∞34不可解なセントパル塔34∞
セントパル塔一階、玄関前右横。適当にスキップしだしたオレを、光の速さで駆け寄ったシャマが服の裾を掴んで無造作に引きずってきた場所が、そこだった。
「なんだよ、ここ……」
「セパショだよ?」
オレの問いに、リウが答えた。
大きな透明の自動ドアで閉められた玄関の右横、その頭上には、大きな『sentoparu shop』
と書かれた電子看板が設置されており、コンビニサイズの透明な戸の中には、沢山のものが豊富に並べられていた。
いや、ここがセパショだなんて看板を見ればわかる。オレが疑問に思ったのはそこではなく、このショップ、位置と品揃えからして、どう見ても旅館のお見上げ場にしか見えないのだ。
「リウよ……」
「なに?」
オレは、リウを疑い深い目で見つめる。
「本当にセントパル塔ってなんなんだ? オレにはどこからどう見てもそこらの旅館にしか見えないんだが、そこら辺どうなんだよ?」
「そう……ね、実際のところ、初めからここは不幸な者たちが住み付ける場所ではなかったの。初めは、誰もが行き来できた有名なリゾート地だったの」
スカートの前で手を組みながら答えるリウ。
オレでも聞いたことがある。昔、それも今から七年前、リゾート地として有名だった島(昔は確か、セントパルリゾート地と呼ばれた島だった)が、唐突に通行禁止になり、そのまま一般人の元から姿を消したことを。おそらく、その時にリウはこの島を所有して、不幸者に住ませ始めたのだろう。何の理由があって始めたことかは知らないが、ここが旅館のような形相をしているのは、そんなことがあったからなのか?
「でも、このリゾート地を私が買い取って、今こうして存在してるの」
やっぱり。この島が唐突に消えたのは、いま目の前にいるリウのせいだったのか。
理解したオレは、「そうだったのか」と言って、早速セントパルショップ――セパショに足を踏み入れた。
「て、おいおいなんだよこれ?」
中に入るなり思わず声を出して驚くオレ。外見がコンビニのような形相に対して、入った中はまさに絶景。コンビニとは桁違いな、スーパーを超える広さ。壁紙はお子さんが喜びそうな虹色の風景。光輝く空間に、壁際や指定の台に並べられた売り物。そして、まずオレを一番先にお出迎えしてくれた売り物は、うさぎや猫、子犬などのぬいぐるみだった。
オレと寸分遅れて入ってきたリウとシャマは、中の景色を見るなり先頭にお出迎えしているうさぎや猫や子犬の元へと駆け寄っていった。
「あ、この猫可愛いわね~」
猫のぬいぐるみを両手で持って満面の笑みで抱きしめるシャマ。
「本当だ、この子犬ちゃんも可愛い」
短なスカートを押さえてしゃがみこみ、丸い台の上にちょこんと座った体制になっている子犬のぬいぐるみを人差し指で可愛がるように撫でるリウ。
こういった光景は初めてかつ新鮮なので微笑ましいが、店の売り物にいきなりそんなことをしてもいいのか? 公園暮らしであまり店に行く用事も無かったオレには、たまに通りかかる定員に怯えつつ、二人の様子を見ていた。
「そうね、この子犬も可愛い!」
猫のぬいぐるみを抱きしめていたシャマは、リウが人差し指で撫でていた子犬を手のひらに乗せる。
「…………んぁ」
自分の下から子犬が消えたリウは、小さな声を上げて、シャマの手にある子犬を上目遣いで見始めた。愛くるしい子犬ではなく、愛くるしいリウの姿が見て取れた。
しばらくシャマが子犬を触って堪能していると、リウの目線に気づいたのか、四度ほど自分の手元にある子犬とリウを見返しながら「ごめん、勝手にとっちゃったね」と、放縦な性格なのか、後ろ頭を掻きながら控えめな笑みを浮かべてリウに子犬のぬいぐるみを手渡した。
「ううん、いいよ」
毎度のようにおっとりとした声で、シャマに微かな笑みを浮かべる。それを見て、リウと一緒に座り込んだシャマは、台の上に再び置かれた子犬を見ながら、楽しそうに雑談しはじめた。後ろで眺めているオレを抜かして。
と思ったのだが、流石に二人の楽しそうな、曰くオレにはわからない話に無断で口を挟むのは気を散らせてしまいそうだ。なので、仕方なくオレはその場で足を停止したまま辺りを再び見回した。
子供の喜びそうな虹色の壁紙。値段の安いお菓子。ぬいぐるみ。医療用具。おもちゃ。旅館の形相を残したまま売られているそれらは、まさに旅行帰りのお見上げ売り場にしか見て取れなかった。
……まったく、ここは一体どういった店なのだろうか?
ふと、そんなことを思ったと同時に、オレの眼に気になるものが隅に映し出された。
細長い売り物台に掛けられている、A4サイズの大きなノートだった。首を傾けてどういったノートなのか遠目で拝見してみると、ノートの表紙には、『家族日記帳』という文字が書かれていた。
家族……日記帳?
家族みんなで日記を書くものだろうか? それとも家族の一人が代表して日記を書いて、みんなに見せびらかすのだろうか? なんにせよ、家族のいないオレにとって、このような日記を目撃するのは初めてだ。
そしてふと、オレの脳裏にあの頃の光景が浮かんできた。両親の大切にしていた、アイツのことを。オレが物心をつけた時から、一向に笑いを見せなかったアイツ。無表情で、唯一アイツの表情が変形するのは、自身と同様な顔をしているオレを見て怪訝な顔をするくらいだった。
あんな表情しかできなくなっていても、命はまだ保ちたかったんだろうな。心臓の移植が成功すれば、また友達とやらと楽しい時間を過ごすことができたんだろうな。今の……オレのように。
オレは、本当に幸せを手に入れてもいいのだろうか?
「あれ~? どうしたの?」
しばらく思いつめた顔をしていると、いつの間に目の前に現れたのか、短い赤髪を揺らしながら上を向いてオレを見つめていた。
「いや、なんでもねぇよ」
一瞬驚きに目を見開きながらも、動揺せずに家族日記帳から目を逸らし、シャマを見下ろす。
「ホントになんでもないの? あたしたちの中に入ってこようとしないくせに?」
怪しげな目でオレを見つめるシャマ。オレは、額に少々の汗を掻きながら、シャマから目線を逸らした。というか、中に入れる状況じゃなかったから入らなかっただけで、深い意味などないんだがな。
仕方なく。オレはこめかみを掻きながら未だ子犬のぬいぐるみと戯れているリウの元へ歩んだ。
「ん、なに?」
オレに気づいたリウが、子犬を抱きしめてオレを上目遣いで見る。
「いや、誰もその子犬を奪おうとしねぇから」
子犬を守ろうとするリウの姿が愛らしく、動揺な笑みを浮かべながらため息をつくオレ。
「わかってるよ?」
「じゃあなんで急に守るように抱きしめたんだよ?」
「なんと…………なく、かな?」
首を傾げるリウ。どうやら信用されていないようだ。
オレは、深いため息をついたあと、片手を腰に当てて本題に入ることにした。と言っても、本題というのはオレがここに来た本来の目的というやつで、特にすごいといったことではない。というかその前に、目の前に立ち並ぶ猫のぬいぐるみといい子犬のぬいぐるみといい、お初に見かけたうさぎのぬいぐるみ、等閑視されすぎじゃないか? 少しくらい子犬たちのように比肩されてもいいと思うが……。




