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第二章 ⑦ ―闘技大会①―

 巨大な建造物をくり抜いたような作りの闘技場では、数十体ものの魔導人己が剣を抜き、爆発を起こして互いの刃をぶつけ合わせていた。

 その状況は混戦。

 自分が優位に立つために、己のジャンプ力を生かそうと高く飛び上がった魔導人己の一体は、腕の伸びる機体に足を掴まれて地面に叩きつけられた。直後、腕を伸ばしていた機体の脇腹を大剣を持った魔導人己が豪快に薙ぎ払った。

 一体が一体を倒せば、その隙を狙って倒される。またその一体に二体が飛び掛れば、新たに現れた三体目が二体を同時に粉砕する。

 所狭しと暴れ回る今まで見たことのない数の魔導人己達に、観客は拳を掲げて歓声を向けた。

 その観客席の中でも、一部の人間しか入れないような四畳ほどの広さの個室の席が存在する。体が半分ぐらい埋まってしまうような赤いソファに、女性の腰ぐらいの高さのテーブルの上にはワインと冷水、庶民が滅多に口にすることのない果物の盛り合わせが中心に陣取っていた。声は聞こえるものの、まるで遠くから聞こえる防音設備。さらに、外の熱気を感じない涼しいと思える個室は外界から隔離されている空間といっても差し支えなかった。そして、そこにはガチガチに緊張したコゼットとリデラがいる。


 「わ、私達、席を間違えてないよね……」


 コゼットはおしぼりで額の汗を拭きながら、隣に座るリデラをちらりと見る。


 「虹星の案内状を渡したら、ここに通されたんだ。……ま、間違いないはずだ」


 その声に余裕はなく、もたれていいはずのソファに背中を任せることはなく、ピンと背筋を伸ばした状態で座っている。

 眼下で繰り広がる戦いの中には、ゼナイダの姿はない。しかし、あの機体が本格的に動き出すとなれば、確実に戦場の流れが変わるという確信がリデラの中にはあった。そのため、戦いへの緊張よりも、通されたこの部屋の戸惑いの方が心の割合を多く占めていた。

 

 ――コンコン。二人の背後でノックの音が鳴り、ほぼ同時に二人は「はい」と驚き混じりで返事をする。


 「おじゃまするわ。どう、この部屋は気に入ってくれた?」


 扉を開けば、にこやかに笑う虹星がそこに立っていた。部屋に入ってくれば、その後ろからシュナイトも続く。

 虹星の顔を見たコゼットがおろおろと虹星に話しかける。


 「こ、この部屋、い、いてもいいのかな!?」


 「緊張し過ぎ、コゼット。ここは、私がちゃんと正規の方法で許可を貰った部屋なんだから、好きに使ってちょうだい」


 苦笑しながら告げる虹星を見て、コゼットはホッと息を吐いた。

 そのまま、虹星は「それにしても」と言葉を続けた。


 「なんだか、余裕じゃない二人とも。コゼットはまだしも、リデラは勇吹が負けたら命はないんでしょう?」


 今、思い出した。そんなとぼけた様子で、リデラは目を開いた。


 「……信じているからな」


 そっと虹星へ向けて微笑みかけるリデラ。それは、おそらく虹星ではなく、今戦っている彼へ向けての笑顔だろう。

 ここまで恐ろしいギャップを感じたことのない虹星。こんな笑顔を目の前でされれば、いくらあの朴念仁でもどうなるか分からない。とりあえず、勇吹にこの笑顔を向けていないことに安心しつつ、虹星の視線は砂埃高く上がる闘技場へ向けられる。

 そんな中、陽の光を受ける機体が白銀の輝きと共に舞い上がるのが見えた。


 「確かに、信頼できるわね」


 ゼナイダが、一体の機体を鋭い拳で叩き潰しているのを見て、虹星は小さく笑った。



               ※



 参加者の押し込められていた門から飛び出したゼナイダの視界に、やたらと丈夫そうな黄色の魔導人己が飛び込んでくる。

 体はゼナイダ三体分はあるだろうか。大きくそれなりの力を持っているように見える。腕が六本あり、それを巧みに使い、全方向から襲い掛かる敵に弾丸のように拳を放っていた。


 (このまま、突っ込むのはマズイ!)


 勇吹の感情をすぐさま読み取り、ゼナイダは高く飛び上がる。突然、目の前から消えた魔導人己に気づくこともなく、なおも黄色の機体は腕を振り回す。そのまま、急降下を行えば、顔面に真っ直ぐに下ろした拳で叩き潰した。

 黄色の機体の頭部は裂け、脚部までパックリと開かれれば、その隙間から操縦席で操縦者が悲鳴を上げていた。


 「力の調整が難しいな……」


 突発的な跳躍力と、細いシルエットから弾き出される攻撃力に周囲からざわめきが起こる。

 その攻撃と速度は、彼らの常識を壊すものだった。

 魔導人己といえど、魔力で動く機械だ。飛ぼうと思えば、時間をかけて足を曲げてジャンプを行う。――ゼナイダは、まるで人のように跳躍をした。

 拳を落とせば、大きなダメージを与えられる。しかし、それでも相手も同じ機械。どれだけ殴ろうが、装甲をべこべこと凹ませることが関の山。だから、武器を手に取り、あの手この手で早期決着を着けようとする。――しかし、ゼナイダは拳の一振りで噛み千切るように同じ魔導人己を粉々にした。


 ――なんだ、コイツ……!? 本当に魔導人己なのか!?


 ――嘘だろ! アイツ、優勝候補だったんじゃないのか!?


 周囲のざわめきを耳にする勇吹。


 『どうやら、優勝候補とやらを一撃でぶっ飛ばしたせいで、注目を浴びてしまったみたいですの』


 「見りゃわかるよ、ゼナイダ」


 ギラギラとした戦意が溢れていくのを感じる。先程の瞬間で、この周囲の魔導人己はゼナイダを脅威と判断した。

 どれだけ喧嘩しようが、強大な共通の敵の出現により、時として個だったものは一つの集団へと変化していく。事実、先程まで剣を向け合っていた魔導人己達は、向けていた敵をゼナイダに変えてじわりじわりと距離を詰めている。そして、その数も少しずつ増えていっている。


 「ガントゥまでの、練習相手だ。やるぞ、ゼナイダ」


 『はいですのっ』


 ゼナイダに強く指示を与えれば、地面を蹴り上げる。

 拳を振り、右の一体。そのまま、そこで回転をして左の一体を蹴り上げる。一体は頭がもがれ、一体は足を砕かれた。その出来事、時間にして三秒。


 『後ろですの!』


 ゼナイダの声を聞き、勇吹は目だけ向ければ、背後から槍を構えた青色の魔導人己が迫り来るのが分かる。

 ゼナイダが武器を持たないのには意味があることに、勇吹は気づいた。それは、ゼナイダの持つ運動能力を殺さないため。剣を持ってもいいだろう、鎧を装備してもいいだろう。しかし、百パーセントの身体能力を発揮するのは、今の拳を振るうだけの状態でも十分にやっていけるのだ。制限されない、ありのままの全力の力で戦えるといっても過言ではなかった。

 ゼロ距離になる槍を受け流せば、懐に飛び込んできた形になる青の魔導人己に脇腹へのアッパーを与える。

 先程までの獣のような力とは違い、今度はコントロールされた一撃。

 槍の脇を潜るような拳は、青の魔導人己を貫く。すぐに引き抜くことができないため、左手で支えながら強引に引き抜く。


 「はああぁ――!」


 破片を撒き散らし、青の魔導人己は尻餅をついたように倒れかと思えば、火花と共に倒れこんだ。

 飛び掛る一機を蹴り倒し、動きを拘束しようとする敵を投げ倒し、弓を放つ敵ならば体を宙で回転させて距離を詰めて拳で風穴を空ける。

 操縦席の中、肩で息をする勇吹だが、確かな手応えを感じていた。


 「いけるぞ、ゼナイダ! このまま、押し切る!」


 『もちろんですの! ボクは魔導書ゼナイダ! ボク達を止めるなら――』


 魔導人己の一機を足蹴に踏み台にする。そのまま、高く飛び上がれば、観客は一斉に頭の上で足を持ち上げるゼナイダを注目する。そして、注目を集めたままで地面へと落ちて行く。


 『――魔導書百冊持ってこいですのッ!』


 振り落とした足は、カカト落としの体勢。そのまま、地上に魔導人己の頭部を踏み潰した。



                ※



 ゼナイダが活躍しているその戦場に、ある一体の魔導人己がいた。

 尖った頭だけ出して足元まですっぽりとマントで覆われたその姿は、言ってしまえば死神。漂う気配は、尋常ならざるもの。それでも、その戦場に立つからには敵意の一つも向けられる。それは、今までに向けられたいくつかの剣の一つ。

 向かってくる魔導人己は、農業用のものを改造したものだった。戦闘には向かないものの、操縦している人間の腕が良いのか今まで生きているようだった。手に持つのは、斧。鉛色に輝くそれを、地響きと共にマント姿の魔導人己に迫る。

 マントの魔導人己の操縦者、ガントゥは溜め息を吐いた。


 「生かしておいてやろうってのに、俺の優しさが分からないかねえ」


 よく見れば、その尖った頭は鮫のようにも見える。鋭い目、その口元は大きく歪んでいる。やはり、大きく伸びた頭部が特徴的な機体だった。

 あれよあれよという間に、斧を持った魔導人己が前に立てば、両手でその武器を握り持ち上げて振り落とした。――はずだった。


 ――ブン! しかし、そこには何もない。ただ空を切る虚しい音が響くだけ。


 「よお、俺を狙ったことは失敗だったな?」


 マントの魔導人己は、斧を空振りした機体の背後に立ち、その肩に手を置いた。

 突然の出来事と予期せぬ事態によって、判断のできない操縦者は、その場で動くこともできず斧を握り続けている。


 「残念だったな。もっと、力をつけて……ああ、いや。それはないな」


 それはないのだ。彼に刃を向けた者は、誰一人としてまともな状態ではいられない。それなりに安全が確保されているはずの戦場。しかし、もしもゼナイダのような魔導書の力をただ暴力のために使うとなれば、それは大きく変わってくる。


 「――死んで、無残に骸として転がれ。……良かったな、俺の”剣貯蔵庫”のコレクションを骨身に刻んでくれよ」


 斧を持った魔導人己は無数の剣によって貫かれた。何十という数の刃。それは、一斉に襲い掛かったから蜂の巣にされたわけではない。全て、そのマントの魔導人己の攻撃なのだ。

 マントの中は先のない暗闇になっており、そこからは無数の剣が出現して突き立てていた。


 「引き裂け、魔導陣リーシャ」


 口元を愉快に歪ませつつ、ガントゥはその魔導人己の名前を口にする。


 『にゃー!』


 似つかわしくない可愛らしい声を発したかと思えば、貫いた剣が斧の魔導人己の全身を這い回れば、紙屑にでも変えるようにあっさりと機体を細切れにする。撥ねた血を拭うこともせず、マントをひるがえしてマントの魔導人己――リーシャが背中を向ける。

 華麗に立ち回るゼナイダを見て、ガントゥは自分の髭を撫でた。


 「さて、次の段階に行く準備をしろ。リーシャ」


 『了解にゃー!』


 マントがふわりと舞い上がれば、懐の暗黒空間は広がっていく。その暗闇は、まるでガントゥが抱える黒く淀んだ心の流れのように膨れ上がり、次の暴力の矛先を広げていく。


 「イブキぃ……! お前には、最高の舞台を用意してやるよぉ!」


 そう言えば、焦点のずれた目でガントゥは高笑いをした。


 

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