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第二章 ⑧―闘技大会②―

 ゼナイダが猛攻で薙ぎ払いつつ、周囲の敵を圧倒していく。

 数は確実に減少し、視界は開かれる。


 「ゼナイダ! 後、どれくらいだ!?」


 『もうちょいですの……。もうちょっとで、予定数を満たしますの!』


 ゼナイダの励みにも似た発言を耳に、勇吹は操縦席への力を強く込める。両脇に二機を挟み込み、そのまま地面へと叩きつけることで、同時に頭を砕き散らす。


 「俺は敵へと集中する。残りの数を教えてくれないか!」


 『了解ですの!』


 その瞬間、ゼナイダが操縦を全て委ねたのが分かった。言ってしまえば、軽々しく振り回していた武器が急に重くなったような状態。腕が千切れそうな錯覚を覚えつつ、力いっぱいにゼナイダの挙動を全身全霊で制御を行う。

 体力作りが活かされていたことを内心嬉しく思う勇吹の目に飛び込んでくる未だに元気の良い魔導人己。そいつは、全身をブロックで積み上げられた歪な巨人、茶色の機体が大きな棍棒を振り回す。

 短い間に多くの経験をした勇吹はすぐに見切り、振り回される棍棒をくぐり抜けて、足元へと潜り込む。すかさず鋭い蹴りを放てば片腕が宙を飛んでいく。


 「浅いか! まだだぁ!」


 敵を倒すために伸びた足が地面につけば、その足を軸に体を反転させて握った拳が強引かつ強烈に敵を吹き飛ばす。

 体の上部三割を失った茶色の機体は、背中から地面にその巨体を寝かせた。ピクリとも動かないその機体から、すぐさま離れれば、状況を見たゼナイダの声が響く。


 『もう二十もいないですの! いけるです、いけるですの!』


 「おう!」


 ゼナイダの声には達成感が滲み出ている。それを耳にすることで、疲弊した体に鞭を打つ元気も出てくるというものだ。

 勇吹も騒ぎの中で、辺りの光景を窺う。

 もう残り僅か、このままギリギリと詰めていけば、必ず勝機が見えてくるはずだ。しかし、一つ嫌な予感が拭いきれない。

 ガントゥの姿が見当たらない。奴のことだから、もっと派手に動き回るのではないかと予想していた勇吹にとってみれば、どこか拍子抜けだった。


 (アイツも、この土まみれの中で地面を転がって戦っているのか。それにしては、さっき会ったアイツの様子はおかしいし……)


 不安が思考を鈍らせ、焦りが増していく。

 探せ、探す、探していく、奴は必ずどこかにいる。それは、予想せずとも、思考が告げてくる。危険だと、この本当ならば起きるはずがないこの事象。コップに満ちる液体が溢れれば、それは危険を警報する何か。


 (ご主人様っ、大変なのです!)


 「どうした、ゼナイダっ」


 思考の外れといってもいい、そんな空間。暗闇の塊がそこにぽっかりと主張をしていることが理解できた。

 多くのものが飛び交い、行き交う喧騒。視界の中で吹き飛ばされた機体が転がり、吹き飛ばされた破片が宙をぐるりぐるりと回り落ちていく。そんな騒がしい状況でも、揺るがない場所がある。――マントを羽織った魔導人己が、己の腹から暗闇を放出していた。

 何かの能力だろうか、周囲の機体は誰も気づく様子がない。気配を完全に消しているのか、それとも、透明にでもなっているのか、ただまるでそこにあるべき特異な存在としてそこにいる。


 『たぶん、奴が――!』


 ゼナイダの声にすぐさま反応する。


 「――ガントゥか!?」


 『どうするですの、ご主人様!』


 「どうするったって……」


 (飛ぶか? 左に走る? 右に避ける? ダメだ、どんな攻撃が来るかわかんねえ……)


 舌打ちをして、脚部に力を入れる。今度は、攻撃するための手段じゃない。完全に回避を行うための跳躍だ。


 「とりあえず、――飛ぶぞッ!」


 引き締めた筋肉を解き放つために、地面に地割れを起こしながら高く舞い上がる。急上昇する戦闘機のように、一筋に伸びる飛行機雲のごとく空へと昇って行く。

 そのタイミングを狙っていたかのように、マントの闇が爆煙が盛り上がるように膨れ上がった。

 増大していく嫌な予感。重力を逆に押し返すほどの圧迫感を耐えるために、腕と足に力を入れて操縦桿を離さないように耐えることで回避に専念する。


 (なんだ、アレは……!?)


 飛び上がる直前に、勇吹はマントの魔導人己の内部からおびただしい数の剣が放たれるのを目にした――。



                ※



 ガントゥは、闘技大会の一週間前まではゼナイダに怯えていた。

 突然出現するほどの魔力を内包した魔導人己なんて、存在しない。そのはずだったが、奴は容易くその常識を覆した。

 部下相手に自分の魔導人己で戦っていても、何度も戦場を超えてきたガントゥには確信があった。どれだけ、操縦する人間が素人だとしても、奴そのものには敵うわけがないと。

 勇吹と同じく力を求め続けた三日前。王宮の魔導機を研究していた組織からある連絡を受けたガントゥ。


 「一つ、話があります」


 やたらと胡散臭そうな爺さんだと、その時のガントゥは思った。

 研究し過ぎたせいなのか、ぼろ雑巾のようなロングコート。剥げかけた頭に残った髪は、くしゃくしゃといろんなところにはねていたせいで不潔な印象を与える。

 その男に連れて行かれた薄暗闇の施設。そこで寝ていたのは、一人の少女リーシャだった。


 「なんだ、このガキは」

 

 「ええ、これが騎士様の”チカラ”です」


 ガントゥは最初おかしなことを言っているのかと人格を疑った。

 その男は語りだす。


 「この子は、もともと孤児なんですよ。そういう身寄りもない子を連れてきて、ここで国の明るい未来への担い手への教育をしているところなんですよ」


 ”教育”という言葉に、ガントゥは嫌面を浮かべた。


 「いい趣味してるなあ」


 まるで褒められたかのように、男は嬉しそうに笑う。


 「いえいえ。それに、私達は魔導書にも大きく興味があり、その魔導書の力を引き出すことを目的とした組織でもあるのです。その研究成果が彼女です。……ほら」


 薄い布一枚だけかけられたその服を持ち上げれば、リーシャの裸体があらわになる。

 ガントゥに子供に興奮する趣味はないが、その姿に鼻息を荒くした。


 「本当に……。いい趣味してるぜ、アンタ」


 リーシャの体には理解不能の文字が魔力によって書かれていた。

 ヘソを中心に、まるで輪を広げていくようたくさんの文字が書かれ、それが上は首の付根、横へは肩まで、下は太腿まで。その文字は、いくらガントゥといえど見覚えがあるものだった。――魔導書に書かれている誰にも解読不能の文字が刻まれている。


 「意外と思いつかないものなのですよ。ゆっくりと刷り込むように、幼い子供へ魔導書文字を刻んでいく。そうすることで、人の体を媒体とした擬似魔導書を作ることができるのではないかと思ったのです。……その実験体、そして、その完成型。過去に事例のあった魔導書と同様の力を彼女も発揮することのできるのです」


 まるで血の繋がった孫を可愛がるように、その頬を愛しそうに撫でる。


 「これが、お前の言うチカラか」


 騎士という役職に就いていれば、こういう非常識な取引があったとなれば、その立場に戻ることはできないだろう。命を粗末に扱うような研究を、王は特に嫌うところがある。その時のガントゥの中には、確かにこの実験を異常だと常識は残っていた。しかし、そんな薄く重ねられた人間性など壊してしまうほどに、ガントゥの中にはそれ以上の求める何かがあった。――例えそれが、歪んだ誇りだとしても。


 「敬遠しますか?」


 「いいや、むしろよく馴染みそうだ」


 そう言い、二人は大きく笑い声を上げた。



                   ※ 


 

 三日前の出来事を、まるで昔のように思えた。

 ガントゥは一度飛び上がったゼナイダをチラリと見れば、再びその髭だらけの口の形を大きく変えた。


 「さああ! 始めようか! 狂い踊り反吐を吐け!」


 黒い魔導人己リーシャは、己の手足を動かすこともなく、その能力を発揮する。

 リーシャは、そのマントの暗闇から矢のように何十という数の剣を放出する。次から次に飛び出す剣が、立ち並ぶその他の機体を貫き引き裂いていく。

 ”剣貯蔵庫”。そう呼ばれるリーシャの攻撃の名称。

 リーシャの特性は、魔力のトンネルで直結した異次元に繋がるマントの暗闇から無限に剣を放つことができる。しかし、その数には限界がある。決められた数以上の剣を放つとなれば、操縦者に大きな負荷がかかる。それを可能とするのが、先程ガントゥの行った攻撃手段。

 その攻撃手段とは、異次元から剣を召還し発射されるのを抑えることで、それを一時の間に体に蓄える。そして、留めた力を解放することで、限度数以上の剣を射出することが可能となるのだ。

 次々と放たれる刃。全方向に放たれる剣が、その他の機体に刺さり、衝撃で高く上がったかと思えば、それを追いかけて再び剣が突き刺さる。


 「やれぇやれぇ! ヤりつくせえ!!」


 観客はその光景に息を呑んだ。女性にいたっては、殺戮とも呼べるこその状況に顔を逸らす人も多くいた。

 怯えて逃げ出そうとする機体を見れば、その剣で串刺しにして、一体を倒すには多過ぎるほどの刃が貫いて地に沈めるのだ。飛ぶのは腕、足、胴体、あらゆるところから噴水のように上がるのは人と魔導人己に流れる人工血液と血が通う人間の流す鮮血。

 一通り、虐殺が終わった闘技場は悲惨なものだった。

 辺り一面に積み上げられて、並んでいくのは魔導人己の残骸達。


 「ぐひひ」


 笑うガントゥの目は焦点が合っていない。

 その顔に騎士の誇りもなければ、ダークエルフを差別するような小さな人間の姿はない。そう、もう彼は人間としての精神を崩壊しつつあるのだ。


 『ふぅにゃー!!!』


 それこそ本当の猫のような声で、リーシャが鳴き声を上げる。ガントゥの歪んだ感情が繋がった魔力にも影響を与えたのか両者共に自我という形成されたものをドロドロと溶解していく。

 その時、リーシャの頭部に観客席から石が投げられた。コツン、と音を立てて、石は地面へとゆっくりと落ちて行く。ガントゥがそちらを見れば、酒でもひっかけてきたのか顔を赤くした男がいた。


 ――おい! なんてものを見せんだ!


 ――騎士の面汚しが! 二度と出てくるな!


 ――さっさと、帰れ!


 観客席からはあらゆる罵声が飛び交い、汚い言葉がリーシャとガントゥへと吐きかけられる。

 ガントゥに残されていた唯一の人格、高慢なプライドが脳から彼の体へと信号を送る。


 「――黙れ黙れ黙れダマレダマレダマレェ――!」


 マントをふわりと浮かせて、一本の剣を石を投げた男の観客席へと射出された。


 ――ガシャン!

 たくさんの音と悲鳴。観客席に深く突き刺さった剣は、完全に男へと突き刺さり。その体を押し潰す。同時に、その剣は魔導人己の扱う武器。それが多くの人が密集した観客席へと投げられたとなれば、それに巻き込まれる人間も当然多くいる。最低でも、突き刺さったことで両隣の三人、さらにその衝撃波で十数名が重傷を負う。


 「口を慎め」


 血走った目でガントゥが言えば、その目は標的を探す。

 嵐のような悲鳴が闘技場の音を支配する。多くの人間達が、駆け回り這いずり回り、我先に逃げようと入り口へと向かっていく。

 混雑の中、ガントゥは探していた標的を発見する。

 一部の権力者しか座ることのできない個室の一室、こちらを見つめる女の姿を発見するガントゥ。――リデラが怒りのこもる眼差しで見ていた。

 リーシャは、その方向へと狙いを定める。マントをふわりと浮かせる。


 「お前のせいで、俺はこんなこんなこんなァ! こんな俺にィ! ――消えろ! ダークエルフの女!」


 唾液を操縦席の中で吐き散らし、操縦桿を強く握る。そして、剣がリデラとコゼットのいる個室へと発射された。

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