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第二章 ⑥ ―闘技大会当日②―

 ガントゥは前に立つ勇吹とゼナイダを見て、「ほぉ」と髭を撫でる。相変わらずの失礼な舐めるような視線に勇吹は表情に嫌悪を浮かべた。


 「小僧、己の無様な死に様を晒しに来たのか?」


 状況の飲み込めないリーシャは首を傾げた。

 ガントゥの口から出た言葉に、無表情を意識して作っていたゼナイダもムッとした顔を見せる。すぐにでも手が出てしまいそうな気持ちを勇吹はぐっと我慢をする。


 「それは、こっちの台詞だよ。ガントゥ」


 小さく口元に浮かべる笑いは、武者震いから来るものなかは勇吹には分からない。しかし、彼を見た時に、この場から逃げるような発想は絶対にないという確信を知ることができた。

 今までに経験したことのない、胸の奥から噴出しそうな怒りの感情。これは、先程までの緊張や周りの雑音すら全て吹き飛ばしてしまうほどの、炸裂的な強い気持ちだった。

 ガントゥは勇吹の目の奥の殺意を感じ、嬉しそうに笑う。


 「そういえば、名前を聞いていなかったな。小僧。……死に逝く者に敬意を示すのが騎士だ。名前を聞いておこう」


 (俺が死ぬこと、確定かよ)


 胸元を掴んで、思いっきり殴り飛ばしてしまえばどんなに気持ちの良いだろう、と勇吹は無意識に拳を握り締めていた。しかし、それでは、ここまで堪えてきた意味がない。ここで感情のままに行動してしまえば、虹星はもちろん、コゼット達にも取り返しのつかない迷惑をかける。

 感情を押し殺して、名前を口にする。


 「俺の名前は、イブキ。何でも屋カモミールのイブキだ」


 にんまりと笑うガントゥのその顔は、十代の女子が見るには殺人的な気色の悪さだった。


 「イブキか。覚えておくぞ、せめて予選ぐらいは突破してくれよ。――行くぞ、リーシャ」


 そう言いリーシャの肩に手を伸ばせば、強引に自分の足元に引き寄せる。小さなリーシャの体は不安定な体勢で、よろよろとしながらガントゥにしがみつく形になる。


 「しっかりと歩け」


 乱暴にガントゥが言えば、しがみつかれた足を不自然に大きく動かして、振り払うかのように必要以上の歩幅で歩き出す。小さなリーシャの体は、その場で転がり、体を泥で汚す。泥や土のいたるところにこびりつく地面で、小さく「にゃー」と笑いながら体を起こすリーシャ。

 その光景を見ていた勇吹は我慢することができず、一歩踏み込んで去ろうとする背中へ声を飛ばす。


 「おい、もう少し優しく扱うことはできないのか。この子、アンタの家族なんじゃないのか?」


 こんな男と結婚しようと思う女性がいるのかと不思議にも思うが、小さな子供を乱暴に扱う男はどうしても許せなくなった勇吹。

 勇吹に言われて、初めて気づいたかのようにガントゥは自分のよたよたと歩み寄るリーシャを見下す。


 「あぁ……。このガキは、俺の子供ではない。ただの……道具さ。お前の側にいるその小娘と一緒でな」


 「小娘」のところで、ガントゥの目はゼナイダを見ていた。

 魔導書であることに気づいたガントゥに驚く勇吹。ゼナイダといえば困惑の表情で、リーシャを見るが、猫のように目を細めてその小首を傾げるだけ。

 

 「道具? もしかして、それは魔導書なのですか?」


 ゼナイダは敵意と共にガントゥを見る。同族が、奴隷のような扱いを受けていることに不満があるのだろう。


 「いいや、そういうものじゃねえよ。まあ、魔導書みたいな出来損ないの魔導具よりは使い勝手がいいのは確かかもしれないが。……だが、コイツはお前と近い存在だというのは確かだな」


 リーシャの細い腕を引き、その荒い息を小さな体に吹きかけた。

 嫌かどうかも分からない表情で、リーシャはただ目を細めるだけだった。


 (ああ、くそっ)


 勇吹はこの状況を悔しいと思った。それは、どうしようもないこの状況であり、ただただ腹の底から渦巻く怒りからくるもの。

 一秒でも早く、この男を倒したい。そう強く心が体が主張をしている。

 何か言おうとするゼナイダの肩に手を置き、勇吹は真っ直ぐな眼差しでガントゥを見た。


 「ガントゥ、アンタが負けたら……その子をくれよ」


 リーシャを指差す勇吹。指差された当の本人は、何度もパチクリと瞬きを行う。

 不満そうに、眉をピクリと持ち上げたガントゥ。


 「なに? ほざくな、小僧。お前は俺の私物を奪うというのか」


 馬鹿にするように勇吹は笑う。


 「奪う? 俺達を倒す自信があんだろ? だったら、こんなの単なるおしゃべり程度のもんだろう。負けの決まった人間が、どんだけ文句を言おうが痛くも痒くもない。違うか? それに、こっちは二人も奴隷になるんだ。賭け事も一緒にしてくれれば、それなりに燃えるだろ。戦いを盛り上げるスパイスみたいなもんさ」


 ガントゥは怒りの混じっていた表情を崩した。

 それは、勇吹が作り出した釣り針に引っかかった瞬間だった。


 「ぺらぺらと何を喋るかと思えば……。まあ良い、ここには多くの観衆もいる。多少の盛り上げは必要だな。そうなれば、どうしてもお前達の気持ちというものが影響を与えてくる。……いいだろう、お前が俺を倒すことができれば、コイツをやろう」


 リーシャの髪をグッと引っ張れば、苦しげにリーシャは歯を食いしばった。文句も言わずに苦しむリーシャに、勇吹はもう少しの我慢だからと心の中で訴える。

 心配そうに勇吹を見るゼナイダの頭を撫でれば、開戦の合図を知らせる鐘が闘技場に響き渡る。

 勇吹はガントゥに鋭い視線を飛ばす。


 「約束だぞ。破ったら、今度こそ許さないからな」


 「……存分に足掻いてみろ」


 ガントゥは目を大きく開いて威嚇するように言えば、「ガッハッハ」と大きな笑い声を上げて参加者の山の中へと消えていった。最後にリーシャは、最初に会った頃のような可愛らしい笑顔でを向けていた。それがどういった意味かは分からないが、ただその笑顔を守りたいと思った。

 鐘はさらに大きく鳴り、閉じられた鉄格子の門は上がっていく。カビの臭いがしていた空間に光が差す。整備をしていた魔導人己の乗り手達が、各々戦場への歩みを始めていく。

 さっそく外では、歓声と金属と金属がぶつかる高い音が響いてくる。

 既に、先頭で出て行った好戦的な人達の戦いが始まっていた。そして、最後に一人残された勇吹はゼナイダの手をそっと握った。


 「セクハラですの?」


 信頼する主人に笑いかけるゼナイダ。


 「頑張ろうぜって、ことだよ」


 そっと手を離せば、勇吹は駆け出すように大きな一歩を踏み出した。


 「魔導人己! 覚醒!」


 その叫びと共に、高密度の魔力の熱が周囲を照らした。




 

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