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第二章 ③ ―闘技大会前夜―

 夕食後、虹星に呼ばれたのは勇吹とゼナイダ。

 場所は街から出て、しばらく馬車で進んだ場所になる。半分山、半分は平地の開けた場所。

 馬車は何故か急ぎ足で帰れば、そこにポツンと残される。

 足元の土は、ところどころ盛り上がったり凹んでいたりしている。それは、あまり人が通らない証拠なのだろう。前日に降っていた雨のせいか、月明かりの下で見る柔らかい感触の地面には足跡一つ見当たらない。

 木々が揺れれば、少し肌寒い。ポリフェニアの季節でいえば、春になるはずだが、まだまだ寒いといえる。


 「悪いわね、街中じゃできない訓練なの」


 そう言い、隣に立つのはシュナイト。

 二人はどこか、いつもと雰囲気が違う。今までに見たことのない二人の表情は、真剣そのもの。

 勇吹は、なんとなく予感を感じていた。基礎体力はついてきたはず。後やることといえば、これしかないだろうと思った。


 「そうだろうな。とうとう、やるか?」


 横に立つゼナイダの手を握り、自分の元へと引き寄せる勇吹。


 「セクハラですよ?」


 小馬鹿にするように言うゼナイダ。


 「それ、虹星から教わったのか……。うちの子に変な言葉を教えさせんなよ!?」


 「変態のアンタがそれ言う?」


 「前から何度も言うが、俺は変態じゃないぞ。そもそも、変態と言われてもピンと来ない」


 「――」


 絶句。そんな表情を浮かべる虹星。

 ゼナイダは大きくパンと手を叩く。


 「ご主人様は生まれた時からの変態だから、分からないのですよ。このやりとりも時間の無駄なので、話を続けるのですよ」


 否定しようとする勇吹の言葉を虹星は二度拍手をすることで口止めすると同時に、視線を自分に集めた。


 「そうね、その通り意味のないやりとりね。予想はついていると思うけど、今から行うのは、魔導人己の訓練よ」


 「いよいよ、きたか……」


 「ええ、いくら魔導書とはいっても、万能の書物ではないことを勇吹は気づいているでしょ?」


 「ああ、虹星の様子を見ていたら、なんとなく分かるよ。ガントゥと戦った時から、そんな様子を見たことないもんな」


 勇吹の言葉にふと疑問を覚える虹星。


 「……ねえ、そういえば、何でゼナイダに聞かないの?」


 「あ、ああ、忘れてたんだよー」


 苦笑を浮かべて頭を搔く勇吹。

 虹星は動揺と共に考える。まさか、この男は魔導書に気を遣っているのだろうか。

 魔導書でありながら、お前は魔導人己になることしかできないのだろう? と告げてしまうことが、ゼナイダを傷つけるとでも思ったのか。

 魔導書は、最初から自分のことを理解している。しかし、彼らが強大な力を持つと語り継がれているのは、そのただ唯一の能力である飛びぬけた能力を持つ魔導人己の存在なのだ。多くの人が誤解をしているようで、人から人へと伝わる話というのは厄介である。


 「まあ、勇吹がそう言うなら、そうなんでしょうけど」


 「すいませんです! ご主人様が甲斐性がないばかりに、私のこと一つ分からないですの!」


 「そんな、子作りを前に足踏みするような男に言うような真似はやめろ」


 ゼナイダは露骨に嫌そうに勇吹を見る。


 「また、セクハラですの……?」


 「愛だよ。ラブなんだよ」


 その、ラブとはなんですの? そう聞こうとする前に、勇吹は虹星に顔を寄せる。

 「へ?」ときょとんと顔が接近する主人を見たかと思えば。


 「ぺろり」


 ゼナイダの頬を生温い感触が駆け巡る。


 「――」

 「――」

 「おもしれえなッ!」


 ゼナイダも絶句した。同時に、虹星も絶句した。そして、何故かシュナイトははしゃいだ。

 勇吹はゼナイダの、桃のように瑞々しい頬を舐めていた。一口、二口と舐めたのだ。

 微妙そうな顔で勇吹は顔を上げた。


 「ちょっと、しょっぱいな」


 ゼナイダは、暴力で気持ちを発散しようと拳を持ち上げる。

 虹星は、ゼナイダの肩に優しく手を置いた。それこそ、心の中までも労わるように。


 「やめときなさい。気絶させたら、また話が進まないわ。……諦めなさい、それが貴方の主人よ。たぶん、愛されているのよ」

 

 虹星は励ますように、何の救いにもならないことを知りつつ、親指を立ててみせる。


 「汚された。……もっと、品のある愛を見せてほしいですのぉ」


 両腕を交錯して、体を慰めるように丸めるゼナイダ。


 「可愛い奴だな、ゼナイダは」


 「……アンタは、自分を抑制しなさい」


 一見すると、何を考えているか分からない奴だ。しかし、虹星は勇吹の潜在能力に期待していた。

 元の世界でも、勇吹はその性格からクラスの女子からもあまり評判が良いほうではなかった。しかし、人気はあった。

 虹星自身、自分がおかしな感想を抱いていてることには気づいている。

 それでも、そうと言えるのが彼だった。普段はへらへらとセクハラ紛いのことを言い、蹴られ罵られ、笑っている。そして、どこからか誰かが泣いていると、ポッと現れて手を差し伸べる。

 事実、勇吹はこのハードな毎日の中で、冗談は言うものの。本気の文句を言ったのは、聞いたことがなかった。

 勇吹の変わらない姿に嬉しく思うが、それを胸の内に隠して、虹星は言葉を続けた。


 「――話を戻すよ。今から行うのは、魔導人己に慣れる修行。明日、一日中戦う体力はついた。後は、その感覚に慣れるだけよ」


 「え、ああ……」


 彼らの体を生暖かい風が通り過ぎる。風の中には、動物園で、もしくは小学校の飼育小屋で嗅いだような生物の臭いが感じられた。

 牛か馬か、いや、もっと生々しい。

 嫌な予感を感じているのであろう勇吹を、虹星が横目で見る。


 「私が貴方の練習相手になってもいいけど、それは時間の浪費にしかならないはずよ。ねえ、勇吹はあれから一度でも魔導人己を召還した? あのガントゥの一件から、出したことはないわよね」


 「……ああ」


 「でも、出そうと思ったことはある。違う?」


 勇吹は否定しない。勇吹なりにも焦りがあり、何度か挑戦してみたことがある。しかし、ゼナイダは首を傾げるばかりで、魔導人己は影も形も出現しなかった。


 「肯定ね。私も危機的状況で目覚めたもんだから、魔導人己を出すためのやり方がわからなくて、大変だったのよ。だから、あえて危険を冒すことで、力に気づき、さらに強くさせることができた。……私の言いたいこと、少し分かってきた?」


 妖しげな笑みを浮かべる虹星に、勇吹は背中に冷たい汗が流れた。

 黙る勇吹に気づきながら、虹星は止まらない。


 「――ねえ、勇吹。貴方、最初はバジリスクに襲われたって言ったわよね?」」

 

 聞きたくない名前に、勇吹の心臓が大きくなる。

 ここでそれを言うな、言ってしまえば、きっと――。


 『グゴォ!』


 最近、どこかで聞いたことのある食に飢えた獣の声。


 「……マジか」


 「大マジよ」


 声のした方向に顔を向ける。虹星はもちろん、シュナイトにも焦りの表情はない。むしろ、余裕すら感じさせた。

 そこには、過去のトラウマで膝を震わせる勇吹。そして、おろおろとするゼナイダ。

 ゼナイダの視線は、勇吹と――数十メートル先で光る赤い二つの目。おそらく、バジリスク。

 遠くに光る目は少しずる大きくなってきている。そこから、考え出されることは、バジリスクが近づいてきている証明。


 「お、おい、虹星! 早く逃げるぞっ」


 虹星と一緒に逃げようと伸ばした手。しかし、それはすぐに払いのけられる。


 「何を言ってんのよ。私達は逃げるために、ここにいるわけじゃない。立ち向かうために、ここにいの。そして、立ち向かわなければいけないのは、アンタ。……勇吹、あれがアンタの修行相手よ」


 勇吹は虹星の言葉に、信じられないものでも見るような目で見る。その顔には、しっかりと覚悟のようなものが感じられた。そして、勇吹は次の瞬間には、虹星へと伸ばしていた手を引いた。


 「……なるほどな。確かに、いい練習相手になりそうだ」


 伸ばしていた手をだらりと垂らせば、流れ出る冷や汗に薄い笑いを浮かべた。

 ドカドカ音が聞こえてくる。先程までは、どこか探すようにバラバラだった音が、こちらに狙いを定めたように真っ直ぐと向かってくる。

 出会った時の恐怖が蘇り、手が震える。


 (くそ……)


 ぐっと拳を握り、恐怖を静めようとする。それでも、内からこじ開けるようにその振るえは止まることはない。

 その時、自分の握り締めた右拳を包む温もりに気づいた。


 「ご主人様」


 ゼナイダの小さな両手が、勇吹の右手を優しく包み込んでいた。

 波紋を立てていく心に触れるその温もり。

 すっと息を吐けば、ゼナイダの熱が体に沁み込んでいくようだった。


 「行こう、ゼナイダ」


 気が付けば、震えは止まっていた。


 「はいですの!」


 ゼナイダの活気のある声を耳に、バジリスクに視線を向けた。


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