∞47我が子への愛47∞
「報復……スキンヘッドの討伐おめでとう。てっきりお前がやられるのだと思っていたが、そうでもなかったらしいな」
「…………」
オレの前に倒れている大男を見ながら盛大に拍手する父親。そして、オレの気の抜けた表情を見て微笑し始めた。
「ははは……一度罪を犯したことがある割には心配性なんだな。お前のことだから殺した途端に腹踊りをすると思っていたんだが、そうでもないらしいな。と冗談めかしい事を言ったが、お前が心配しているだろうそいつは死んでないぜ?」
「ほ、本当か……?」
「ああ、恐らく麻痺だろうよ。上手く銃弾をヒットできたようだな。感心感心」
父親の言葉を聞いて安心するオレ。二回も命を奪うのは罪が重すぎる。
安堵の息を吐いたオレを見て拍手するのかと思いきや、父親は目の前に座り込んでいるリウの腕を掴み、自分の元へと引き寄せ始めた。
「おい、何しやがる気だ!」
立ち上がり、父親と距離を縮め始めるオレ。しかし、その動きはあっけなく父親に止められることとなった。
「止まれ! この嬢ちゃんがどうなってもいいのか!」
右ポケットから拳銃を取り出し、リウのこめかみに銃口を当てる父親。
「!?」
それを見て、真っ先に驚いたのはリウだった。
「リウッ!」
徐徐に玄関前まで足を動かす父親。そんな父親に抱えられたリウに叫ぶが、恐怖のあまりリウから声が発せられることはない。
どうして、どうして関係ない他人まで巻き込むんだよ……。大男の言っていたことは、本当だったってことなのかよ、畜生!
思いきり壁を殴るオレ。そんなオレに、父親はリウに銃口を向けたまま言葉を放った。
「お前もついて来い。ゆっくりだ、今の距離感を保ったまま大人しく付いてくるんだ」
「……なにを……?」
「付いてこない場合、あるいは距離感を保てなかった場合、このお嬢ちゃんは……死ぬぞ」
「!?」
無茶苦茶だ。警戒を怠ることなく慎重について行くオレ。廊下を進み、爆発したシャッターを乗り越え、今日オレたちが初めて出会った玄関前に出ると、既にシャッターがしまったセントパルショップ側に父親が立ち、反対側の勉強室側に立たされるオレ。
「……」
この空間は父親が壊したのか、天井のシャンデリアは破壊されており、月の光だけがこの空間を照らしていた。
「……ラ…………イ…………」
怯えながらオレの名前を口にするリウ。待っていろリウ。オレが今から助けてやるから……。
「……なあ、聞きたいことがあるんだが」
月の光で映し出された父親の影を見つめながら、大人しく父親に口を開くオレ。そんなオレに対し、ため息をついた父親は、やれやれと銃口をオレに向けた。
「……なんだ、言いたいことがあるなら言え、心の許す限り聞いてやるとしよう」
そう言って、手元の拳銃をオレの頭部に狙いを定める。今、オレのポケットの中にも拳銃があるのだが、父親も持っているということは、コイツは護身用にもう一つ拳銃を持っていたことになる。
心の許す限り……か。じゃあ、そのオレに向けられた銃口は、腹が立てば即座に打つということか。別にリウが助かるのなら、オレは自信を犠牲にして助け出すのだが、生憎そういうわけにもいかない。なんたって、オレは随分昔にアイツに約束してしまったんだからな。両親の息子に――
――お前の分まで、オレが幸せに生きてやる――
と。だから死ぬわけにも、誰かを見捨てるわけにも行かないんだ。誰かを見捨てれば、それでもうオレは不幸だからだ。
深呼吸をした後、オレは父親は鋭く尖った瞳で睨む。
そして、オレはどうしても父親に聞きたかったことを口にした。昔から知りたかった、どうしても気になっていた解答。
「お前は、アイツを愛していたのか……?」
アイツ……アイツとは彼らの息子、つまりオレの本体のことだ。アイツという言葉で父親の目が見開く。父親もアイツとは誰なのか分かっているようだ。が、その言葉を聞くなり、リウを抱えた父親の左拳が強く握られる。
「お前は……ことごとく私を怒らせようとするな……。それが狙いかなんなのかは知らないが、この際だからとりあえず教えてやろう」
月光がこの暗い空間に入る中、なんの演出かそよ風がセントパル内部に入ってきて、オレたち三人の髪を華麗に揺らした。
オレへと掲げていた拳銃を再びリウの頭部へと向けた父親は、ひとつ息を吐いてから思い出にふけるように、そっと天井を見上げながら答え始めた。
「単刀直入に言うと、私はあの子を愛していた。当然だ。我が子を愛さぬ親がどこにいる? 幸せに暮らしてもらうため、私は全力を尽くして仕事を乗りきり、残業を終え、家に帰った後いつものように家族と戯れ、家族旅行では思い出いっぱいの時間を過ごした。学校に通う時もいつも息子は楽しそうだった。母と玄関で見送る時のあの何ともいえない幸せな感情はこの上なく気持ち良かったものだ。男友達が沢山いたし、家に女の子を連れて来るほど可愛げな奴でもあった。毎日が楽しくて、幸せで、私の中ではとても素晴らしい家庭だったんだ。……だが、ある時息子の様態が変貌した。いや、生まれた頃から体が弱っていたのは事実に過ぎないことだが、身構え、私たちは息子を連れて病院へと駆け込んだのだ。そして、そこで医者に知らされたのが、息子の死の原因である『――心臓病』だった。私はとても絶望した。それは母も同じだったよ。私の中ではこの時、家庭内に亀裂が走ったような違和感に襲われた。息子はどうなるのだろうか? 私たちはこれからどうなるのだろうか? この時から、私たちの生活は幸せというこの世で最も求められるものから遠ざかって行ったのだ……」
数年前の、遠く感じる出来事。さして、アイツはどれだけ幸せだったのだろうか? 両親には恵まれ、食料にも恵まれ、はたまた友達などにも恵まれていた。しかし、自分自身には恵まれていなかった。幸せな家庭、仲間に対し、病気を持っているというのは気に障るだろう。きっと、両親の前では露骨さを表すことができなかったのだろう。一人で絶望し、暴れ、悲しむ。アイツのクローンだからだろうか? そんな情景が頭の中に浮かんできていた。




