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第二章 ⑤ ―闘技大会当日―

 ――そして、闘技大会当日。


 朝の光が降り注ぐ自室にて勇吹は、綺麗に洗濯した制服に袖を通した。

 虹星から貰った手鏡を開き、机の上に置けば自分の姿を確認する。


 (この制服を着ていれば、元の世界の奴に会えるかもしれないしな……)


 淡い希望に期待する。そのためにも、大会でたくさんの活躍をしないといけない。

 気を引き締めて、部屋の扉を開く。そうすれば、向かいの部屋の扉が自分を待っていたかのように同じタイミングで開かれた。


 「あ、おはよう」


 「おはようですの、ご主人様」


 向かいの部屋の住人は、ゼナイダ。

 契約した魔導書は、契約者が死ぬまでは本の姿に戻ることができない。居間で眠ろうとしたゼナイダをかわいそうに思った勇吹は、スケベ心半分で少女の姿をしているゼナイダと同じ部屋で寝ようかとすれば、勇吹は猛烈にリデラに止められたのである。


 ――お前の部屋にいたら、危険過ぎるだろ。いや、なんか……うつるだろ?


 少しだけ心を開いてくれたかな、と思っていた勇吹だったが。その腐ったみかんを見るような目に、希望は打ち砕かれた。

 過去の悲しい記憶を振り払いたくなり、とりあえず洗面台で顔を洗い歯を磨く。ゼナイダと肩を並べて、朝の支度をするのも最近の光景になりつつあった。

 一階に降りて、コゼットとリデラと食卓を囲む。

 コゼットが嬉々と勇吹に語りかけてくる。


 「今日は、闘技大会の日だね! 調子はどうかな!」


 いつものように話しかけてくるコゼットに一瞬戸惑いながらも、勇吹はすすっていたコーヒーを机の上に置いて口を開いた。


 「正直、実感沸かないですけど、虹星が起こしに来ない辺りは……いよいよ、その日が来たかなて感じですね」


 「やる気マンマンて感じだね! 後から、リデラちゃんと応援に行くね!」


 コゼットが嬉しそうにリデラを見れば、勇吹とゼナイダはその勢いにつられてそちらの方を見る。

 リデラは全員からの視線からが恥ずかしいのか、そっぽを向き口を開いた。


 「……私を助けようとして、こんなことになったんだ。私が行かないという選択は排除するものだろう」


 勇吹は、いつも通りのリデラに苦笑を浮かべた。しかし、コゼットにしてみればその反応は不満だったようで、頬を膨らませて反応する。

 

 「ぶー! リデラちゃんもそんなことを言ってないで、素直に応援に行きたいって言えばいいのに!」


 「なっ……!? 私は別に……!」


 顔を赤くして、反論をしようとするが、その反応こそがコゼットの狙いだということに気づいたリデラは黙って顔を逸らした。


 「今日なら、イブキさんにも可愛いリデラちゃんをお見せできるかと期待したんだけどね」


 「へえ、かわいいリデラさんか……」


 どんなものだろうかと想像しようとしてみるが、突然リデラが立ち上がったことで揺れるテーブルのせいで、その想像は中断をする。

 そこには表情に恥ずかしさと怒りを兼ねたリデラが勇吹を見つめていた。


 「私の話はもういい! ……私のことは気にせず、危険だと感じたら逃げろ。いいな」


 リデラ自身も責任を感じているようで、葛藤しながらこの言葉を口にしたことが勇吹にも伝わってきた。

 勇吹は、その口に笑みを見せた。


 「何を言っているんですか。俺がリデラさんを置いて逃げるわけないですよ」


 あまりに真っ直ぐな勇吹のその顔を見て、リデラが前から疑問に思っていた言葉が口をついて出てきた。


 「なんで……。お前は、私がダークエルフだというのに、そんなに優しくするんだ?」


 勇吹自身、リデラがどんな存在だろうが、困っていれば助けるつもりだった。そこに理由はなく、近くにいる誰かが困っていた。それだけで、何も考えずに助ける程度に彼の性格は素直過ぎるものだった。

 勇吹は自分の皿のスープを飲み干せば、口の周りの食事の跡を拭き取った。


 「うーん、あえて言うとすれば。――リデラさんが、可愛い女の子だからじゃないですか?」


 ニコニコと邪気もなく笑いかける。

 今まで生きてきた経験上、人の言葉に隠された部分を察することを得意としてきたリデラには、勇吹の言葉が正真正銘の真実の言葉だと簡単に気づくことができた。そう思う以前に、勇吹の言葉の中には一度も嘘を見たことはなかった。

 前髪を垂らして、自分のスープとにらめっこをするリデラ。黄色のスープに映るその顔がどんなものかは分からないが、怒ってはいないようなので安心した勇吹は食器を持って立ち上がった。


 「ゼナイダ、そろそろ行こうか。それじゃ、先に闘技場に向かっとくよ。リデラさん、コゼットさん」


 同じように空になった食器を持ち上げるゼナイダ。


 「ごちそうさまですの、コゼットさん」


 ぺこりと頭を下げれば、食器を洗うために炊事場へ向かう勇吹とゼナイダ。

 あれから一言も口にしないリデラ。それどころか、目の前のスプーンをぎゅっと握り締めているだけだ。

 不思議に思い、コゼットはその顔を覗き見た。


 「リ、リデラちゃん……」


 コゼットが驚きの声を漏らし、両手を口に持っていった。

 その時のリデラの表情というのは、コゼットからしてみれば、なんと言っていいかも分からない。しかし、漠然といくつかの言葉を並べるとするならば――。

 ――かわいくて、はずかしそうで、恋をしているような少女。

 コゼットの思考は停止し、生まれて一度も見たことのないリデラの顔を見つめ続ける。そのせいで、勇吹とゼナイダの「いってきます」の声も聞こえなかったという。


                  ※


 イレシオン王の城から、さほど遠くない場所に闘技大会の開催地である闘技場が存在する。

 魔導人己同士の戦いは人同士と違い、危険はかなり少ないものになる。喋ることもでき、思考することができるとしても、それは魔導具。人が傷つく心配はないし、血生臭い争いを見る必要もない。そのためか、一種のスポーツ感覚で発展した魔導人己同士の戦いというのは、老若男女関係なく多くの人達を熱狂させた。

 定期的に、こうした魔導人己の戦いがスポーツとして行われ、国王から選ばれら騎士が中心となって大会を盛り上げる。だが、今回は国外の人間や騎士以外の人達も参加が可能になっているため、多くの人達の期待を駆り立てた。

 毎回の大会は、優勝者には賞金や役職を与えられた。優勝まで賞品がどんなものになるのかは誰にも分からないが、今回は噂が流れていた。


 ――今度の大会は、王専属の”魔導師”を探しているらしいぞ。


 魔導師になれば、食うことにも困らなければ、その家族にも国からの恩恵があるといわれている。ただ、一庶民では難解な試験や一部の試験官からは家柄を見られることもあるため、多くの人達がそこで足踏みをすることになる。

 だが、今回のような王が直接観戦をするような闘技大会でならば、己の力を王に示せばいいのだ、と。

 自分達の力次第ではチャンスがあるのではないかと、多くの国民達が集まることとなったのだ。そのため、今回の参加者は今までで最大規模のものとなっていた。



                ※



 勇吹とゼナイダは、参加の受付を済ませれば、青色の色紙を貰った。

 その色紙が、自分の入場口の場所になるようで、青の看板のしてある門の近くへと向かう。青の入り口にたどり着くまでに、何十体ものの魔導人己を見てきたが、一人も人間の姿をした者とすれ違うことはなかった。

 それどころか、剣一つ持たないゼナイダと違い、見るからにたくさんの武装や装甲をしている魔導人己が目立つ。

 何重にもコートを羽織ったように分厚い装甲の機体、己の体よりも大きな剣を振り回す機体、巨大な大砲を背中にいくつも背負った機体……。そのどれもが、戦闘用に強化改造されているのは、まともに戦いを経験したことのない勇吹にもすぐに把握できた。

 とりあえず、青の門が見えるところにたどり着いたが、既に多くの人達が魔導人己に登場して戦闘の準備を始めていた。

 何故、門がこんなにも分かれているのかという理由は、あまりの参加者の多さに急遽バトルロワイヤルで数を減らそうということになったのだ。そこで残った十名がトーナメント戦を行うこととなる。

 ゼナイダとぼんやりと門から見える外でも眺めていると。


 ――おいおい、アイツ。魔導人己に乗ってないぜ。なにしてんだ。


 ――きっと、迷子だ。そうに違いねえ。おい、お前。声をかけてこいよ! 迷子はお帰りくださいってな!


 これはまだ良い方だが、もっと汚い言葉で陰口が辺りから囁き声が聞こえる。

 とりあえず、ゼナイダの耳を塞いでみる。


 「なにをするのです、ご主人様」


 「いや、ゼナイダの教育に悪いのかなと思ってな」


 全く外からの声を遮断できなかったので、ゼナイダは勇吹の手に自分の手を添えるとそっと下ろした。


 「こう見えても魔導書ですの。ご主人様の何十倍も年はとっているのですよ。……戦いが始まれば、自分の価値観が間違っていることに嫌でも気づくのですよ」


 やれやれとゼナイダは首を横に振る。

 ゼナイダの自信に満ちた声を聞き、弱気になっていた自分を恥ずかしく思う勇吹。


 「それも、そうだな。これから俺達の実力を見せれば――」


 「にゃー!」


 「うわぁ!?」


 突然の猫のような少女の声に、裏返った声を上げる勇吹。ゼナイダも驚いているようで、声には出さなくても何度も瞬きをしている。

 勇吹とゼナイダの間に現れたのは、一人の少女。オレンジ色のセミロングの髪を、頭のてっぺんで団子のように結っていた。


 「だ、誰……?」


 くりくりとした大きな目を勇吹に向けるのは、小柄な少女。服装はといえば、ニット生地の服を首から太腿まで被るように着ていた。自分の服というよりも、父親か兄の服を借りて着ているようにも見えるほどにぶかぶかとした服を着ていた。

 そんな少女の年齢は十四ぐらいだろう。その蛍光色のような緑色の目が特徴的だった。


 「おにいちゃん、こんにちにゃー!」


 猫のように指の関節を丸めた少女が、腕をピッと伸ばした。


 「こ、こんにちにゃ?」


 「ノらなくていいのですよ、ご主人様……」


 少女は嬉しそうに笑うと、「にゃー」と嬉しい時の猫のような声を上げた。


 「にゃんだが、おにいちゃんからは同じようなニオイがしちゃってね!」


 すんすんと鼻をならして、顔を近づける少女に、さすがの勇吹も照れてしまい一歩後退する。


 「あれ、ご主人様にしては珍しいですの」


 「うーん……。もう少し攻撃的な女の子が多かったから、こういう風に近づかれるのは……慣れていない……」


 「なんだか、微妙に損な性格なんですの……」


 勇吹とゼナイダのやりとりを見て、面白いのか少女は嬉しそうに声を上げて笑った。


 「にゃははは! 二人は、面白にゃー!」


 謎の少女の出現で、緊張していた心が落ち着いていくのを感じる。

 最初は驚いたが、二人にとっては嬉しいサプライズともいえた。

 その賑やかな雰囲気を楽しく思い、目を細める。しかし、そうした空気を外側から壊すような野太い声が耳に届いた。


 「そこにいるのか、リーシャ」


 「にゃ! マスター!」


 猫のような少女がリーシャと名前を呼ばれ、くるりと勇吹とゼナイダから背中を向ける。

 楽しげなリーシャと違い、二人の頭の中には嫌な記憶が蘇っていた。自分達がここに立っている原因とも呼べる人物の声。

 リーシャの名前を読んだ声の主が魔導人己の隙間からぬっと顔を出す。


 「おい、リーシャ。……お前らは……!」


 雑に剃られた口元の髭が大きく弧を描く。

 勇吹は、まさかこんなタイミングで出会うとは思わない人物を前に、突然の出来事に生唾を飲み込んだ。


 「ガントゥ……!」


 声の出せなかった勇吹の代わりに、リーシャの隣に立つ男。ゼナイダはガントゥの名前を声にした。

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