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∞44人間離れの大男(2)44∞

「……ちょこまかと、細身のクズどものくせに逃げやがって」


「「「!?」」」


 砂煙が舞っている廊下から、頭に傷を負った大男が勉強室へと身を投げ入れる。


「速く、上へ逃げろ!」


 机と机の間にある階段を登りだすオレたち。これはマズイ状況かもしれない。先程まではオレへの一点集中だったのだが、今のアイツの目はどう考えても見据えているものがオレだけではない。ここにいるシャマとリウをも見据えているのだ。


 普段から公園でオレに対する憎悪の持ち主なんて五万と見てきた。そして、それが誰に対する憎悪なのかも何度も目の当たりにしてきた。そして、いつの日かオレにつるんでいた学生たちにも殺意を向けていた年寄りがいたことがあるのだが、今この大男は、その時の年寄りと同じ目をしているのだ。


 先に勉強室の上までリウとシャマを登らせたオレは、大きな電子黒板の目の前でオレを睨んでいる大男と対峙する。


 十秒……二十秒……三十秒。それくらい経った頃だろう。とうとう大男の方が我慢ならなかったのか、ゴリラのような雄叫びを発した後、勢いよく階段を上り詰めてきた。


「ちっくしょうが! ゴリラの真似事なんざしても人間の身体は獣化なんてしねぇんだよ!」


 階段を上り始めた大男とは裏腹に、階段を下り始めるオレ。


「ちょっと、ライ!?」


 急に方向転換したオレの名前を呼ぶシャマだが、生憎聞いている暇などない。

階段の辺りには障害物など一切なく、あるのは両端に机という勉強室にありがちなものだけ。


 上下うえしたという地点から距離が縮まり始めたところで、オレは目横の机を掴み取り、速さと勢いに任せて――


「おぉぉらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「死ぃぃぃにぃぃぃやぁぁぁがぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 不意にオレが机を抱え始めたのを見た大男は、彼も同じように目横の机を片手でなんらく掴み取り、馬鹿デカイ筋力に任せて、机をオレめがけて振り下ろした。


 二人の持った長机が大きく風をまとい、両者力を惜しまず机と机が衝突。途端に両方の机が木っ端微塵に崩れ割れ、素手の状態でオレと大男が相対の状態になる。


「へっ! 惜しくも力負けってか?」


 宙に割れた机の破片が飛び散る中、大男の破壊力のある拳が繰り出される。それにオレは避けることなく、宙に飛び散った木の破片を掴み取り、とがった部分を向け、奴の振り払われた腕に――


「敗北は、お前のほうだろクソゴリラ!」


 突き刺した。


「ぐわあああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 振り払った腕に破片が刺さり、痛みに叫びながらバランスを崩す大男。その隙を狙い、オレはすかさず片足を天に上げ、渾身の踵蹴りを腹部にお見舞いしてやった。


「がはぁっ……」


 勢いにあまって、階段を五段ほど飛ばした後に転がり落ち、下段の教壇の目の前で動きを止めた。


 オレは、バラバラに落ちていく木の破片に目を細めて向けながら、安堵の息を吐く。


 まさに危機一髪だった。相手も机を手に持つとは思っていなかったものだから、そのあとの行動は成り行きのままだった。腕に破片を突き刺したのは申し訳ないが、獣の退治にはこれが一番手っ取り早いだろう。後で医者にでも治療してもらうんだな。


 生死の境目を行き来したような気分に陥ったオレは、急に足が震えだし、破片が足元にないのを確認するなり思いきり座り込んだ。


「あんなゴツイ身体、よくもまあ一人で倒せたわね」


「でも、机を壊すのは論外」


「あ、ああ……それは十分承知の上だ」


 上段から降りてきたリウとシャマが来たので、とりあえず皆で休息をとる。なんとか一人を片付けられたものの、まだ大男は一人残っている。父親にも拳銃という武器がある時点で苦戦を思い浮かばせられるというのに、今みたい奴がもう一人いるとなると、骨が折れる。


 脱力し、深いため息をつきながらそんなことを思っていると――


「なんだ、今の音は!」


 オレたちの付近で徘徊していたのか、とうとうもう一人の大男が勉強室へと姿を現し、歴然と倒れている大男を見て、すぐさま駆け寄っていた。


「おい……大丈夫か、五体満足か?」


 今来たばかりの大男が大男の体を揺するが、返事がない。といっても、もちろん死んでいるわけではない。死んでいるわけでは……ない……ぞ。


 大男の安否が疑心暗鬼になったオレは、少々狼狽ろうばいしてしまう。


「貴様ら……仲間をこんな目に合わせておいて、正気でいられると思うなよ……」

 立ち上がり、オレたちを睨み出す大男。オレはその憎悪に悪寒を感じ、大男同様身を立たせる。


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