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∞39親狐39∞

 今、オレとシャマの後方には、沢山の避難民がいる。そして、おそらく父親はそいつらを殺したりはしないだろう。昔から認知していることだが、父親は他人に迷惑を掛けることが大嫌いだ。邪魔をするなどの行為は止むおえない時はするようだが、殺人者になるつもりはないらしい。そういうのは誰だって嫌だろうからな。


 しかし、オレを殺すのは他人間を殺すのとは全然違う。なんせ、オレはクローンだ。戸籍もなく、人権もない。ただコイツらの息子の心臓のために造られた存在で、誰がどんな時にオレを死に追いやっても、それはアリを殺すような風情にしか見られないのだ。


 つまり結論を言うと、オレを殺すことは罪にはならない。ということだ。


 ならば、どうしてオレ自身が奴の方へと向かっているのか。それは、おそらくケリをつけたいからだろう。五日前、それ以前にオレはもう死を好んではいない。楽しい仲間、楽しい空間に包まれているから、こんな争いはやめにしたいんだ。


 ガラ空きの廊下を壁に背を付けて歩き、玄関がはっきり見えそうなギリギリの位置で動きを止める。その際シャマも同じ姿勢でついて来たようだが、大声を出すわけにもいかず、とりあえず放置した。


 オレはそのまま顔を玄関がはっきり見えるくらいに傾け、騒ぎを起こしたであろう人物を目視した。


 分厚くも、名残のある緑の古コート。極端に曲がった背筋。長く汚れた髪と無精ひげが印象的な父親が、そこでオレには聞こえない音量で誰かと会話していた。


 やはり……父親か……他に誰かいるのか?


 気になり、さらに顔を傾けると、そこには頑丈そうな身体を持った、力強そうなスキンヘッドの頭をした大男が、二人並んでいたのだ。


 オレだけを殺しに来たからといって、流石にこんなところを一人で来るはずがないか。


 父親の傍にいる大男どもは強そうだが、正直父親にはさほどの筋力があるわけではない。オレと一体一で対峙しても一発殴れるかどうかくらいの力量だろう。ならば、ここは先手必勝。あくまでも大男たちは、父親に言われるがまま行動している。彼らも人殺しを望んでいるわけではないはずだ。となると、先に父親をノックアウトすることに成功すれば、彼らは潔く去っていくのではないだろうか?


 緊張に胸が高鳴り、額に汗を垂らす。


 今なら、確実に隙をついて倒すことができるかもしれない。


「シャマ、ちょっといいか?」


「なに?」


 シャマの方へ顔を向け、小声でシャマに声をかける。


「相手はやはりオレの父親だった。恐らくオレにしか眼中がないはずだから、お前はここで待っていてくれないか? 家族の再会っていうのは、家族のみで行うものだからな」


 嘘だ。


「そう……ね。わかったわ」


 オレの言葉に、なんらく了承するシャマ。


 とりあえず落ち着いたオレは、自身の利き手である右拳を強く握り締め、覚悟を決めて、まだオレの存在に気づいていない父親に向かって全力で突進し始めた。


 声も上げず、できるだけ足音を下げて突っ込む。幸い廊下の奥では避難民の叫び声と足音が響き渡っているので、オレ自身を目視しない限り、オレの攻撃を対処するのは無理に等しいだろう。


 長い廊下を出て、玄関前十メートルの何もない空間に飛び出す。ここには本当に何もなく、玄関右側にはセントパルショップであるセパショ。左側にはまだオレの知らない部屋が立ち並んでおり、どちらも混雑するかつ玄関前なので、通常の廊下より二倍近く太くなっているのだ。


 九メートル。全速力であり、一秒と立たず距離が縮まっていく。


 八メートル。七メートル。六メートル……。


「ん?」


 突然、オレの殴りかかろうとしていた父親が、ポケットに隠し持っていた拳銃を取り出し、見向きもせずオレに打ち込んできた。


「!?」


 刹那――オレの頬から鮮血が飛び散り、混雑している人だかりからは声にもならない悲鳴が聴こえた。


 気づかれていた……? それとも今気づいたのか?


 頬を掠めたオレは、驚愕にバランスを崩し廊下に背を付けるが、両手を大きく床に付け、なんとか態勢を立て直す。

まさか、拳銃を持っているとは予想外だった。てっきり目の前の大男二人に殴る蹴るの暴行をさせる程度だと思っていたのだが、人々が混乱して逃げ出したのは、これが原因のようだ。


 広い、何もない廊下で、父親と八メートルの距離をとって対峙する。


 オレに弾丸を撃ちつけた父親は、オレの頬から垂れ下がる赤い血を見ると、右手に拳銃を持ったまま、豪快に笑い出した。そして、隣にいる大男二人の方へと降り向く。


「ハハハ! 見ろよお前ら、私の息子を見殺しにしたクローンが、一人でのこのことやってきたぞ~?」


 笑い続ける父親。それを聞いて、大男二人が「おお~」と歓声を上げる。

どうやらオレを見つけたことに感激しているようだ。とても人間を捕まえたと思い込んでいるような目ではない。家畜だった動物が逃げ、それを捕まえに来たような、そんな目をしているのだ。


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