∞49決意49∞
ふと、怒りと同時になにやら不思議な感情がオレの脳裏に浮かんできた。そうだよ。つまりは簡単じゃないか。オレが守りたいのは自分じゃない。リウだ。そして、オレと約束したアイツなんだ。ならば、答えはただ一つ。もう、これ以外何もないじゃないか。
オレの一言で黙りこくった父親に面と向かって対峙する。そしてオレは、一歩、二歩、三歩と徐徐に前へと歩み寄る。
「止まれ! それ以上動けば、この嬢ちゃんを殺してしまうぞ!」
拳銃を持った右手が震えている。父親の怒声に動きを止めるオレだが、代わりに口を動かした。
「……確かに、今までお前の言っていたことは正しいのかもしれない」
「……あ?」
「オレには、人間が思う感情がわからないのかもしれない。人の不幸を嘲笑うような奴なのかもしれない。苦しむ人を見捨てるような奴なのかもしれない」
だから、こんなくだらない感情しか持っていないオレは、この世界に不必要な存在なんだ。いや、オレは元から不必要な存在だったな。ただ、アイツの心臓の為に生まれ、アイツの元気と引換えに死ななければならなかった物。
「だから、オレは決心した。本当は嫌だ。そんな感情は誰だって持っているだろう。でも、決心したものは決心した」
オレは、両手を広げて父親に素手だという事を示す。
「なにを……決心したと言うんだ」
そんなオレに対し、思わず銃口を向ける父親。やはり、父親は父親で、この状況に恐怖を感じているようだ。驚いているといってもいい。
「さっきの質問だ。お前が出した、どちらかを殺したいという質問だよ。それを決心したと言うんだよ」
「決心……? ようやくしたのか。これだからクローンは人間の不幸には行動を先走る割に、自分が中に入ると急激にペースを落とす」
「……」
「クローンというのは、どうしてこうも残酷なのだ」
「……」
「それで、貴様が下した答えはなんだ。自身の身を滅ぼすのか、それともお嬢ちゃんを犠牲にするのか?」
月の光が急激に雲によって隠され、辺りが少々暗くなる。そよ風が激風となって玄関を通り抜け、髪が揺れることが痛いとまで思えてくる。
もう、終わらせよう。オレたちの戦いを。惨めで悲惨な戦いを――
「親父!」
「……!?」
大きく息を吸って、父親に向かって大声で叫ぶ。初めての親父という言葉を使って。驚く父親。そして、拳銃を握る右手の握力が増す。
オレは再び大きく息を吸い、鋭い目付きで父親を睨み、今までにない大声で叫んだ。
「全てオレのせいだったのに、何もかもお前ら家族のせいにして、オレの逃げ出した町の人々のせいにして拒絶して、自分がクローンで、自分だけが辛い目に遭っているのだとばかり思っては恨み、憎み、その度にオレに反抗するものにはオレなりの罰を与えてやっていた。でも、ただ皆はお前らの息子の敵という一点の理由でオレを襲っていただけなんだ。 アイツらが悪くないっていうのはおかしいことかもしれないが、それに勝る以上オレは残酷で、卑劣な存在なんだ! だから、オレを――……」
あれ……どうした? ほら、最後の一言をさっさと言えよ。
いいだろう? もう十分生きたろ? 一度無くそうとした命だ。今更拒もうとするなよ。だから、もう言ってしまおうぜ。
オレは、この街に来て最初にリウに抱かれたことを思い出す。
確か、あの時もオレは最後の一言が言えなかったんだっけ? 涙を流し、女の子であるリウに抱かれた。はは、オレって情けねぇ。ただの阿呆だ。
あれ……オレ、今も泣いてる。何も悲しいことなんてないのに……それでも、涙がこぼれている。人生になんの幸運も得られなかったオレだけど、最後の最後に楽しい日常を遅れたじゃないか。だったら、もう終止符も打てるじゃないか。
瞼に溜まった涙を必死に漏らさないと歯を食いしばって食い止める。だが、もう我慢ならなくなったオレは、涙とともに頭を振り下げ、父親に向けて最後の一言を空気を揺らしながら思いきり口にした。
「だからオレを――殺してくれ!――」
とてつもなく無残な言葉。儚い言葉。こうして人は、自分の誤謬に深く後悔し、自らを憐憫するのだろう。
オレの一言に、父親が愕然とする。ただ、全身の震えは相変わらずで、オレへ向けられた銃口は右往左往と重心が振れている。
「それは、お前の本心か? お前が決めた、本当の答えか……?」
父親の右手の握力が落ちる。
「ああ。オレには元からこの世にいる資格なんて無かった。……ごめんな、リウ」
オレは、父親の左手に肩を掴まれているリウに目をやる。
「ライ……私、言ったはず。例えクローンだろうがなんだろうが、それが人間の姿形をしている以上、それは人間だって。感情のどこかのネジが外れていたって、それも一人の人間なんだよ? だから、あなたが死ぬ必要なんて無い。そんな決心、いらない」
「でも、オレとお前の二択となれば、オレはオレが死ぬとしか選べられない。人生が飛散で怠惰なオレと違って、お前は皆から慕われ、愛されている。そんな奴を踏み台にして生きることなんて、オレには無理だ……」
「でも……」
「さあ、オレは決めたんだ。親父、お前の質問に答えた。だから、好きにオレを殺してくれ! 気の済むまでオレを殺してくれ! だが、リウも、この島の住人にも危害は加えないでくれ。これが、オレの最後の願いだ!」
再び父親に目を向け、父親の瞳を見続ける。
寝不足で、光沢を無くした瞳。アイツがこんな父親の姿を見たら、確実に身を引くぜ? そんな格好でいて、いいのかよ。




