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第二章 ⑨ ―守るべき人達のために①―

 迫り来る刃を前にして、リデラが目を剥いたその時。

 

  「――やらせねえよッ!」


 頭上からの聞こえるのは、いつも背一杯に前に進もうとしてきた少年の声。

 猛スピードで落ちてきたゼナイダは、今まさに命を散らそうとする刃をその拳で押し潰した。天からの雷撃のような一撃に、その剣が激しい轟音と共にひしゃげた。

 潰れた剣の上に乗りながら、ゼナイダは前方でこちらを見据えるリーシャを見る。


 「酷いことをしやがって……」


 勇吹は周辺のいたるところに散らばる残骸を見ながら、忌々しげに言う。

 我に返り、背後に視線を向ければ、虹星、コゼット、リデラが不安そうにこちらを見ていた。虹星の隣にシュナイトが立てば、真剣な顔をした二人が頷き合うのが見えた。


 (俺に加勢しようていうのか?)


 こちらを見上げる虹星へと声をかける。


 「虹星! ここは俺に任せて、お前は早く他の人達を避難させてくれ! 魔導師のお前なら、きっと力になれるはずだ!」


 割れた窓ガラスを通して、虹星の声が返ってくる。その声は、焦りと非難が混じるもの。


 「何を言ってるのよ! 王も避難して、もうこの大会に意味なんてなくなっているのよ!? それなのに、まだそんなことを……!」


 必死にそう告げる虹星へ向かって、しっかりとした口調で言う。


 「頼む、任せてくれ」


 「勇吹……」


 不安の表情が色濃く出る虹星に、リデラは肩に手を置く。


 「行こう。お前にもするべきことがあるだろ。この場にいる魔導師として、自分にできることをするんだ」


 リデラも何かに耐えているようで、その目は揺れている。

 この場にいたいと一番思っているのはリデラだった。己が原因で招いた争いを、勇吹が一人で背負っているようにすら思える。また、この背中を見つめるしかできないかと悔やむ気持ちもある。こんな自分が非情に脆弱な存在に思えて仕方がない。

 リデラは頭を振り、虹星の肩に入れた力をもう一度強くした。

 既にこの戦いは、勇吹の戦いになっている。同じ境遇でもある近しい立場の彼女だからこそ、勇吹の心の内の思いに気づいたのだ。

 他者を傷つけた罪。

 逃げることのできない責任。

 虹星は両肩に温もりが宿ることに気づく、もう片方の肩にコゼットも手を置いた。


 「虹星ちゃん、行こうよ。ここはイブキくんに任せよう。……今の私達には、イブキくんを信じることが一番彼のためだと思うから」


 「くっ……。もう、離ればなれなんて、嫌なんだから!」


 大きな声を虹星が上げれば、そこから離れて再び歩き出す。正反対の言葉と共に吐き出したのは、大切な誰かを思う真実の発言。その葛藤を振り切るように、歯を食いしばれば、未だに迷うような表情を見せるシュナイトの尻を蹴り上げた。


 「行こう。もう誰も死なせない、失わせない。……そして、全て片付いたら――」


 虹星はその白き巨大な背中。ゼナイダの姿を今一度振り返り、強く世界へ響くように言う。


 「――助けにくる。ここで待つアンタを救いに行くから」


 その一言を最後に、虹星は個室の外へと向かっていく。

 コゼットは一度振り返れば、いつもの心を落ち着かせるような笑顔で笑えば外へ。リデラからの言葉はなく、きつく閉じた口で視線だけを送った。

 「頼んだぞ」。そう、リデラの瞳は伝えていた。

 背中を向けて腕を飛ばして、ゼナイダが親指を立ててみせる。

 その姿に複雑そうな笑顔を浮かべれば、リデラは最後に個室を駆け出していった。



               ※



 後ろ髪引かれる思いをひっぱたき、前方のガントゥが操るリーシャを見据える。


 「なんだ、わざわざ待っていてくれたのか?」


 挑発的な勇吹の言葉を、ガントゥは鼻で笑う。


 「俺は騎士だからな。高貴な騎士道が、邪魔をするのだよ」


 次に鼻で笑ったのは勇吹だった。


 「前のアンタ以上に、騎士道て言葉が薄っぺらく感じるよ」


 「それならば、俺の騎士道が本物かどうかをその目で、見ておくんだな。お前を殺し、俺が魔導師になる」


 勇吹はガントゥの言葉に眉間に皺を寄せた。


 (コイツ、この状況で何を言ってるんだ?)


 普通に考えれば、犯罪者とも呼べるような状態のガントゥに今以上の地位なんて与えられるわけはない。それどころか、落ちることはあっても、決して上がることはないのが、今のガントゥの正しい現状だ。

 おかしくなっている、そう思い、それを確かめる材料としての発言を行う。


 「それは、無理だガントゥ。アンタは、人をたくさん殺している。そんなアンタは、魔導師どころか騎士にもなれやしない」


 「……」


 勇吹の発言をガントゥは沈黙で応答する。

 いきなり告げられた事実に、混乱して意識が戻ったか。などど、勇吹が甘い考えをしたその瞬間。


 「――ガッハハハハ!!!」


 おかしくてたまらない、そんな様子でガントゥは笑い出した。

 理解のできない勇吹は、何かの攻撃の前触れかとゼナイダの腰を低くさせた。しかし、その様子はなく、リーシャのその巨体を揺らしほど笑い声を上げるのだ。


 「何を言っている小僧!? 騎士といえば、戦士よ! 戦場で戦い、大勢を殺し、その屍の上で酒を飲むのが真の騎士だ! 殺せば殺せば殺せばさ、殺すほどにさぁ! 騎士は輝き、誇りが刻まれていくのだ! 俺の行動は、まさに騎士としての善行! この善意の刃は、騎士としては名誉なのだとよ!」


 けたけたと壊れたおもちゃのように笑うガントゥ。操縦席の中で、腹を抱えて笑う異常な姿が勇吹の頭をよぎった。


 「名誉だと……? てめえがしたのは、自分勝手な人殺しだろ!?」


 「違う! 違うぞ! 言ったはずだ、屍を積み上げたものが真の騎士なのだと! だから、俺は積み上げるのだ! これから、多くの屍を積み上げて、その山の上で酒を飲み、女を抱く!」


 コイツは壊れた機械じゃないかと思うほどに、止まらない笑いを漏らす。ところどころ、常軌を逸して笑い過ぎたことが原因なのか、呼吸の仕方を忘れたように気の狂った笑い声が人のいなくなった闘技場に響き渡る。


 「……おかしいよ、アンタ」


 勇吹の呟きに気づいたゼナイダが、語りかける。


 『ご主人様、どうやらガントゥはリーシャの力を制御できずに人格崩壊を起こしているみたいなのです。どういうわけか、リーシャもボク達と等しい魔導書の力を扱えるようですが、その彼女もガントゥの激しい感情に心を乱されて正常ではいられていない様子なのですよ』


 深刻に話すゼナイダの声を聞き、勇吹はぽつりとひとり言のように言う。


 「つまり、どういうことだ?」


 『……かなり危険な状態てことですの。彼らも、私達も、この都市すらも』


 ゼナイダの言葉常に自信を感じさせた。バジリスクと戦う時も、闘技場に入る前も。しかし、今の彼女の言葉はどこか弱々しく、頼りない感じがした。


 (勝てるかどうかも、怪しいてことかよ……!)


 強大な存在にガントゥがなったとしても、勇吹は逃げるわけにはいかない。垂れる汗を拭い、口内の唾を飲み込む。

 頭に浮かぶのは、この都市に来て出会った大切な人達。得体の知れない自分に、みんなが当たり前に優しくしてくれた。ただ、どうすることもできない自分が、ここにいるのは手を差し伸べてくれたみんなのがいたからこそ。

 一度、操縦桿を握れば、最も近い存在である人達の顔が浮かんだ。



 「それでも、やるしかねえだろ。あの野郎の勝手で、大切な人を奪われるなんてごめんだ。……できるなら、リーシャも助けたいしな」


 『やれやれ、甘いご主人様ですの』


 「ダメ?」


 『ダメなわけありませんですの。……むしろ、忘れていたら怒っていたのですよ』


 甘い魔導書で助かったと、勇吹はそっと口元に笑みを浮かべた。

 今もまだ笑い続けるガントゥに目をやれば、ピタリと揺れていた機体が動きを止めた。


 (今度こそ、何か来るか……!?)


 すぐにでも右にも左にも動ける心構えを作った勇吹、そこへ飛び込んできたのは、異空間からの剣でもなければ、リーシャの機体でもない。

 ひーひーひー、と笑うことも大変だという様子の呼吸でガントゥが口を開いた。


 「……いいこと思いついたぞ。一通り殺し尽くした後は、女を捕らえよう。それこそ、虫のように家畜のようにな。面白そうだな、笑い過ぎて死んでしまうかもしれんな! だが、最初に抱く女は、誰にしようかな……」


 ガントゥはうっとりとした顔で、熱い吐息と共に声にした。


 「――あの三人の内の誰にしようかなぁ?」


 その声が届いた刹那、ゼナイダが土を吹き飛ばし地面を蹴る。

 数百メートル先のリーシャへ向けて、たったの一歩で手の届く距離まで近づくゼナイダ。ガントゥの視界に現れると同時に、右の拳を肩のところまで引くゼナイダの姿が目に飛び込んできた。

 ガントゥは知る、この距離では避けることなんてきない。ましてや、それを考えた時点で、ゼナイダの拳はリーシャの頭部へ数ミリで触れるところまで迫っていた。


 「――死ぬ準備はできたか?」


 勇吹の氷のように、どこまでも冷たい声と一緒にゼナイダの拳が放たれた。

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