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第三章 ① ―波乱の後の変化―

 ガントゥの起こした闘技場での暴走後。騒がしい街中を体を寄せ合って歩いた勇吹とゼナイダ。無事に、”カモミール”までたどり着き、コゼットが帰ってきた二人を抱擁で出迎えた。

 コゼットの涙で濡れる顔とリデラの頬に残る一筋の涙を目に、その日は勇吹とゼナイダの両者はその場に崩れるように意識を失った。


 ――そして一夜明け、目を覚ました勇吹。

 朝日が眩しく、腹が空腹で唸る。見回せば、そこは自分の部屋で、ようやく無事に帰って来たことに安堵の息を吐いた。


 「ん?」


 そこで足元への違和感、何かぬいぐるみのようなものが乗っかっている決して重いわけではない、その感覚。

 顔を向ければ、そこには驚きの光景。ベッドの横に椅子を持ってきたようで、リデラはそこに腰掛けて腰を曲げて、上半身を勇吹の膝の上に寝かせている。どうやら、自分を看病してくれていたらしく、そのまま眠ってしまったようだ。


 (嘘だろ? あ、あの、リデラさんが俺を看病してくれていたのか……!)


 まだ夢じゃないのかな、と自分の頬をつねってみるが、痛みが現実だと教えてくれる。

 赤くなるほどつねった頬に手の平を重ねて、その穏やかな寝顔に吸い込まれそうな気持ちになる。

 ずっとこの寝顔を見ていたい。そう思ってしまうほどの可憐なリデラの表情は、小さく聞こえていた時計の音すらも耳に届かないようにさせた。


 「――ん」


 リデラが妙に色っぽい声で目覚めを知らせる。

 ドキッと、跳ね上がる心臓。もしかしたら、殴られるかもしれないと、おたおた挙動不審になる勇吹。しかし、自分の足の辺りにリデラがいる以上動くこともできないので、手をじたばたとさせるばかり。


 「あ、リ、リデラさん……! お、おはよう……」


 殴られるかもしれない、などと思いながら歯をきつく噛んで勇吹は目を閉じる。

 実際のところ、勇吹から何もしなければリデラから直接的な暴力を受けたことないのだが、これだけ体が密着していると、むしろ怒られる理由しかないような錯覚を感じてしまう。

 

 「ぁ……起きたか……」


 寝巻きなのか、白いワンピースのような薄い服を一枚着たリデラがそこにいた。少し体を起こすリデラの口元に笑みが浮かび、その濃い色の肌と白のワンピースがその体を際立たせて魅力的な肉体を引き立てた。

 それだけではない、そう告げるリデラの顔は、まるで一夜を共にしたパートナーに向けるような好意的な熱い視線。


 「か、看病してて、くれたんですか……」


 体を起こせば、その大きな胸が揺れる。


 (ブブ、ブラジャーし、してねえんじゃねえの!?)


 なんだか小さな突起があるようなないような、直視することはできずにリデラの顔を見る。


 「ああ、お前が心配だからな。朝まで隣にいたんだ」


 寝ぼけたように、気の抜けた笑顔で言うリデラの顔を見ていれば、勇吹はむしろ逆におかしな気持ちが増してくるように思える。


 「へ……!? 朝まで!?」


 さっきからきょどりっぱなしで勇吹が言う。

 その顔を見て、リデラは小さく笑う。


 「どうしたんだ、さっきから?」


 (それはこっちの台詞だよ!)


 なんて言えるはずもなく、嬉し恥ずかしの勇吹は、話題や雰囲気を変えるためにもリデラへ問いかける。


 「そ、その服、いつも寝る時に着ているんですか? 凄く女の子らしくて、いいですよね」


 瞬間。爆発でも起きたように顔を真っ赤にしたリデラ。


 「――! そそそ、そんなことないぞっ。わわ、私などただの力が強いだけの女だっ」


 慌ててぷい、と顔を逸らすリデラ。その姿は、ふてくされる少女のようで、実に非情にかなり劇薬的に――。



 (――おかしくなりそうだ、主に股間が。今日のリデラさん、なんなの。なんか悪い物でも食べたの? 貰い物のお肉がダメになっていたとか。それとも、仕事のストレスが爆発しちゃった!? それとも、ダークエルフには……こういう盛んな時期が……いやいや、おかしいでしょう!? これは、さすがに!)


 可愛過ぎる。

 勇吹の頭の中はそれで占領されていた。そして、その可愛過ぎるという言葉の合間にはきっとピンク色の妄想で埋め尽くされているに違いないのだ。

 ギチギチに埋もれたピンクの塊の中に、点々と浮かぶのはリデラの文字。リデラは自分の体を自信のない感じで庇うように両腕を抱える交錯させる。

 勇吹から何も返事がないことを不安に思ったのか、今までに聞いたことのないほどの弱々しい声でリデラが言う。


 「……お、お前なら、力の強い女は嫌だろ?」


 これに関しては勇吹は即答だった。同時に、リデラに心のどこか一部分がノックアウト気味だった。


 「そんなことないですよ! リデラさんは、スタイルも抜群で柔らかでふわふわでいい匂いがして……! 本当に最高に綺麗で可愛くて、俺なんて……リデラさんの近くにいるだけで、ドキドキが止まらないですよ!」

 

 (おっぱいも大きいからね!!!)


 心の中でだけ、めちゃくちゃ最低なことを叫ぶ。さすがの勇吹もここで欲望から生み出された言葉を大声にするのは危険だと感じたためだ。

 大半が欲望にまみれた勇吹の言葉を聞き、リデラはどう解釈したのか目を潤ませて嬉しそうにはにかむ。


 「あ、ありがとう……。お前がそう言うなら、うん、そうかもな……」


 (惚れてまうやろー!!!)


 自分の髪を乙女のようにくるくると指でいじるリデラを見ながら、今までとのあまりのギャップの違いも含めてクラクラとしてくる。かなりレッドゾーンだった理性が、さらに我慢という檻をものすごい勢いでぶち壊そうとしていた。あまりの出来事に若干古めの流行の言葉が脳裏で悲鳴を上げている。


 (とにかく、このままじゃマズイ。いや、ほんとーにマズイ!)


 とりあえず、このベッドから起き上がれば自然と流れは変わるだろうと思い、体を起こそうとする。


 「と、とりあえず、起きるよ――うわっ」


 前日の出来事のせいか、体が疲労していた勇吹がベッドから転げ落ちそうになる。


 「あぶないっ」

 

 反射的に飛び込んだリデラが勇吹の間に入り込む。とっさに、勇吹はリデラを抱きかかえる形で床に寝転がる。

 片方の軽い腕の痛みはリデラを抱きとめたため、そして、もう片方の腕は体を支えるためにじんと痛む。


 「だ、大丈夫?」


 片腕で支える自分の体の下にいるリデラ。近くで見るその顔は赤く、目が合う勇吹の頬の色も自然と朱に変わっていく。

 勇吹とリデラの顔の距離は、広げた手の平の一つ分という感じだろう。二人の鼻先には互いの息がかかる。

 近くて、本当に近い。このまま勇吹が支えている手を離せば、簡単にキスができてしまうぐらいに。


 「イ、イブキ。……私は、別にいいんだぞ?」


 リデラはその目をぎゅっと閉じれば、小さな淡い赤色の唇を突き出した。


 (どどどどどど、どういうことだよ! 何がいいの!? え、何をしたらいいの!? 何がどうすればいいの! これって、アレだよね。アレとアレがくっついて、アレちしちゃうアレな奴なアレアレアレアレレレ!)


 ぐるぐるといろんなことが頭の中で駆け巡る。それは、リデラも同じく混乱のままに口にしている部分がある。互いに眩暈と混乱と未だに夢の中にいるような感じで、その唇が近づいていく。

 勇吹の手に入れた力が完全に抜けようとしたその時――。


  「――もお! 心配させないでよ! 勇吹!」


 ――ガチャッ!

 大きな扉の音、そして、ドカドカとした足音と一緒に飛び込んでくるのは虹星とシュナイト。後から来るのはコゼット。


 そして、時間は停止した。


 勇吹とリデラはそのまま顔を上げた状態で硬直し、止め処ない汗をだらだらと流す。

 コゼットはあまりに衝撃的な光景に「え、あれ、これ、どういう、大人、ああ、子供? ええ、うぅん」と言えば、その場にバタンと倒れこむ。たおれたコゼットに驚いたシュナイトは必死にコゼットの体を揺さぶりながら、その名前を何度も呼び続ける。

 やかしいシュナイトの声を耳にしながらも、虹星は言葉も出ないという感じである。


 「い、いや、これには理由があるんだ理由が……」


 「そ、そうだぞ、虹星。私も偶然……」


 とことこと背後からゼナイダが現れれば、目の前で行われている修羅場を見て「あ」と声を漏らす。


 「淫乱共ですの」


 それだけ言えば、寝直すのか向かいの部屋へと帰っていく。

 ゼナイダの扉が閉じられた音が届き、止まっていた時間が動き出す。


 「人を心配させておいて、乳繰りあってんじゃないわよッ――!!!」


 虹星の周辺の民家にまで聞こえるような怒声がカモミールへと響き渡った。

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