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∞35この幸せが・・・いつまでも・・・35∞

「なあ、オレの求めている、胃薬ってのはどこにあるんだ? ちょっとお前らがぬいぐるみで楽しんでる間に見てみたいんだが……」


 と、そこまで言ったところでリウがオレの腹に手のひらを広げてピタッと貼り付けられる。途端に小さくも暖かな手の温もりを感じたのだが、どうしたのだろうか?


「ダメ」


「ん? なにがだ?」


「ライ、どうせお金持ってないでしょ? 一人で行っても買えないよ?」


「なに!?」


 こ、このセパショ、お金が必要なのか? 食堂といい風呂といい、お金がかからなかったからここも安心してタダで買い入れることができると思っていたのだが、どうやら人生そう甘くないようだ。


 ふと、リウが抱きしめていた子犬のぬいぐるみをオレに突き出し、小尾に付けられている付箋を眺める。


「ん? 128……S?」


 付箋に書いてある言葉がわからず、疑問を抱えるオレ。そんなオレを見て、リウが付箋に書かれてあるものを説明した。


「128Sセトパ、お金の単位ね。この島では、日本の円やアメリカのドル、中国の元を使用せず、この島ならではの通貨であるSセトパを使用しているの。通貨で一番近い価値があるものは……そうね、日本の円かしら? 円とはさほど変わりないの」


 付箋を掴みながら簡潔に説明したリウは、そっと子犬のぬいぐるみを台に置いて、その場を立ち上がった。


「?」


「どうしたの? 胃薬を探しに行くんでしょ?」


「あ、ああ、そういうことか」


 一瞬リウが立ち上がったのが一知半解だったが、胃薬の場に行くためだったのか。なるほど、了解した。


「ほら、シャマも行くぞ!」


 セパショの入口右端に並んでいる、スポーツ用品を眺めていたシャマを呼ぶと、「はーい」と一言口にして、急ぎ足でオレたちの下までやってきた。


「で? どこか行くの?」


「ああ、胃薬を探し出す旅に出かけるんだよ」


「いや、あたしたち何度もここ来てるから旅にならないわよ?」


 そうだった。オレはここが初めてだからともかく、ここにいるシャマとリウは既にここの常連といっても過言ではない。


 オレは、長旅ができぬことがショックで肩を落として衰退する。


「ま、まあ……ほら、早く行きましょう!」


 シャマがエヘヘと苦笑いしながら、オレの右手首を掴んで歩き出すものだから、オレは顔を上げて腕を引かれるがまま歩き出した。それを見て、リウもあとからついて来る。


 ぬいぐるみショップの台を右に逸れ、オレの見ていた家族日記帳の下を通りかかり、目の前に広がるカップ麺売り場から右を向いたところに、沢山の胃薬が立ち並ぶ目的地に着いた。


 家族日記帳に一瞬目を向けていたオレは、シャマから手を離してもらい、ひとつ咳をして腰に手を当てる。


「なるほど、案外近くにあるもんだな」


「近くもなにも、セパショ内にあるから近いに決まってるでしょ?」


「まあ、そうだな」


 当然じゃない。といった感じに発したシャマに、適当に相槌を打つオレ。


「もう、そんなに急がなくても……無くなるわけじゃないのに……」


 数秒遅れてピンクの長い髪を揺らしたリウが現れ、スカートのポケットから何やら、桜の絵柄が入った小さな正方形の物を取り出し始めた。


 視力の良いオレは、若干瞼を閉じリウの持っているその正方形の物の、黒マジックで小さく書かれている部分を読み取る。


 ――『りう』――


 正方形の物に書かれた、ゴシック体で書かれた平仮名の名前。リウは、それの細いプラスチック部分を片手で開封し、何やら長方形の紙を取り出していた。


「リウ、何を取り出したんだ?」


 オレたちの隣まで歩み寄ったリウに訊く。


「これは紙幣、お札。この島では、ぬしにこのような紙幣が流通しているの。生憎日本と違って貨幣が存在せず、すべてこの紙幣で補われているの」


 ペラペラと金持ち風貌を見せびらかすリウは、一枚の紙幣をオレに手渡してきた。


 ペラペラの長方形を手に取り、500Sと左上に書かれたそれの右半分全体を見て、オレは思わず目を見開いた。


「ておい! なんでここにファーブルのおっさんが写ってんだよ!」


 ファーブル――公園の先の道路で自殺を決め込んだオレを引き、オレをこの島に運んでくれたある意味の恩人であり、この島の執事長を勤めている優秀な年寄り。そんな彼が今、日本の紙幣の野口英夫のような風貌で立ちすくんでいるのだから、驚くのも無理はない。


「ファーブルはこの島では私を抜くほどの有名人なの。だから、こうやって紙幣にも映し出されているわけ」


 リウの説明を聞いて納得する。確かに、あの優しげな表情に潤いのある声色。一度聞けば誰もがもう一度会うのを求めたがる存在の気がする。現にオレもリウとファーブルのおっさんのお陰で今こうやって海街を堪能しているわけで、紙幣に載ってもおかしくないのは事実だ。


 フムフムと首を上下に振っていると、ふとあることが浮かんできた。紙幣にファーブルのおっさんが載っているということはすなわち、500Sを超えた値段には、リウの姿が載った紙幣が存在するのではないだろうか? あるのなら、関心なる意欲で眺めてみたいものだが――


 しばらくリウの性格とは裏腹の満面の笑みで載った紙幣を妄想していると、不快な顔でオレを睨みつけたリウが、オレの考えていることがわかったのか、口を開いて注意するように言ってきた。


「でも、他の紙幣に私が載っていることはないよ。一定の方向を見つめた姿を何枚も流通させたくないし、なによりもペロペロされかねないから……」


 頬を赤らめて素っ気なく言うリウ。


 ペロペロって……確かにこの島は不幸者、いわゆる現代社会に身を投げ入れることのできなかった、役に立たない者たちの集まり場だが、そこまで……する奴は……島の人口の八割はいそうで怖いな。


 赤らめた頬を元の白肌にもどしたリウは、さらに正方形の――おそらく財布だろう――中から、残りのものか、複数の紙幣を取り出して再びオレに見せつけた。




 1S……セントパル塔が映し出された紙幣。


 5S……街の人々が映し出された紙幣。


 10S……海街にある幸せを手に入れたものの一軒家が映し出された紙幣。


 50S……断行の島を写した紙幣。


 100S……正座をして精神統一の義を図った姿をしているファーブルの紙幣。


 500S……日本の紙幣の野口英夫のような風貌で立ちすくんでいるファーブルの紙幣。


 1000S……『犯人はお前だ!』のポーズを取ったファーブルの紙幣。


 2000S……断行の島を背景に映し出されたファーブルの紙幣。


 5000S……日本の象徴である和服を着た、昔の女性ながらの姿をしたファーブルの紙幣。


 10000S……先頭をファーブル。後方をメイドと、ハーレムと言わんばかりの絵柄の紙幣。




 どれもこれも、豊満で輝きのある紙幣をしていた。いや、豊満や輝きのあるなどという言葉はこの際どうでもいい。オレは今、どうしても突っ込まなくてはいけないことがあるのだ。オレだけじゃない。初めてここに来た奴は、みんながみんな突っ込みそうなことだ。


 オレは紙幣から目を離し、代わりにリウを遠くから見るような目で目視して言葉を放った。


「おい、この紙幣……100S以降なんでファーブルのおっさんしかメインに写ってねぇんだよ! なんだよこの島、有名人って程の凄い奴はお前とファーブルしかいねぇのか? よくもまあ、こんな紙幣を発行するほどの勇気があったな? もうこの街、海街から『ファーブルの街』に変えちまえよ! なんたって海街にしたんだよ!」


 抑えきれない感情に抑揚よくようをつけて突っ込むオレ。そのあまりの長ったらしい言葉によほど驚いたのか、リウが目を見開いて硬直した。


「あんた、ツッコミ派なのね」


 横で見ていたシャマが感心したような目で見つめる。


 突っ込み派か……悪くはないにせよ、別にそんな派は欲しくもない。オレはただ硬直したリウの顔の目の前で腕を左右に揺らして蘇らそうとしていたのだが、効果がなかったので脳天に向けて軽くチョップした。


「いたぃっ……うぅぅぅ…………」


 硬直から元に戻ったリウは、痛かったのか、オレがチョップした脳天を押さえて目の上に涙を溜めて唸っていた。


「ああ、悪い、痛かったか?」


 心配な声を上げるオレ。


「べつに?」


 そんなオレを上目遣いで見たリウは、騙したようにおっとりした声で言ってオレに背を向けるように振り返る。どうやら痛いというのは冗談で、オレに心配させようとしたらしい。あまりそんな解釈に至るほどの演技ではなかったので「お、おお……」とあっけない表情でしか答えられなかったが、痛くないのなら良かったぜ。


 安堵の息を吐き、額からでた汗を拭うオレ。そんなオレに、胃薬専門の台から黄色の箱で覆われた薬を手に取り、「これでいいかな?」とこちらを向いて聞いてきたので、薬の効能の違いがわからないオレは「構わない」とだけ言って、リウを先頭にしてレジに向かった。


 滞在は長いくせに、選ぶときは即効なんだな。海街の主はある意味恐ろしい。


 そう思いながら、500Sという大金の価値を持った胃薬を手渡され、感謝のあまり深くお辞儀をしたオレだった。


「それじゃあ、どうする?」


 セパショをあとにしたオレたちは、セパショの入口で次なる目標地点を考える。が――


「残念だけど、そろそろ私ファーブルのところに行って色々と用事があるの」


 真っ先に辞退したのは島の主であるリウだった。といっても、用事があるのなら仕方がない。こちらとしても引き止めるわけにも行かず――


「分かった。ありがとな、胃薬。じゃあシャマ、オレたちもそろそろ帰ろうぜ?」


 時刻は既に二時半。まだまだ時間はあるだろうが、リウが用事でこの場を離れるなら、オレたちもそろそろ部屋に戻ってしまおう。


「ん~……」


 オレがそう言うと、少々シャマが悩んだ末「わかった」と答えてくれたので、せっかくだし三人で帰ることにした。


 楽しい仲間、楽しい空間。こんなに心から楽しいと思える場所はここが初めてだ。そう、この幸せが、いつまでも……続けばいいのだがな……。


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