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∞6結局殺り合うしかないんだよ6∞

 立ち上がったオレは、公園の隅にそびえ立つ白壁で長方形の公衆便所に寄っていた。クローンだって人間同様トイレくらいはする。公衆便所は人が中に入ってくると自動で球の明かりが点き、辺りを照らしてくれている。雪も入ってこず外よりも暖かいこの場にずっといたいという欲望もあるが、なにせ自動照明なので、しばらくすれば消えてしまう。暗い便所には死んでもいたくないオレは、少々の温もりを感じたあと、また公園の滑り台へと足を踏み入れ始めた。


 一度暖かい場所に行った後、再び寒いところに行くとこれほどまで寒いとは、既に経験済みだが慣れないものである。


 と、腕を組んで震えていると、不意に滑り台の方に人影が見えた。大きい、百八十センチはあろう身長が、オレの足音を検知してかこちらに振り向いてきた。まだ十メートルは離れているオレにとって、月の光しかない空間から人影の正体を見るなど愚問だ。眉を寄せながら人影に近づき、三メートルほど近づいたところで、オレは驚愕に立ち止まった。


「お、おまっ!」


 汚い緑色のコートに、極端に曲がった背筋。頭は何も手入れをしていないのか髪はぐちゃぐちゃで、無精ひげが首元まで長く伸びている。薄れた目。だがその目はどことなくオレに似ていた。当然である。たとえオレがクローンであっても、アイツの遺伝子から作り上げられた人間。いわば双子とも呼んでいいだろう。だから、そう、目の前に立っている奴は――


 どこからどう見ても父親だった。


「なるほど、逃げていなかったのか。一応忠告はしたのだが無意味だったようだな」


 父親は素っ気ない顔でオレに視線を向けるなり、オレに構わず口を動かし続けた。


「私がこの場に来た理由はお前も理解、承知しているのだろう?」


 似合わない笑みを浮かべ、コートのポケットに手を入れる。何かを取り出そうとしているのだ。


「あ、生憎だがオレはお前と関わるようなことはしねぇ。お前は既にオレの……いや、最初から無関係な人物なんだからな!」


 オレは父親のポケットに目を向けながら少しづつ後ずさる。奴はあそこから何を出そうというのか、オレに視線を向けながらポケットの中に入っている腕をわかりやすく動かしていた。


「まあ、それも一理あるかもな。だが、私にとってはお前に息子を殺されたようなものなんだ。その点では、被害者の家族と犯罪者という接点があるんだよ」


 ポケットに入っていた手の動きが止まるなり、父親の笑みもどことなく消え去った。


「だから、息子のために――」


 ポケットから手を抜く父親。咄嗟に見えた手に持ったものに、オレは思わず後ろに駆け出してしまった。仕方がない。奴の手に持っていたものが、鋭く尖るナイフだったのだから。


「お前も死ね!」


 父親は大声を放ったあとオレに向かって手を空につき上げ、一直線に腕を振り下ろしながらナイフを放った。足では勝てないと思ったのだろう。投げてきたのは予想外だ。


「うおっ!?」


 オレの脳天めがけて飛んできたナイフを避けようとするものの、寒さで足が思うように動かず、やっとさえの避けの結果、脳天ではなく頬を掠めた。掠めたといっても痛いものは痛い。オレは無音の中痛みに耐えきれず声を少々荒げてしまった。


 頬に傷を入れられ、オレは逃亡をやめて父親に降り向く。等の父親はオレにナイフが当たったことが嬉しいのか、歓喜のあまり手を叩いて爆笑していた。


 アイツ、喧嘩上等じゃねぇか。今の状況からして父親の体は健康そうには見えない。むしろ酒やタバコの毎日で体が悲鳴を上げているようにも見える。対してオレも望まない栄養分ばかりをとっているのだが、この父親よりは十二分マシな気がする。ということは、奴の凶器になりそうな物が手元から消えた瞬間、オレの一方的な暴行となりうるということだ。


 頬を傷つけた礼もしたいし、こっちはストレスっつーもんが有り余ってんだよ。だから、少しは消費させてもらうぜ!


 そう思いながら、雪によって埋もれている足を前へ前へと加速させながら走り出す。


「なんだい? 今の効いたのかい? 確かに傷つけられたら怒るよね? 痛いもんね。でもな、私の息子はもっと痛い目に遭っていたんだよ!」


 こちらも負けていられない。というように、再びポケットからサイズは先程より小さめのナイフを取り出してきた。


 わかっている。アイツを見捨てたのはオレだ。コイツと母親が一生懸命育てた子を殺したのはオレなんだ。しかし、それはオレだけの責任なのだろうか? それはいつも思っていること。片時もその気持ちを忘れたことはない。だが、その答えはオレ一人では見つけることは皆無なのだ。


「クッソ野郎! 病院の庭でオレを見つけたくせに、捕まえなかったのはどっちだっつーんだ!?」


「うっせぇ! こちとらお前が行方を隠すから失望してたんだよ! どうして、どうして自ら偽善者にでもなろうとしなかったんだ!」


 オレと父親の距離はだんだん、しかし確実に縮まり、気づいた時にはオレは右拳を丸めて突き上げ、対して父親は構えたナイフを両手でオレの心臓めがけて突き刺そうとしていた。近距離で二人のドスの効いた叫びが響き渡る。オレは右拳を握ったまま振り下ろさず、左手で父親の握るナイフを掴み取った。


「ぐっ……」


 手のひらの周りから鮮血が飛び散る。痛みに表情が嫌悪する。


 一応言っておくが、別にクローンだからって血が出ないわけではない。クローンも遺伝子が人間な限り同類だ。血の一滴や二滴普通に垂れるさ。


「なんだいなんだい? 痛いのかい? ははは、こりゃ笑えるわ~」


 父親がオレを目の前にして豪快に笑い出す。


 ……コイツ、殺す。


 不意に、オレの脳内を悪の塊が襲うように支配し始める。右拳の握る力が一層に強くなる。オレは、自身の腕を見て高らかに笑い声を上げる父親に向かって口を開く。


「好きなだけ笑ってな! だが、歯は食いしばれよ!」


 強く握り締めた拳を、なんの防御もせずただ涙を流さんばかりに笑い続けている父親の顔面に解き放つ。憎しみ、憎悪、様々な感情を込めた一発。オレの拳が頬にクリティカルヒットした父親は、笑いを止めて瞬時に白目を向いた。ナイフを握っていた手も力無く垂れ下がり、ナイフが雪の中に埋まる。ただ、赤い鮮血だけが雪を染めていた。


「お前なんて、ただの犯罪者だ……」


 膝から崩れていく父親を、オレは抱え込むことなく避ける。顔が雪に埋もれる。ここでオレがコイツの首を締めたりでもすると、コイツを殺すことができる。が、オレはそんなことはしなかった。いや、出来なかったと言ったほうがいいのかもしれない。オレはコイツら家族の縁をぶち壊した張本人なんだ。そんな奴がまた家族の一人を死に追いやってもいいのか? 否、それはただの自己を損害するだけだ。それに、もうこの家族を苦しめたくはない。オレは、オレなりにコイツらに贖罪するつもりだ。近くではなく、離れたところでな。


 と、流石に窒息死はされて欲しくないので、仕方なくオレは父親を仰向けに寝かせる。同情なんてしていない。その証拠にほら、寒さだけは保証していないんだからな。


 オレは、父親の着ている汚い緑のコートのチャックを全開にし、わざと凍えさせるように仕向ける。これもきっと一種のいたずら心なのだろう。育てられた子として、これくらいのわがままは聞いてくれよ。


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