∞30ハマり声30∞
「お、終わった……」
手紙を書きだしてから一時間が経過した頃、ようやくオレは手紙を書き終えることに成功した。あまりよくできた文ではないと思うが、書けたに越したことはない。オレは、そっとアイナさんの手紙に書いてある戸の真横の箱にそっと手紙を置き、疲れたオレはよろよろと動きながらベッドにダイブした。
「あー疲れた。今ので半日分くらいのエネルギーを使い果たしたな。お昼までしばらく休憩――」
「ライ、休憩は終わり」
突然オレの言葉を遮って、リウが戸を思い切り開け出し、中に入ってきた。
「おい、休憩終わりって……もうそんな時間か?」
ベッドから起き上がり、勉強机に置いてあるディジタル時計を見る。
十二時七分――
どうやら、オレが手紙に掛けた時間は一時間だけではないようだ。下手したら二時間、いや、もっと掛けていたのかもしれない。
「はあ……無駄な時間を過ごしたぜ……」
「何してたの?」
ため息をつくオレにリウが疑問を抱く。まあ、オレのこの無駄な時間はオレしかわからないよな。もう一度ため息をついたオレは、リウに「なんでもないよ」とぶっきらぼうに答えたあと、ベッドから足を突き出して立ち上がった。
途端にオレの腹からはいつも通りの雑音が鳴り響き、腹が減っていることをこの身に伝えてきた。
「じゃあ、今日も食堂か」
右手で腹を撫でながら部屋をあとにするオレ。その後ろには昨日とは逆にオレの後ろについてきていたリウが、廊下を出たところでオレの横に並んだ。
短いスカートと一緒にピンクの髪が揺れ、石鹸の香りがオレの鼻腔をくすぐる。
オレの部屋である三○八号室は、三階に位置するエレベーターとは随分距離があるので、手紙を書きっぱなしだったオレはもうヘトヘト。今すぐ飯を食いたいという衝動を押さえながら、なんとかエレベーターの前まで来ることができたオレは、スカートの前で両腕を添えているリウに視線を向ける。
「ん?」
オレの視線に気づき、リウが顔を傾ける。
「いや、なんでもない」
オレは首を横に振って、エレベーターが来るのを待った。途中でリウの方をチラ見すると、今のオレの行動がわからなかったのか桜色の唇に人差し指をつけながら怪訝な表情を浮かべていた。でも、心配することはない。さっきのオレの行動、オレでもなんなのかわからなかったからな。いつの間にかリウの方に顔を向けていた。そんな感じだ。
しばらくこめかみを掻きながらリウから目線を外していると、ようやくエレベーターが到着したので、オレたちは乗り込み一階のボタンを押した。
「あ、そうだ」
エレベーターの戸が閉まったと同時に、リウが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「今日はシャマも一緒だから、あまり多い量を持ってきすぎると、馬鹿にされるよ?」
なんと、今日のお昼はあの勉強室で話したシャマと一緒に食べるのか。リウ以外の友達と食べるのは初めてだから緊張する。
「おう、極力控えめな量を意識するよ」
リウにガッツポーズを決め込み、オレは似合わないウインクをする。
「似合わないね……」
「いや、そこはなんかフォローしようぜ?」
ウインクを貶され心に深い傷を負ったオレは、悲しみを背負いながらエレベーターに背を付ける。
腹が減っている今、オレは何も考えられないでいた。それどころか、腹が減ってもあまり食べられないという苦痛が胸いっぱいに広がり、嫌な気分である。
二人黙ってエレベーターに乗っていると、三分も経たずにエレベーターが一階で止まり、戸が開いた。二人並んで降りる。すると、オレたちが午前中に入っていた勉強室に、また別の人たちが入っていくのが見え疑問に思いながらリウに尋ねた。
「なあ、リウ?」
「なに?」
「今日の授業は朝で終わりなんじゃないのか? どうしてあんなに沢山の人が勉強室に入って行ってるんだ?」
午後の部とかでもあるのだろうか? もしあればある意味すごい。このセントパル塔では、ほぼ一日中勉強室が開かれている状態になるのだが……。
と考えたオレに、リウはもっと凄いことを口に出した。
「午後の部とか、そういうのはないよ?」
「え?」
「このセントパル塔の勉強室は、年中無休で開いていて、好きな時に好きな時間に勉強ができるの。教師が人ではなくコンピューターの内蔵システムである電子黒板が教師だから、他人にも迷惑が掛からないの」
電子黒板。確かに、今日初めてそれを使ったときなんだか実感できた気がする。あれは初めに使用する人の学力を実力テストで図り、その人にあった方法で勉強を進めて行くのだ。ただでさえ頭の悪い不幸者が沢山いる中、このシステムはとてもありがたいものだといえよう。なんせ、もう一度言うが、ここにいる者はほぼ馬鹿なのだから。
「へぇ―、時代も進んだもんだな」
納得しながら頷くオレ。勉強室を通り過ぎ、すぐ傍にある戸がオープンになっている食堂に着いたオレたちは、今朝同様互いにバイキング形式の食材をお皿に盛り付け、いつもの丸いカウンター席へ行こうとしたところで足を止めた。
そういえば、今日はリウだけでなく、シャマとも一緒に食事をするんだった。もう来てるのか? どこにいるんだろう?
大小の異なるカウンター席を事細かく探していると、六畳の畳に包まれた一室の部屋に、すでに食事を運んでうつ伏せになっているシャマを発見し、靴を脱いで畳の上に乗った。
バイキングにこんなところがあるのか……というか勝手に入ったけど良かったのか?
まあ、時既に遅し。もう入ったんだから突っ走るしかない。
オレは、食事を思ったよりも大きな長方形の木の机に並べ――いつもと同じ三倍分の食事――シャマの対面に横に据え付けられていた座布団を敷いて腰を下ろした。
それにしても、食材をここまで運んでおいて、なんでコイツはうつ伏せに……というか寝ているんだ? 顔を覗きこもうとするが、完全うつ伏せの状態のせいで見ることができないので、オレは目の前に突き出されているシャマのショートだが長いアホ毛を見つめながら、ついつい指でツンツンと突いてしまった。
「んぁ……やぁ……」
ん? ナンダイその悩ましげな声は? 昔からボッチだったせいか、こんな声を聞くのは初めてだ。さらにアホ毛をツンツンと突くと、さらに悩ましげな声を上げるので、オレは興味本意で、まさしく格闘ゲームでのボタン連打のように、シャマのアホ毛を突きまくった。
「ぁあ……んん……やぇて、ぃたぃょ~……ぁあっ!」
やばい、オレ、こういう声を聞くのにハマってしまったようだ。シャマが声を上げる度、オレの口元が緩んでとんでもなく悪そうな笑みに変わっている。
しばらくムキになって突いていると、障子で半分閉められているところから、ひょいとリウが顔を出してきて、シャマの隣に食事を置いたあとオレを何故か冷たい目線で見つめていた。
オレ、何かいけないことでもしているのだろうか?
「なあリウ? お前も聞いて見ろよこの声? 珍声もんじゃねぇか?」
そう言ったオレに、さらに避けたような目を向けるリウ。やはりおかしい。この行為、もしかしたらダメなやつかもしれない。何がダメなのかは青少年の健全な育成の為、極力言わないが、とりあえずそろそろやめよう。
シャマのアホ毛を突くのをやめ、深呼吸したオレは精神を整える。
「で? お前はなんでオレを引いている? オレ何か悪いことでもしたのか?」
真顔で訊くオレ。
「……ライ、本当に人間なの?」
「いや、クローンだが?」
「そうね、そうだった。少し失敗された点でもあったのかな?」
リウが何を言っているのか全くわからないが、安心したのかシャマの隣に座り、シャマの肩を揺らして起こし始めた。
「ほらシャマ、起きて?」
「……」
「ほ~ら~」
「…………んぁぁ……」
「その声もらったァ――――――――――――――――――――っ!」
立ち上がり、大きな声を上げてガッツポーズを取るオレ。どうやら本当にあの声が好きになってしまったようだ。今オレの手元に録音機があったら、すかさずシャマの悩ましげな声を撮って、イヤホンを耳に付けて毎日聴いているのに……。
と、流石に自分でもキモイと思ってしまったオレは、今の声で起きたシャマをよそに冷静になって座り込んだ。
「なに今の大声……? なんであたし髪ボサボサなわけ?」
寝ぼけているのか頭が回っていないシャマ。とりあえずコップに冷たい水を注いで飲ませてやると、一気に復活した。
「って、なんで二人がいんのよ!」
机を叩き、第二声がこれだった。




