∞7静かなる一粒7∞
身の危険から解放されたオレは、安堵の息を吐きながら脱力する。正直父親との責め合いは恐怖を覚えた。切り裂かれた左手の甲も今になってさらに痛み出し、オレの心を抉るかのようだ。
こんなこと、いつまでもやってられっかよ……。
正直、こんな死に繋がる接近戦は今日が初めてのことじゃない。父親とやったのは初めてではあるが、この町の住人はオレを追放したいのか殺したいのか、しょっちゅう試行錯誤にオレを殺そうと企んでいるんだ。最近オレが遭った出来事といえば、久々に会話したお爺さんから麦茶を頂いたのだが、どうも怪しいと思いお爺さんに先を譲ると、不審な動きをしてそそくさ帰っていったのだ。多分毒でも仕込んでいたのだろう。じゃないとあの反応は珍しいに等しい。
「ホント、毎日が下らねぇや」
左手を押さえながら、オレは軽く降る雪に触れながら口ずさんだ。父親は滑り台の傍で気絶している。あそこにはもう近づけないな……。ここが唯一の落ち着く場所だったのに。
オレは、お別れのつもりか、滑り台の先にある半分埋もれて半分突き出しているタイヤの上に雪を払って座った。
綺麗さっぱり姿の見えなくなった砂場。雪が上に乗って冷たそうなブランコ。片方に雪が積もりすぎてバランスの整っていないシーソー。オレの座っている他にも多数同じものが存在しているタイヤ。そして、オレのせいでガムテープまみれになっている滑り台。この万古不易とまではいかない全て、全てがオレを今まで支えてくれていた。己を犠牲にしてまで……オレ、もうだめだわ。生きてる価値がないのかもしれない。いや、最初からそんなもん存在していなかったんだろうな。オレは大人しくアイツのために心臓を分け与えていればよかったんだ。そうすれば、あの家族も幸せの縁に包まれ、この町の人たちも不快な思いをしなくて済んだだろうに。
「畜生が! こんな世界に生まれてこなきゃよかった! なんでクローンなんだよ! クローン技術に成功してもいいことなんて一つもないじゃないか!」
半ば大声で叫ぶオレ。すると、公園の隣にある家の二階の照明が点き、窓から若い男の人が顔を出して来た。
「うるさいぞ! 夜中なんだから静かにしろ!」
「ちっ」
男からはオレの姿が見えないのか、一発怒鳴ったあと窓を閉めて明りを消していた。
ダメだ。こんな辛い現実、幸せのひとかけらも無かったこんな世界、どうでも良くなってきた。
オレはタイヤから立ち上がり、公園を徘徊する。冷たい雪の中に足を埋めながら、懸命に歩き回る。そして公園の端に付く度に雪を彫り上げて何かを探す。
ないのか? 公園ならあってもいいだろ、何か切れるものとかよ? なんでもいいんだ。切りにくいものでも、ハサミでもいい。オレはもう楽になりたいんだ。でも、どうせなら痛くない死に方がいいな。最後くらい、気持ちよく死にたいよな……。何故か、それにはオレ自身もわからなかった。オレの目から、雨とは違った水が垂れ下がってきたんだ。一滴などではない。大量に……
「なんだよ、雨だよな、これ……」
空を見上げてみるが、そこには雨ではなく雪が降ってくるばかり。雨など一滴として降っていない。
なんでだよ、オレが泣くわけがない。オレにとっては、この死ぬ瞬間、つまり今が……一番幸せなんだよ。
腕を顔に近づけながら、オレは雪の地にうずくまる。なにか、切れるものを探そうとしているのに、どうしてか顔から腕を話すことができない。おかしい。別にオレには生きている価値もないのに、今だって自殺で頭がいっぱいなはずなのに……。オレは、滑り台の傍で仰向けになっている父親を見て、自分でもわからなかった本音が声に出てしまった。
「もういやだ……死にたくもないし、生きたくもない」
オレ、こんなふうに思ってたんだ。死にたくないとも思ってたんだな。
誰か……誰でもいいよ、父親でも誰でもいいよ。オレに声をかけてくれる奴、どんなことでもいい。貶されてもいい。オレはただ、今は誰かの声を聞いていたいんだよ。それだけで楽になれる気がするのに……。
「……」
当然のこと、オレの周りには人子一人としていない。仕方なくオレは、公園の隅で独り寂しく声を荒らげて、誰にも聞かれないように……泣いた。