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∞46人間離れの大男(4)46∞

 廊下を出た先では、既に大男が食堂とは正反対の左へと曲がったのが見て取れ、オレも急いで左へ曲がる。弾丸で貫通したにも関わらず、オレの速度とほとんど変わらない速度。銭湯が見え始めた頃には既に左に曲がられ、オレも十秒遅れて左へと曲がる。


 マズイ……このままいけば、オレが追いつくことなくリウが父親の下まで連れて行かれてしまう。残り曲がり角は約二百メートル先の左手側のみ。ここで抑えられなくては、絶体絶命だ。


 歯を食いしばり、精一杯の力を込めて速度を上げるオレ。二十メートルあるオレたちの距離は段々と縮まり始め、腕を伸ばし始めるオレ。


 床には大男の鮮血が油のように塗られていて、今も大男の左足からは血がほとばしっていた。


 オレの指先と大男の背の距離がおよそ一メートルとなる。七十センチ……五十センチ……三十センチ。段々と距離が縮まっていく。


「クローンが人間に匹敵する日など、いつまでたっても訪れはしないのだよ!」


 残り五センチ……三センチ……一センチ…………付いた!


 指先が大男の背中に触れ歓喜に口元が緩むが、大男は勝ち誇った表情でオレを不憫な表情で見据えてきた。何かといぶかしむオレだったが、その理由はすぐさま明白となった。大男が、とうとう左へと曲がり始めたのだ。


「なっ……くっ……っ!」


 方向転換した大男に驚き、咄嗟に大男の薄着を掴む。刹那――両脚が浮き、オレまでも連れられる。


「おらぁ! 背から離れろクローン!」


 自分の身体を壁に打ち付ける大男。壁にヒビが入り、その威力が半端ではないことをオレに知らせている。


「うおっ!」


 五回目くらいだろうか、とうとうオレの腕が離れ、それを契機に勢いよく走り出す大男。尻餅をついたオレは、歯を食いしばりながらポケットからまたしても拳銃を取り出す。


 もう、余儀なくされたこの状況を脱却するには、これしかない。


 拳銃を構え、迷いも無く引き金を引く。――外れる。


「はっ!?」


 もう一度引き金を引く――外れる。引き金を引く――外れる。引く――外れる。引く――外れる――


「当たれよコノヤロォォ――――――――――――――――――――――――――っ!」


 目を瞑り、もう一度引き金を引く。


「ぐぅがぁっ!」


 不意に大男から大きな悲鳴が聞こえ、瞼を開けると大男の身体が廊下を転がっていた。そして、その付近に正座で呆然としているリウの姿が――


「リッ――……」


 安堵の息を吐き、いざリウの下へ駆け寄ろうとしたのだが、オレは真っ先に大男の様子を伺った。リウとは三メートル程離れた場所でくたばっている大男。距離的にはリウよりも大男の方がオレに近い距離にいる。


 倒れている大男に寄り、安否を確認する。


 左足に貫通の痕跡がある。そのままオレはもう一つ、弾丸の当たった場所を探り始める。左足には痕跡は一つ。右足には異常がない。両腕にも痕跡はなく、背にも痕跡はなかった。


「弾丸が……当たらなかった?」


 思いがけぬ自体に狼狽するオレ。弾丸が命中しなかったならば、どうしてこの大男は無残にも倒れているんだ? それにどうして、一つの大きな悲鳴が鳴ったんだ? しばらくオレが奇怪な現実に翻弄されていると、まだ痕跡を確認していない場所を思いついた。


 まだ、頭を見てはいない……な。でも、オレの弾丸がそんなところに当たったりなんて、するのか?


 恐怖心を胸にしまいながら、そっと大男の後頭部に目をやるオレ。そして、絶望した。


「あぁぁぁ……ああぁぁぁぁぁ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 頭を抱えて叫ぶオレ。大男の頭に痕跡は見当たらないが、廊下に染み渡る血。広がりゆく血。リウが呆然としているのも、これを目撃したからではないのだろうか?


 ふと、オレはリウまでも怪我をしていないかと気になり始めた。最初の弾丸はともかく、この場で撃った球は六発。もしかしたら、リウにも危害が及んでいるのかもしれない。


 服の袖をちぎり、大男の左足に縛り、頭に載せたオレは、すかさずリウの下へ駆け寄ろうとしたのだが――


「お、お前……」


 リウの傍では、また別の存在が無表情で立っていたのだ。


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