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∞40「死ね」40∞


「さて、久しぶりだな」


「……」


 笑みを止め、真剣な表情でオレを見据える父親。後方からは悲鳴らしき声が鳴っておらず、おそらくファーブルのおっさんとリウが指揮をとって皆を安全な二階にでも誘導させたのだろう。たしか、あのSTP会議室の近くには、幅の広い階段が設置されていたはずだ。やけに静かなのもそれが理由なのだろう。


「久しぶりといっても五日ぶりということでもあるが、生憎私は五日前のことなんて覚えてないし、思い出したくもない」


 何を思い出したのか、オレを細められた目で睨みながら、大男に拳銃を渡し、五日前と同じ緑の古コートに身を包んだ父親が素手のままオレに近づいてくる。


 何かで壊されたろう玄関からは、風通しがよく、星が一つもない真っ黒な空で埋め尽くされていた。見えるのは、海街に住む幸せを手に入れた者たちの一軒家の明かりだけ。


「まさかこんなところに移り住んでいたとはな。海でも泳いできたのか? それとも運ばれたのか?」


 オレの目の前まで来た父親は、手を鳴らし、残酷な笑みを浮かべる。


「なんだ、またオレと殺ろうってのか? 五日前はナイフを持っていたにもかかわらず負けたくせに……」


 こちらも、負けずと笑みを浮かべる。だが、オレ自身に余裕が感じられないせいか、その笑みがなんだか引きつっている。


「まったく、電話した時あんな無言だったくせに、よくもまあこんなところで強気になれるな。いろんな意味で感心しちまうぜ」


 そういった父親は、いきなり右拳を握り締め、初めの一発といった感じにオレへとストレートを放ち始める。が、それはあまりにも遅く、隙をつくって逆効果な攻撃だった。


 父親のストレートに対して、体を右にひねって避け、お返しと思って再び右拳を握り締め、隙だらけの顔面へとこちらもストレートをぶち込む。


 もらった。この一撃は大分強い。もろ顔面にヒットすれば気絶のひとつ確実だ。と思っていたのだが、刹那――オレの右ストレートを父親のものではない、筋肉の付いた腕がオレの拳を受け止めていた。


「なに!?」


 拳を握られ、今度は隙だらけのオレへと、父親が空振りしたばかりの右拳を戻し、ストレートを腹へと解き放った。


「うごっ!」


 力はさほどない。だが、上手くも鳩尾みぞおちに入り、口からつばが飛ぶ。反撃のチャンスはどこにでもあるのだが、気づいた時には後ろにいたはずの大男二人が父親の左右に出てきており、反撃をしようにも反撃ができない。


「なんだい? 今ちょっと私を殴ろうとしたよな? 息子だけでなく、私にまで危害を加えようとは、とんでもないクローンだ!」


 ケラケラ笑いながら、またしてもオレの鳩尾に右ストレートを打ってくる。次第に鳩尾を蹴り、大男が腕を放すことによって、オレは後方二メートルを軽く飛び、廊下に背中を打ち付けた。


 くっ……。


 畜生! 父親だけならともかく、大男の力が半端ない。まさかあんな方法でオレを攻撃してくるなんて、予想の斜め上にも程がある。


 強打した背中を摩り、鳩尾の痛みに堪えながら立ち上がる。が、目の前には父親が――


「犯罪者はくたばっちまえ!」


 言葉と同時に、右フックが後頭部を打ち抜ける。よろめいたオレに今度は左フック、右フックと計三回後頭部を殴りつけ、意識の飛びそうになったオレは廊下を転げ回る。


 痛い。とんでもなく痛い。父親にこれほどまでの力があっただろうか?


「なんだいなんだい? もう立ち上がれないのかい? こんな雑魚が私の息子のクローンだなんて、恥を知らされるわ!」


 床に仰向けになったオレの腹を右足で踏みつけ、ここぞとばかりに力を入れる。


「うぐっ……」


 オレの腹を踏みつけただけでは満足がいかないのか、腹から足を浮かし、そのまま脇腹を蹴り上げる。


「くがっ……」


 なんのガードもせず、脇腹を直で蹴り上げられる。いや、ガードをしないのではない。ガードができないのだ。後頭部を殴られたせいか両手両足の感覚が鈍くなっている。


「おお~、身を守らないとは予想外だ。てっきり私の蹴りに対して何らかの対処をしてくるものだと思ったのだが……こりゃあ思いきり蹴った方が快楽を得られるわな」


 相変わらずのケラケラと、悪党じみた笑みを浮かべる父親。その瞳は、オレが彼らと出会って以来、初めて見せられた瞳だった。希望も、アイツも生まれ戻ってくるわけでもないのに、ただただ、復讐という名の概念に快楽を味わっているようにオレは捉えていた。


「うっへー、我を忘れて……」


 先程とは断然違う威力で、オレの脇腹に爪先をくい込ませる。


「……思いきり蹴り続けるのって……」


 その行為を、一度ならず何度も何度も繰り返す。今、脇腹を直視したら確実に青あざができているのではないかというくらい、尋常な痛みに襲われる。


「……私も爪先にこれまで味わったことのない痛みを感じてるんだ……ぜっ!」


 言葉とともに、最後の一発といった感じに脇腹を蹴り上げ、オレの体が宙を舞い、後方の幅が狭くなっている廊下まで吹き飛ばされる。


「がはっ!」


 なんとか頭を腕で守ったものの、腕への痛みは無視できなかった。脚もおもうように動かず、ましてや両手も痛みにやられたオレは、ただその場をうずくまることしかできなかった。


 立ち上がろうとしないオレを見つめる父親。動きたくても動けないオレ。


 しばらくオレを見つめ続けた父親は、急に一つ大きな溜息をつき、オレへは近寄らず大男がいる場へと戻っていった。

飽きたのか、それとも見逃してくれるのか? そう思ったのだが、父親のとった行動はオレへと恐怖心を味あわせたのだ。


 そう、一人の大男に渡した拳銃を、右手に持ち始めたのだ。


「はぁ……くだらねぇな。クローンっつーのはもっとこう……特別な力とかないのかね?」


 拳銃のいたるところを撫で回しながら笑を溢す父親。その父親に、一人の大男が口を開いた。


「そんな力があったら、今頃この惑星はクローンに滅ぼされてますよ」


「そうだな、他人との感情も分かち合えないクローンがそんな恐ろしい力を持ってたら、確実に滅ぶわなぁ。なんたって、私の息子を見殺しにしていんだからよ」


 言葉の途中で、ケラケラとした笑みが消え、細められた邪悪な瞳と同時に右手に持った拳銃が、オレへと突き出されていた。


「こんな愛想もないクローン、さっさと殺しちまおうか」


 邪悪な瞳の傍らで、二人の大男が見て見ぬふりをしている。同情や情けなどではない。まるで、バッタがカマキリに食されている現場をただ「あらら」といった感じに通りすがっていくような、そんな表情をしていたのだ。


 一人は口笛を軽く吹き、一人は指を使って何かを数え始めているのだ。オレが今殺されようとしていることなど、どうだっていいように……。


「クソ野郎どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!」


 立ち上がれず、しかし声だけを張り上げるオレ。目の前の三人は、少し驚きに瞼を動かしたものの、状況は変わらない。それどころか、父親は口を緩ませ――


「死ね!」


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