返りがあると思ったようで、まるで犬のように虹星を勢いよく振り返った。
にっこりと虹星が笑いかければ、シュナイトはにんまりと返す。
「アンタ、城に到着するまで足を使わないで歩きなさい」
ピシッと一指し指と中指を地面に向けて言う虹星。
「お、おい、足を使わないでって――」
「――おう!!!」
勇吹の声どころかゼナイダぐらいの大きさなら吹き飛ばしてしまいそうなほどの大きな声。
横に目を向ければ、両手を地面についた状態のシュナイトが待機していた。
「な、なるほど……」
(なんでこの二人が契約しちゃったんだろうな)
勇吹はシュナイトに哀れみの気持ちを向ければ、その虹星の背中を追いかけて、ぺたんぺたんと音を立てながらシュナイトは二本の腕で”歩き出した”。
「なにしてんの、早く来なさい」
実はわざと目立とうとしてこういうことをしているのではないのかな、なんて思いつつ、次のお菓子を買おうとしているゼナイダの首根っこを掴んで追いかけた。
※
隙間なく敷き詰められた白レンガの建物。何十ものの大きな突起の屋根、たくさんの積み上げられたレンガが複数の柱のようにその建築物――王の住む城を支えていた。
「いつも遠くから見ていたけど、近くで見るとでけえな」
「そうね、何度か入ったことあるけど、あまり奥に行き過ぎると私でも迷子になるわ。……シュナイト、アンタは離れないように」
虹星はアゴをしゃくって言えば、地面から手を放したシュナイトが地面に二本の足で立つ。
「おう! マスター優しいぜ!」
「奥まで行って? 迷子? ああ、なるほど……」
「察しなさい」
虹星が意味もなく奥まで行って迷子になるなんて考えられなかった。最低限の行動での移動をしたがる虹星が、城にはしゃいで動き回る光景なんて想像もできない。しかし、シュナイトならば勝手に突っ走って、それを止めようとした虹星が巻き込まれるような光景は簡単に想像できた。
――くいくい。
服の袖を引かれたままに、顔をそちらへ向けた。
「うん? どうした、ゼナイダ」
「ご主人様……」
何かゼナイダがもじもじとしている。不思議に思い、首を傾げる勇吹。
「どうした、ゼナイダ。便所か?」
「――違うですのっ」
顔を赤くしながらゼナイダが言えば、じゃあなんだろう、と勇吹は悩みのままに首を二度三度傾ける。
「ボ、ボクにも、”離れないように”て言ってほしいですのぉ……」
よほど恥ずかしいのか、最後は消えてどこかへ飛んでそうなほど小さな声のゼナイダ。
シュナイトと虹星のやりとりを見て羨ましくなるところでもあったのだろうか。少なくとも、勇吹の中には彼らのやりとりを真似したいとは思わなかった。
(まあ、男としてゼナイダにこういろいろと罰を与えるというのは、なんとも……いかんいかん!)
勇吹は、邪念を払うために首を横に振る。
そんなことか、と勇吹は笑いかければ、声をかけるついでだとエスコートをするように手も伸ばした。
「気づいてやれなくて、ごめんな。……離れるなよ、ゼナイダ」
「は、はぃ……ですのぉ……」
顔が赤いままで小さく口の端を上げ、ゼナイダはその手に触れた。温かくなる互いの指先の体温を感じ、勇吹はゼナイダの手を握り、二人を追いかけて城門をくぐった。